#7 王都
「おお、王国の英雄よ! よくぞ参られた!」
ここはアルビオン王国の王都ルネエーゼルの中心部にある広大な王宮の建物群の中で最も大きいとされる大宮殿の中。僕はその中に敷かれた長い赤絨毯の上におり、その先にある玉座に座す国王陛下が、僕を見て嬉々としてこう叫ばれる。
陛下に続いて、傍らに立つ宰相閣下が、壇上を降りて僕の前に立つ。そして、侍従の者よりあるものを受け取り、僕にこう告げる。
「二度の大勝利に、陛下はいたく感動されておる。よって、アルビオン黄金勲章を授けよう」
僕は敬礼し、そして頭を下げる。
「はっ、ありがたきお言葉を陛下より賜り、恐悦至極にございます」
僕はエリザベスより教えられた儀礼の言葉を述べた。その後、宰相閣下が自らの手で侍従より受け取った金色の鷲をかたどった勲章を、僕の胸に付ける。それを受け、僕は再び宰相閣下と陛下に、それぞれ敬礼で応える。
なんとなくだが、側面から痛々しい視線を感じる。ふと目線を向けると、ケッセルリンク大将が苦々しい顔で立っている。うーん、よほど僕が勲章を受けたことを腹立たしく思っているようだ。大将閣下ですら、王国から勲章を受けてはいない。まさに、してやったりという気分だ、気持ちいいな。
が、おかげでこの日の司令長官は、不機嫌極まりない。
「おい、金色の勲章をかざした戦隊長!」
その後、行われた将官が集まる定例会で、明らかに僕のことを皮肉っぽく呼ぶ。
「……なんでしょうか、ケッセルリンク大将閣下」
「今回撃ち漏らした『赤い突撃竜』を今度こそ殲滅すべく策は、考えているのだろうな?」
たいした戦果でもないくせに、自分ですらもらったことのない勲章を受け取りやがって、とでも言わんばかりの物言いだ。当然、議場は静まり返る。
「殲滅までは約束できませんが、策はすでに考えております」
僕は正直にこう答える。するとますます鬼の形相でこちらに向けてこう注文を告げる。
「それでは困るな、軍人として、命令を守るべきであろう」
つまり、戦隊長復帰の条件である「殲滅」命令を守る義務が僕にあると、そう言いたげだ。
が、僕はその命令を遵守するつもりはない。なにせ今回のことで、僕を簡単にクビにすることができなくなった。考えてもみればわかる、国王陛下が勝者と称え勲章を贈った相手を、大した理由もなく解任することはできない。
「最善を、尽くします」
だから僕はのらりくらりとその大将閣下の怒りをかわした。こうなるともう、司令長官はそれ以上、僕を責めるわけにはいかなくなる。
だいたい、責められる理由がない。他の将官の顔を見れば、僕と同じような気持ちであることが分かる。
が、散々僕を罵った後に、司令長官はこう言い出す。
「さて、本題だが」
えっ、今のは本題じゃなかったの? それじゃ、何のために僕を司令長官の目の前の席に座らせたんだ。勲章授与の件で言いたいことを言いたかったからじゃないのか。
が、ケッセルリンク大将は、とんでもないことを言い出す。
「さて、国王陛下からの御指名で、貴官に隣国のエルヘイム公国より進撃中の軍を、国内に侵攻させないよう通達が来た。つまり、隣国からの軍事介入を食い止めよとのお達しだ」
それを聞いた時、僕はなんだかカチンときた。なにやら、厄介ごとを押し付けられたことを悟ったからだ。
「分かっていると思うが、一兵たりとも怪我人を出さぬよう対処することは、連合軍規で定められている。あくまでも、その隣国の兵士らを穏便に引き返させること。これが、我が軍ができる精一杯だ。当然、勲章持ちの貴官なら可能であろうな」
「はっ、承知いたしました。では、当該の隣国軍の情報をいただけますか。直ちに軍侵攻阻止作戦を立て、実行いたします」
「……随分と自信満々だな。だが、忘れるなよ。一兵たりとも傷つけずに、が条件だからな」
「承知しております」
嫌らしい言い方だな。その軍規の条文だが、正確には、もしもその相手が軍事侵攻を止める意思がないと判断された場合は、攻撃することもやむなしと規定されている。これは、民間人の命が優先されるためだ。それゆえに、威嚇射撃に加え、直接攻撃も完全に禁じられているわけではない。
それすら許さないと断言するのは、すでに司令長官としての権限を越えている。それを判断するのは、あくまでも軍総司令部を統括する統合政府ではあるのだが、それを知っていてこのお方は、そう僕に告げたのだろう。
なんだか、理不尽な扱いにいら立ちを感じ始めていた。なればこそ僕は、なんとしてでもその命令を成し遂げてやろうと考えた。
で、そのエルヘイム公国とやらの情報を入手し、検討を始める。
エルヘイム公国とは、元々、アルビオン王国の一部だった国だ。名前の通り、エルヘイム公爵が公王を務める国で、アルビオン王国から見れば辺境の小さな国だ。
で、今、そのエルヘイム公国の軍勢が侵攻しつつある場所というのは、かつてエルヘイム公爵家の領地だった場所だという。アルビオン王国でも辺境に位置するその領地に広がる平原に、レムシャルトという交易の街が作られた。その際、その平原一帯を公爵家の領地からアルビオン王国直轄地にされた、というのが七十年ほど前の話らしい。
それが原因で、エルヘイム公爵はアルビオン王国からの独立を宣言し、その平原奪還とレムシャルトの奪取を目指し、何度か戦を繰り広げたらしい。が、取り返すことは叶わず、今に至るという。
実はそのエルヘイム公国と連合との間では、まさに同盟交渉中であり、同盟条約の締結前では、連合法規の定めるこの地球内での戦闘行為禁止を、まだこの国は批准していない。それゆえに、同盟成立前にかつての自国領を取り戻し、かつ交易都市であるレムシャルトも手に入れてしまえという、実に身勝手な理由で軍を進めている、ということのようだ。
それだけでも頭の痛いことなのだが、厄介なことにこのエルヘイム軍は「演習」と称して軍を動かしている。あくまでも、侵攻が目的ではないともっともらしい理由をつけて進撃してきたということだ。が、国境を越えて、すでに平原深く入り込んでいる。侵攻の意思は明らかだ。すでに明日にでも、レムシャルトの街へ攻撃が行われるかもしれないという位置まで軍を進めていた。
宇宙時代になれば、たかが街を一つ奪ったところで何の意味もないのだが……と思うが、それをこの星の常識で理解させることは困難極まりない。エルヘイム公国は関税自主権がなく、このレムシャルトという交易都市によって「不正」に関税が決められているというのが彼らにとっては面白くない。それゆえに、彼らはこの地を取りたがっている。
と、ここまでの情報と、攻め込んできた軍勢が五千人おり、その多くが槍隊で構成された侵攻軍であることまでが分かっている。
それを、勲章をもらっただけのこの戦隊長で追い払え、という無理難題を押し付けられたというわけだ。
「何か、お悩みですか?」
僕が宿舎に戻っても、難しい顔をして食事をしているものだから、エリザベスが心配そうにそう声をかけてきた。
「……ところで、エリザベスよ」
「はい、なんでしょう、エーベルハルト様」
「なぜ、僕の宿舎にいるんだ?」
「婚約者ですもの、当然でしょう」
「いや、結婚していれば当然というのは分かる。が、この星では、婚約者の時から共に暮らすという習慣はないのでは?」
「宇宙から来たお方が、そのような古い慣習にとらわれてはなりません。何よりも、私はすでにあなた様と共に宇宙に出て、共に戦った戦友でございますよ。それが同じ屋根の下にいて、何がおかしいことがありましょうか」
このエリザベスというお嬢様は、なんというか自分の欲望や気持ちにまっすぐだ。それは時として驚愕させられることもあるが、時に頼りがいがあると感じることもある。
「実は、隣国のエルヘイム公国が五千もの軍勢をもって、辺境のレムシャルトへ侵攻しつつあるという情報が入っている。それを止めるための作戦を考えているところなんだ」
「まあ、また攻めてきたんですね、エルヘイム公爵」
「また、ということは、エリザベスは戦ったことがあるのか?」
「あるもなにも、エルヘイム軍の弓隊からの攻撃を、私一人でかわしましたことがありましたわ」
エリザベスの持つ魔導は、光の魔導だ。これは相手からの視覚をゆがませ、実際にいる場所とは違う場所に軍がいるかのように見せかけることができるという魔導だ。実際、それを使って前回の戦いでは連盟軍を翻弄した。
もっとも、本来の利用法はといえば、主に弓からの攻撃を大きくそらすために、軍の幻を敵に見せるための魔導だ。これが使えるのは、エリザベスを含めて三人しかいない。内、二人はすでに老兵であるため、エリザベスが駆り出されることがあるのだという。
初陣を十六歳の時に経験し、多大な功績を挙げた。そんなエリザベス嬢が僕の婚約者になったというのも、これからの宇宙時代に軍人とのつながりを重視したいという思惑からであり、そもそも僕らの間には恋愛感情はなかった。
が、この明るく、さらに図々しい性格も相まって、僕はなぜだかエリザベスとは気軽に話せる仲になっていった。
と、そこまで話したところで、僕はふとある作戦を思いつく。僕はエリザベスに言った。
「明日の朝、エルヘイム軍撤退作戦を実行する。エリザベスの力を使いたいのだが」
そう僕が話すと、この男爵家のお嬢様の顔がぱあっと明るい顔に変わる。
「構いませんわ、ぜひ!」
「よし、それじゃ、作戦準備に入るか」
「何か、良い案が閃いたのですか?」
「司令長官が僕に、一兵も傷一つつけず、追い返せと命じてきた。それをやろうとすれば、エリザベスの力がぜひとも必要だ」
「そういうことでしたら私、お供いたします」
「よし、決まりだ」
そこで僕はスマホを取り出し、副官のハイツマン中佐を呼び出す。
『ハイツマンです。そろそろ作戦指示が来るものと思っておりました』
さすがは僕の副官だな。僕は指示を出す。
「明日の早朝に、作戦を実行する。必要な武装は、駆逐艦三五〇一号艦一隻、人型重機十機、哨戒機が二十機、それに……」
僕は必要武装の指示を出す。それを聞いた副官が、怪訝そうな声で確認してくる。
『相手は、五千もの兵員と聞いております。たった一隻、さらに合計で三十機の機体。それだけで対抗できるのですか?』
「不要な刺激はしたくない。それに、それだけいれば十分だ」
『もしかして、また奥様の力を借りるのでしょうか?』
まだ結婚していないから、正確には奥様ではないのだがな。もっとも、僕とエリザベスの関係は、戦隊内ではそういう認識だ。
「まあそうだな。借りざるを得ない。だが、ただ借りるだけではない。当然、策は考えてある」
『では、ファルケンハイン准将閣下の策に期待させていただきますよ。今度こそ、司令長官の鼻を明かしてやりましょう』
副官も相当たまってるようだな。そりゃそうだ、あれだけの貢献をしておきながら、うちの戦隊への扱いが悪すぎる。これでは、戦隊内に不満がはびこるのは当然だ。
だからこそ、次の戦いは絶対に、勝たねばならない。
いや、戦うわけではなかった。なにせ、公国軍の兵士を一人たりとも傷つけるなという命令だからな。
とはいえ、これも立派な「戦い」だ。だれも死なせない、怪我させないことが「勝利条件」というだけのことだ。
そして僕は、ある「悪だくみ」を思いついた。
さて、そんな翌朝。我が戦隊旗艦である駆逐艦三五〇一号艦は、レムシャルトの街の東方、一キロの地点にいた。
そして目前には、戦闘陣形を組み、何重もの槍隊の陣形を組んだエルヘイム軍が霧の開けかかった平原に整然と並んでいる。
僕は、叫ぶ。
『連合軍規、第五十三条にて、地上における戦闘はこれを禁ず、とあります。同盟交渉中とはいえ、エルヘイム公国にも同軍規に従い、兵を収めれたし』
僕は拡声器で呼びかけた。が、一向に引く様子はない。
そりゃそうだろう。まだ批准していない条約に従うような軍であれば、こんなところに布陣しているわけがない。
だから、向こう側からエルヘイム公自らが叫び、返答してきた。
「ここは我がエルヘイム公国の領地であり、この軍はあくまでも演習のため、この地に参った次第である! それを邪魔立てすると、同盟そのものを破棄することとなるぞ!」
さあ、両者の話し合いは決裂した。と同時に、戦いの火蓋は切られた。ここからが僕と、そしてエリザベスの力の見せ所だ。




