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#8 追返し

 敵、いや、エルヘイム側が屁理屈を述べてくることは想定済みだ。平原のど真ん中に着陸させた駆逐艦に取り付けた拡声器より、先ほどの返答――当主のエルヘイム公本人からの言葉――に、僕は反論する。


『すでにこの地は、我が宇宙統一連合との同盟条約を批准した地とされている。貴殿が何と言われようが、この街に対する軍事行動は、たとえ演習であってもそれが民間人への襲撃または脅迫に該当するのであれば、それを容認することはできない』

「はっ! 容認だと!? 笑わせるな、それはアルビオン王国が勝手に自分の地だと主張しているに過ぎないだろう!」

『過去、そして現在も、この地はアルビオン王国の統治する領域であるというのが、歴史的、地政学的事実である。現にエルヘイム公国も、このレムシャルトにて交易の品々をやり取りする際に、アルビオン王国が決めた関税を支払っていたと聞く。アルビオン王国の統治する街である、なによりの証拠ではないか?』


 僕は淡々と事実を述べるが、これがエルヘイム公にとっては癇に障る物言いであることはよく分かっている。エルヘイム公はそれが気に入らないから、何度も戦争を仕掛けているほどだ。それを根拠に、ここはアルビオン王国の地だと明言されるのは、屈辱以外の何物でもない。

 だから、相手は烈火の如く怒り出す。


「黙れ! とにかくこの地は我らエルヘイム公国の領地である! 全軍、進め!」


 そう叫ぶと、エルヘイム公は手を前に掲げ、兵士らに前進を命じる。兵士らは、全長三百メートルの戦闘艦に向けて、戸惑いながらも前進を続ける。

 その様子を、双眼鏡で確認する。ともかく、ここまでは予定通りだ。

 さて、ここからが僕の「悪だくみ」の始まりだ。


「人型重機隊、全機前へ」


 無線で僕は命じる。駆逐艦の後方より、人型重機が全部で十機、現れた。

 それは横に広がり、敵の第一陣に立ちはだかるように進む。

 種明かしをすると、これはエリザベスが作り出した(まぼろし)だ。実際の重機隊は八百メートルほど後方にいる。

 が、まるで本物のようにズシンズシンと音を立てて、砂煙を上げている。音は、駆逐艦に取り付けた指向性スピーカーが出し、砂煙は上空にいる二十機の哨戒機が放出する圧縮空気によって、まるで地面を踏みつけたかのように二足歩行のロボットの脚に合わせて発せられている。

 なぜ、こんな手の込んだことをするのかって? そりゃあ、司令長官閣下の命令を忠実に守るためだ。

 そして、この目前にいる公爵閣下の「本音」を暴くためでもある。


 互いの軍勢は、前進を続ける。人型重機隊は、公国軍の手前およそ百メートルまで接近した。が、互いの軍は歩みを止めない。

 先頭集団の槍の震えているのが分かる。それはそうだ、全長九メートルの無骨な人型の機械が、目前まで迫っている。このまま進めば、あれに踏みつけられるのは目に見えている。

 無論、ただの幻だから踏みつけられても害はない。もっとも、恐怖心というやつはたとえ幻であっても、感じずにはいられない。

 そしてついに、先頭集団と重機隊とが接触する。


「う、うわぁーっ!」


 最前列の兵士らが叫ぶ。その兵士らの真上から、人型重機の巨大な脚がまさにのしかかろうとしていた。先頭集団の前進が止まる。

 ところが、十機の人型重機は構うことなく、ズシンと音を立ててその先頭集団の一部を踏み潰す。

 そして、さらに後方の集団を潰しにかかる。

 その恐怖心たるや、そら恐ろしいものであろう。長槍を振り回し、その巨大な化け物に抗おうと必死だ。

 だが、人型重機の身体をその槍は捉えられない。それは当然、幻影に過ぎない相手だからだ。槍がすり抜けてしまう。一方で、槍を持った兵士らを、その幻影の人型のロボットは構わず踏み潰す。

 が、当たり前のことだが、脚を動かせば、その下から無傷の兵士らが現れる。踏まれた兵士はその場でへたり込み、何が起こったのかすら分かっていない。

 が、エルヘイム公には、その正体がわかったようだ。


「貴様ら、光の魔導を使ったな!」


 過去に何度もやられたその魔導の存在に、気づけないわけがない。踏みつけられても無事な兵士らを見て、公爵閣下はその正体を見破った。

 もっとも、ここまではシナリオ通りだ。


「あれは幻ぞ! 兵士らよ、恐れず進め!」


 檄を飛ばすエルヘイム公だが、兵士らは進まない。いや、進めないと言ったほうがいい。一度止まった五千もの軍勢が動き出すには、態勢の立て直しが必要だ。が、先頭集団の兵士の多くは動揺したまま座り込んでおり、その後方の兵士たちは乱れた先頭集団に阻まれて前に進めない。

 さて、これで前進を止めることはできた。

 あとは、この軍勢を引き返させるだけだ。正直言って、これが一番難しい。

 ここからが僕の、「悪だくみ」が発揮されることになる。


『公爵閣下の仰る通り、この人形重機隊は光魔導による幻影です』


 僕はしゃあしゃあと種明かしをする。が、その後に、僕はこう続けた。


『ですが、この光魔導には一つ、仕掛けがあるのです。我々には、脳波から直接、何を考えているのかを読み出すことが可能な技術があります。それはすなわち、(よこしま)な心の持ち主かを知ることができると、そういうわけです』


 何を言っているのか分かってはいないだろう。唐突すぎるこの話に、公爵閣下は叫ぶ。


「それが、何だというのだ!」

『つまり、邪な心を持っている者だけを踏み潰せるように、光魔導に細工を加えているのです。今のところ、皆、公爵閣下に忠実なものばかりのようで、一人として潰されてはいないようですが』


 もちろんだが、そんな仕掛けなどあるわけがない。いわば、ハッタリだ。だが僕はさらに続ける。


『ですが、演習と偽って軍を動かし、レムシャルトを掠め取ろうという邪な考えをお持ちのお方の上に、この人型重機の脚がのしかかったら、果たしてどうなりますかな?』


 すでに人型重機隊は軍勢の中心を越えて、後方にいるエルヘイム公の陣地にまで迫りつつあった。僕はずっと双眼鏡でエルヘイム公を眺めているが、今の僕の言葉を聞いて顔を青ざめ始めた。

 うん、上手く引っかかったな。僕はニヤリと笑みを浮かべる。

 そして人型重機隊は、まさにエルヘイム公の目前、およそ五十メートルまで迫る。


「た、退却……じゃない、演習終了! 急ぎ転進じゃーっ!」


 馬に乗り、大急ぎで陣を逃げるように引き上げる公爵閣下、その姿を見た後方の兵士から、ぞろぞろと後を追うように引き上げていく。

 まだ幻影の人型重機隊は前進を続けている。その合間をかいくぐりながら、槍を抱えた兵士らは小走りにその場を去っていく。

 ものの二十分ほどで、五千人の軍勢はこの平原から消えた。


「重機隊、前進やめ待機せよ」


 駆逐艦の真下から、立ち去る軍勢を双眼鏡で見届けながら、僕は脇に立つエリザベスに言った。


「もう魔導を解除してもいいぞ」


 そう僕が告げるや、十機の人型重機隊が蒸発するように消えた。

 で、すぐ後ろに、本物の人型重機が十機、現れる。


「まさに、見事なだまし討ちでしたわね」


 エルヘイム軍の撤退を見届けたエリザベスが、僕にそう言い放った。この令嬢、相変わらず遠慮というものがない。


「人聞きが悪いな。相手の心理を突いた見事な作戦だった、と言うべきだろう。戦わず、傷つけることなく目的を完遂し『勝利』したのだから」

「ですがエーベルハルト様、あの幻の化け物の脚で踏み潰されるのは本来、あなた様だけだったのではありませんか?」


 婚約者から、皮肉を言われた。つまり僕の邪な心ゆえの勝利だと言いたいらしい。褒め言葉だと思うことにしよう。


「さて、戦いも終わったことですし、お食事に参りますわね」

「やはり、それだけ体力を消耗したのか?」

「ハンバーグ五つと、ピザ四枚はいけますわね」


 いやあ、それはいくらなんでも食い過ぎだ。こんな細い身体のどこに、それだけの食べ物が入るんだ。

 と思っていたが、実際に食堂でそれだけ食べてみせた。さらに追加で、カルボナーラまで平らげた。恐ろしい食欲である。魔導とは相当な体力を使うようだ。

 で、念のため、我が駆逐艦三五〇一号艦はその場に一晩待機し、その翌日に王都ルネエーゼルに帰投した。


「さすがは婿殿であるな。いや、このことは直ちに陛下にご報告せねば」


 で、宇宙港につくや否や、エリザベスの父上であるキャベンディッシュ男爵家当主、ローランド四世様の出迎えを受ける。


「いえ、今回活躍したのは、エリザベスお嬢様の魔導ですので。小官はただ、その力を使わさせていただいただけです」

「そうか? その幻影を巧みに用いた見事な策であったぞ。まさか一滴の血も流さず、エルヘイム軍を追い返すとはな。これを見事と言わずしてなんという?」


 婚約者の父上様は上機嫌だ。それはそうだろう。大勢の独身軍人がいるなかで僕をエリザベスの婚約者に選んだのは、まさしくこのお方なのだから。

 僕は一応、地球(アース)三三七の貴族家出身だ。と言っても、もはや名ばかりの子爵家で、とある事業を抱える名門というだけの貴族である。

 しかも次男であるがゆえに、その事業を継ぐことはできない。兄がファルケンハイン子爵家を継ぎ、僕は軍人となった。

 貴族出身だったこともあるが、僕の指揮官としての実力をこの父上様は買ってくれたらしい。まあ実際に、三度目の「勝利」をもたらしたわけだから、その読みは外れではなかった、とも言える。


「またゆっくり話をしようぞ、婿殿よ。では」


 そう言って、急ぎ王都へと戻っていった。おそらくは、宰相閣下に今回の結果を告げに行ったのだろう。

 で、僕はと言えば、司令部に出向いてケッセルリンク大将に報告することになる。


「まさか、だまし討ちで撤退させるとはな。卑怯すぎるのではないか?」


 相変わらず不機嫌だ。僕は、そんな不機嫌な司令長官にこう答える。


「ですが、一人も傷つけず、というご命令は守りました」


 そう言うと、ケッセルリンク大将は声を荒げてこういった。


「もっと正々堂々とやる方法があっただろう! しかもまた魔導を使うなど、連合軍人のやることか!」


 ああ、やっぱり怒られるんだな。しかし、正々堂々とやって、無傷でエルヘイム軍を撤退させる別案とやらを教えてほしいものだ。

 と思いつつも、僕はただ無言で、敬礼で応えるにとどめた。

 どうせ反論するだけ、無駄だろう。

 が、そんなケッセルリンク大将も、国王陛下の前では今回の勝利を高らかに喧伝していた。この手のひら返し、他の将官の目からはどう映っているのか?


◇◇◇


「情報が、入ってきた」


 俺がそう言うと、ベアトリーチェが尋ねる。


「情報って、やっぱりあのファルケンハイン准将が率いてる戦隊のこと?」

「そうだ。取るに足らない情報として扱われていたが、無視できない話があってな」

「なによ、その取るに足らないのに無視できないって、矛盾したその情報ってのは」

「なんでも、あの『光の魔導』とやらを使って、戦いに勝利したらしい」

「あれ? 戦闘なんてあったかしら」

「我々ではない、地球(アース)一一一三上で、とある国家が攻め入ってきたのを、無血で追い返したというものだ」

「ああ、なんだ、あっちの星の話ね。だけど、どうしてそこで光の魔導なんてものが出てくるのよ。聞けばその星って、せいぜい剣と槍に弓くらいしか持たない星だって言うじゃない」

「それ以外に、魔法もあるらしいがな。もっとも、魔法を使える人材は稀らしいから、お前の言う通り、剣を振るう程度の蛮族な星だ」

「なら、駆逐艦や哨戒機、人型重機で威嚇射撃すれば追い返せるじゃない。なんでわざわざ、光の魔導なんて使うの?」

「なんでも、一人の兵士すら傷つけるなと厳命されたらしい。威嚇射撃で万が一にも重軽傷者がでたら、命令違反になるからな。それで、人型重機隊の幻でその軍勢を脅しにかけたようだ」

「へぇ、それで相手は慌てて逃げ出した、と」

「いや、実際に兵士を踏みつけさせて、それが幻だとバレたらしい」

「えっ、それじゃあ意味ないじゃない」

「ところが、どうやら最初からそれが幻影だとわからせるつもりだったようだ。その上でその戦隊長は、こう言ってのけたらしい」

「……なんて言ったの?」

「邪な心を持つ者のみを踏み潰せる幻影だ、とさ」

「もしかして、それで……」

「そう、真っ先にその軍隊を率いてる当主が逃げ出したらしいぞ」

「にしても、それ、本当かしら?」

「なんだ、諜報員の言葉を信じないのか?」

「いやそうじゃなくて、邪な心の持ち主だけを踏み潰せるって、そんな技術、聞いたことがないわよ。そんなにその光の魔導ってすごいの?」

「そんなわけないだろう。要するに、ハッタリだったらしい」

「な~んだ、相手をだましたってわけね」

「たかが地上の騒乱を鎮圧した、という軽い情報としてうちの総司令部では捉えたようだが、俺はあの『灰色の怪狼(フェンリル)』ってやつの恐ろしさを垣間見たな」

「どこが、恐ろしいのよ」

「考えてもみろ、手の内をバラした上に、そんなハッタリを堂々とやれるヤツだ。頭のキレと、度胸が並の指揮官レベルをはるかに超えている」

「そういうものなのかしらねぇ」

「現に俺たちだって、そいつらと戦ったわけだぞ。お前が直前に嫌な予感がしたと言わなかったら、危うく大半をやられるところだった。やつは、まともな相手じゃない」

「そういうロドリゴ、あなただって敵中のど真ん中を突っ切って、多大な戦果を挙げた戦隊長じゃない」

「俺の場合は、諜報員の情報があったからこそ、という側面もあるからな。だからこそ、敵が油断している最中に突撃することができた」

「そうは言っても、敵のど真ん中に突っ込むと宣言したのはあなただけだったんでしょう? やっぱり、度胸だけはその敵の戦隊長に引けを取らないんじゃないのかしら」

「そこまで度胸は必要ない。やはり諜報員の情報あっての作戦ではあったな」

「それにしても……」

「なんだ、気になることでもあるのか?」

「いや、私たちが地球(アース)一一一三で敵の艦隊一万隻に突っ込んだ時、そのファルケンハイン准将って何してたのかしら、と思ってね」

「単に動くまもなく、俺たちが去ってしまっただけじゃないのか」

「それほどの切れ者が、私たちの突撃を黙って見過ごすようなことをしたかしら。動かせる艦艇だけでも駆り出して、反撃してきてもおかしくはなかった気がするのよ」

「それは買いかぶり過ぎだろう」


 と俺はその場ではそう答えるにとどめた。せっかくこいつと同じベッドにいて、これから盛り上がろうって時に、何だって敵の戦隊長の話で盛り上がるんだと。

 が、ふと冷静になって考えてみたが、もしもあの場にやつがいたらどうしていただろうか? みすみす俺たちを見逃さなかったように思える。

 何だろうな、この違和感は。

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