#6 評価
「まあ、あれだけの戦果を挙げておきながら、また怒られたというのですか」
戦艦ロートリンゲンの街中で、エリザベスがそう僕に嘆いた。そう、やはりというか、「たった四十隻足らずの戦果でのこのこと帰ってきた」と、あの司令長官にののしられたばかりだ。
いや、五百隻中三十九隻撃沈ということは、およそ八パーセントだ。ケッセルリンク大将が過去の艦隊戦で最大の戦果は、一時間の戦闘でおよそ百七十二隻。僕が前回の戦いで、敵の艦隊主力の足止めしたときの撃沈数よりも少ない上に、率にして二パーセントにも満たない。そんな戦果しかない大将閣下に文句を言われる筋合いはないのだがな。
しかしこれで、「赤い突撃竜」の実力はおおよそ把握した。やつらはとんでもない手練れだ。あの至近距離からの砲撃を、見事にかわしたのだからな。
なお、当然ではあるが、エリザベスの魔導も報告した。そんなものを使わないと勝てないのかといわれたが、エリザベスの魔導を「そんなもの」呼ばわりする大将閣下もどうかしている。あれはとてつもない強力な魔導だ。いくらでも応用が利く。
と同時に、おそらくだがスパイにも伝わり、敵にエリザベスの魔導のことが知れてしまうだろうな。現にこの戦艦ロートリンゲンにいる兵士らの間では、噂になるほど広まってしまった。
が、多くの兵士らにとっては今回の戦いも、いや、前回の戦いも含めて、奇跡の勝利だと思われている。実際、二度の戦いで二百四十隻撃破という戦果は、普通の五百隻の戦隊で成し遂げられるものではない。文句を言っているのは、せいぜいケッセルリンク大将くらいのものだ。
だからこそ、腹立たしい。
「まあ、それほど落ち込まずともよいではありませんか。それにしてもこのパスタ、美味しいですわね」
ちなみに今、エリザベスが食べているのは、カルボナーラの上にデミグラスソースのかかったハンバーグが載った途轍もなくくどい料理だ。よくそんなものを三皿も食べて、よく太らないものだな。やはり魔導師というのは、それだけエネルギーを消費するということか。
「その大将様が私の魔導を軽く見ていると聞いて、私も正直腹が立ちましたよ。でも、お腹が満たされたら、腹が立たなくなりました」
そんなもので発散できるその神経がうらやましい。僕の方は、持てる術と知恵を絞って編み出した戦術でようやく得られた戦果を、いとも簡単に否定されていることにいら立ちを覚えずにはいられない。まったく、腹立たしいやらなんとやら。
「今夜もこの戦艦の街にあるホテルの柔らかなベッドでご一緒するのですから、よいではありませんか。それですべて、忘れられますわ」
まったくずけずけと私生活の深淵部分を平然と口走るご令嬢だ。最初に出会った時はもっとおとなしいかと思ってたのだが、初めて一緒に夜を過ごした頃から、徐々に本性を現し始めた。もっとも、明るいところは救いではあるのだがな。
そんな二人の元に、兵士が近づいてきた。
「あの、ファルケンハイン准将とお見受けいたしますが」
見たことのない士官だ。階級章からは、二人とも中尉であることが分かる。肩に付いた戦隊名も、僕の戦隊とは違う所属だと分かる。
「その通りだが、何か?」
「いえ、此度の戦いで、我が戦隊の仇を取ってくださいました。ひと言、お礼申し上げたいと思っていたところ、お姿をお見掛けいたしましたので」
そう言うと二人は直立、敬礼した。
「我が第二十八戦隊の七十二隻も、この勝利で浮かばれたものと思います。本当にありがとうございました」
それを聞いて、僕も起立し返礼を返す。そのまま二人は頭を下げ、その場を立ち去っていった。
「ちゃんと見られているではありませんか」
その姿を見たエリザベスが、こう呟いた。
「何がだ」
「いえ、大将様が何を言われようが、多くの兵士たちにとってはあなた様の成したことは、大いなる勝利なのだということでございますわよ」
そのエリザベスの一言を聞いて、僕は少し怒りが収まってきた。そうだ、むしろ僕は多くの味方を救っている。あの時の独断専行とやらがなければ、今ごろは先ほどの二人の中尉もこの世の者ではなかったかもしれない。そう思えば、僕はすべきことをしたんだ、と。
とはいえ、これで終わりではない。まだ戦いは続く。にしても、今ごろは「赤い突撃竜」の指揮官は総司令官からどやされている頃だろうか。それとも、あれだけの接近戦をよく避けたものだと、感心されているだろうか。
◇◇◇
「あんな奇策を仕掛けられて、良く生きて帰ってこられたものだな」
メンドーサ大将が議場でそう言い放つと、俺の顔を見て笑い飛ばしてきた。つまり、最悪の事態を避けたことは評価してくれたということか。
「いや、もっと事前に知っておけば、貴官にもやりようがあったかもしれないな」
「事前にとは、なんのことです?」
「貴官の戦隊が見たという、あの幻の正体だよ」
突然、メンドーサ大将がそんなことを口走る。
「あの、幻の正体は一体、何なのでしょうか」
「諜報員からの連絡だ。あれは『光の魔導』の力だそうだ」
「は? 魔導? それはつまり、魔法ということですか」
「そうだ。なんでも、光や電磁波を捻じ曲げ、蜃気楼のように別の位置に物体を見せかける魔法とのことだ。そんなものを使われては、当たらなくて当然だろう」
なんということだ。そんな馬鹿げた術がこの世には存在するのか。つまりあの地球一一一三という星には、魔法というものが存在しているということか。
「ともかくだ、四十近い損害は痛いが、それでも普通ならば百や二百は沈められていて当然の状況を、よくぞその程度の損害で済ませたものだ。それだけでも貴官の判断力はすばらしいものだよ」
負け戦だというのに、なぜか感心されてしまった。俺はこの言葉にどう答えればいいのか。
「はっ、ですが次こそは、あの灰色の怪狼と呼ばれる戦隊に打撃を与えて御覧に入れます」
「たのんだぞ。どう考えてもあの五百隻に対抗できるのは、今のところ貴官の戦隊だけだからな。さすがは敵から『赤い突撃竜』と呼ばれ恐れられているだけのことはある」
敵がつけたあの奇妙な二つ名が、こんなところでも使われるようになってしまった。まあ、悪い名ではない。ありがたく頂いておくとしよう。
「それで結局、お咎めなしというわけ?」
「まあ、そういうことだ」
さて、その日の晩。俺はベアトリーチェと同じベッドで過ごす。再来月にはベアトリーチェと結婚式を挙げようと考えていたが、今やそれどころではなくなってしまったな。
「大将閣下はそれでいいかもしれないけど、私はちょっと怒ってるのよ」
そんな婚約者が、いきなり俺に怒りをあらわにしてきた。
「どこに、お前が怒る要素があるんだ」
「おおありよ。だって私、直前に敵の動きが奇妙だって、そう言ったじゃない」
「ああ、そういえばそうだったな」
「もうちょっと警戒していれば、あの三十九隻だって失わずに済んだんじゃないの?」
やれやれ、大将閣下には感心されたというのに、婚約者からは怒りを買う羽目になった。もっとも、俺も彼女の意見を全く無視していたわけではない。
あの時、ベアトリーチェがああいわなければ、俺はまったく警戒せずに敵の艦隊に突入していただろう。が、確かに出来過ぎているとあの時、感じていたからこそ、敵の突然の奇襲に備えることができた。
そういう意味では、ベアトリーチェに救われたと言っても過言ではない。
「悪かった、ベアトリーチェ。ならば、お詫びをしなくてはいけないな」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! そこは……」
ベッドの上で、俺はベアトリーチェの上にのしかかる。そしてそのまま、彼女の弱点を責め始めた。おいおい、もう息が上がってるぞ、さっきまでの怒りはどこへ行った?
にしても、あの灰色の怪狼の指揮官は今ごろ、勝利の美酒に酔いしれている頃だろうな。今ごろは俺と同じく、ベッドの上に女でも侍らせているかもしれん。そう思うと、こちらの方が腹が立ってきた。
その鬱憤を、俺は婚約者相手に晴らそうとしていた。
◇◇◇
「はぁ~っ……」
僕はため息をついていた。エリザベスは今、シャワーを浴びているところだ。
やはり、どうしても気に入らないな。なんだって僕は司令長官から責められなきゃいけないのか。何か、間違っている。
「まったく、エーベルハルト様ともあろうお方が、何をうなだれているのです?」
と、そこにシャワールームから出てきたエリザベスが姿を現す。身体にタオル一枚を巻き付けただけの姿で、ベッドの上で僕のすぐ脇に座る。
「理不尽なこともあるものだと、そう考えていただけだ」
「何をおっしゃいます。我が王国ではもっと理不尽な目に遭った者もいるのでございますよ。過去には政争に敗れ、無実の罪を着せられて毒をあおった貴族が何人いたことか。それとくらべたらまだ命があり、しかも感謝する兵士たちがいるだけでもマシではありませんか」
そんな古臭い因習に則った理不尽を聞かされても、何の慰めにもならない。もっとも、その死んでいった貴族たちの無念さは分かる気がする。今の僕の比ではないほどの悔しさと無念さにさいなまれながら、その毒をあおったことだろうな。
「さて、そんな腹立たしい大将様のことなど忘れて、私に癒されてくださいませ」
「おい、ちょっと、いきなり……」
「この程度の奇襲に驚くようでは、次の戦に勝てませんわよ」
そういいながら、身体を覆っていたわずか一枚のそのタオルを投げ捨てて、僕にのしかかってきた。まったくこのお嬢様ときたら……顔面に二つの胸のふくらみを押し付けられつつ、僕はベッドの上でこの勇ましい女魔導師を抱きしめた。
その翌日には、二人でまた街に出る。なぜか街に出るたびに増える服と、途方もない食費を浪費しながらも、それなりに楽しく過ごした。大将閣下の下した不本意な評価など、気にならなくなってきた。
が、次は厳しい戦いになりそうだな。
おそらくは、エリザベスの魔導のことはバレてしまっているだろう。となれば、敵も対抗策を講じてくるに違いない。
さて、こちらは手の内を知られてしまったわけだ。次はどう戦えばいいのやら。




