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#5 幻影

 敵のスパイが潜んでいる、その可能性は非常に高い。少なくとも僕は、スパイがいるものと信じている。

 だがそれを僕は、司令部の誰にも話してはいない。

 それはそうだ。まず、確たる証拠がない。それに、もしかすると司令部内にそのスパイがいるかもしれないからだ。

 だから、滅多なことを口にするわけにはいかない。場合によっては、そのスパイによって僕は殺されてしまうかもしれない。

 ならば、こちらから流した情報で逆に敵を動かした方が、利用価値としては高い。

 僕のこの勘が当たったことは、中性子星域に到着した途端、はっきりする。


「レーダーに感なし。半径二千万キロ内には、敵の哨戒部隊すらも見当たりません。静かなものですね」


 能天気なレーダー士に、僕はこう尋ねた。


「そんなはずはない、レーダーをくまなく見ろ。何かいるはずだ、いつもと変化はないか?」

「いえ、特には……強いて言うならば、ノイズが多いことくらいですかね」


 やはりな。現れたか。そのレーダー士の示すノイズを見る。通常、デブリなどの影響でレーダーサイト上には細かなノイズが映るのが普通だ。が、そのノイズはある場所に集中している。この範囲から推測するに、あれはノイズなどではなく「雲隠れ」した五百隻程度の戦隊レベルの集団だと分かる。

 間違いない、あれは「赤い突撃竜(ガーゴイル)」だ。


「そのノイズ中心までの距離は?」

「は、はい、およそ七十万キロ」

「よし、そのまま接近する。監視を怠るな、おそらくそれは敵の戦隊だ」

「えっ、どうしてそう言い切れるんですか?」


 僕はレーダー士にこう教える。そもそも重力場の大きな中性子星域には、デブリはほとんど存在しない。接近しすぎた小惑星が潮汐力により粉砕されない限り、デブリは中性子星に引き寄せられて消滅するからだ。だから、この宙域でノイズはほとんど見られない。

 連盟側には、我々の知らない特殊な星間物質による電波吸収材を持っている。これにより、ステルス材対応のレーダーでさえ捕捉困難となるが、まったく捕捉できないわけではない。わずかながらだが、レーダーサイト上にノイズとして現れる。

 ただしそれは通常の宙域ではデブリなどの影響で、ノイズに埋もれてしまう。が、ここは元々、ノイズの少ない中性子星域だ。


「エリザベスを、ここへ」


 僕は急ぎ、エリザベスを呼んだ。そう、彼女の持つあの魔導の出番だ。


◇◇◇


「パッシブ観測員より報告。重力子観測によれば、敵の艦隊が徐々に接近しつつあるようです。その数、およそ五百と推定」

「そうか」


 諜報員からの連絡が正しければ、現れたのは、あの「灰色の怪狼(フェンリル)」で間違いないはずだ。我々が待ち構えているとも知らず、のこのこと現れた。

 こちらは今、電波吸収材をまとって敵からは見えていないはずだ。

 一方で、こちらも電波管制のため、正確な位置を把握できない。敵の重力子エンジンが出す重力子から、位置を推測するしか方法がない。

 レーダーなどのアクティブセンサーが使えない以上、パッシブセンサーのみの観測に頼るほかないのが今の我々の状況だが、それでも敵のおおよその位置が分かれば十分だ。


「距離三十万キロ程度まで接近し次第、こちらも電波吸収材の放出と、電波管制解除を行う。その後は槍型陣形で突撃し、攻撃態勢に入る前のやつらにとどめを刺す」

「はっ!」


 副官のデ・レイバ大佐に作戦の概要を指示する。五百隻に対し、レーザー通信でその旨を伝達しているところだ。


「にしても、妙よね」


 ところがだ、そんなところにベアトリーチェが現れる。


「なんだ、ベアトリーチェ」

「こほん」

「いや……コンザーガ中尉。索敵や作戦立案に対する意見具申は、貴官の任務にはないはずだぞ」

「いえ、グスマン准将。あまりにもシナリオ通りにこちらに向かってくるので、それがかえって奇妙だと感じた次第です」

「そのシナリオが、良く練り上げられたものだという証拠ではないのか」

「あら、そうかしら? ロドリゴが私にのしかかるときは、いつも突然過ぎて思惑通りではないことの方が多いじゃない。そんなロドリゴが、これほど正確なシナリオを描けるなんて信じられないわ」


 まったく、いくら婚約者だからといって、俺にため口で意見する尉官がいるか。それに、軍務の時は階級をつけろと言ってきたくせに、急に普段の口調に戻りやがった。


「それじゃ聞くが、どうしてシナリオ通りだと妙だと感じるんだ」

「向こうが、それを承知で迫っているように思えるからよ」

「なぜ言い切れる?」

「女の勘、てやつかしら」

「……それじゃ根拠としては乏しいな。ともかく、作戦は続行中だ。自らの任務を全うせよ、コンザーガ中尉」

「忠告はしたわよ。ではコンザーガ中尉、任務に戻ります」


 そう言いながら、彼女は艦橋の端にある自席に座る。兵站担当の彼女の今の任務は、電波吸収を行う星間物質の量の監視だ。それが何らかの理由で途絶えでもしたら、こちらが捉えられてしまう。

 ここは、じっくり待つしかない。


「敵の推定位置は?」

「およそ四十万キロです。このままだと、あと三十分で射程圏内に入ります」

「了解だ。敵を確実に捉えたい。二十八万キロまで接近したら攻撃に移る。そのまま監視を続けろ」

「はっ!」


 さて、目論見通り、敵が接近してきた。

 後はタイミングだ。レーダーが捉えた瞬間に、こちらは攻撃態勢に入る。そのまま、あの五百隻の大半を沈めてやる。


◇◇◇


「まもなく、敵戦隊と思われるノイズ中心まで、三十万キロになります」


 レーダー士が伝える。そこで僕は、エリザベスにこう告げた。


「敵が、近づいている」

「はい、そのようですね、エーベルハルト様」

「再度、確認したいのだが、エリザベスの魔導は五万キロ先まで届いたと、そう技術士官は報告したのだな」

「その質問、もう何度目ですか。そうですよ。五万キロだと仰ってました」


 僕があまりにもしつこく確認するものだから、とうとうエリザベスがへそを曲げてしまった。だが、この五万キロという距離はとても重要だ。

 それは、双方の駆逐艦にとって決して無視できない距離だからだ。

 ところで、地球(アース)〇〇一には「将棋」と呼ばれるボードゲームがあるらしい。

 いわゆるチェスのようなものらしいが、その中に「飛車」「角」という飛び道具的な駒があるという。

 おそらく、今迫ってきている「赤い突撃竜(ガーゴイル)」は、将棋に例えるならば飛車、角に当たるのだろう。

 そんな将棋に、特殊な駒が一つ、ある。

 それは「桂馬」だ。たとえ進路上に駒があっても、それを飛び越えて進むことが可能な、異質な動きをする駒である。

 我が戦隊を例えるならば、まさにこの「桂馬」だろうな。

 そんなことを考えながら、ややふてくされ気味なエリザベスにこう告げた。


「さあ、エリザベスよ。ふてくされている場合じゃないぞ。これからお前は、英雄になるんだ」


 このいきなりの僕の言葉に、急に顔いろがぱあっと明るくなる。


「えっ、(わたくし)が、英雄ですか!?」

「そうだ。そういうわけだから、エリザベスの持つあの魔導を、存分に発揮してほしい」

「分かりましたわ。で、向きはどちらに?」

「斜め後方だ」

「承知しました、エーベルハルト様」


 そう言うと、エリザベスは艦橋の窓際に立つ。そして、詠唱を始めた。


「……光を支配する聖霊よ、その光脈を曲げ、偽りの姿を映したまえ……」


 両手を組み、そう念じるエリザベスだが、艦橋の中は特に変わった様子はない。皆、ぽかんとした顔でエリザベスを見ている。

 だが、敵にとってはとてつもない「罠」を、エリザベスは仕掛けたところだ。敵が驚き慄く様子が、目に浮かぶ。


◇◇◇


「敵艦隊、距離およそ二十八万キロです!」

「よし、そこまで接近すれば十分だろう。全艦、砲撃用意! 機関最大出力と同時に、電波管制解除!」

「はっ! 全艦、砲撃用意、電波管制解除、全速前進!」


 副長のデ・レイバ大佐が俺の命令を全艦に伝える。すぐにレーダー士が敵の位置を知らせる。


「レーダーに感! 敵艦隊捕捉、距離三十万キロ! 方位、右七度!」


 ……思ったよりは遠かったようだな。まあいい、重力子センサーだけで敵の位置を捉えていたからな、多少の誤差はつきものだ。

 機関音が鳴り響き、全速で突撃を開始する我が第七十七戦隊は、まさしくレーダーが捉えた敵の灰色の艦隊目掛けて突撃を開始した。


「敵艦隊の動きはどうか!?」

「はっ、通常陣形にて航行中、攻撃態勢にはまだ移っていない模様」

「よし、先手を取ったぞ。全艦、砲撃開始!」

「全艦、砲撃開始、撃ち―かた始め!」


 全速力でまっすぐ敵の戦隊五百隻へと向かう我が戦隊から、無数のビーム光が放たれる。

 猛烈な数のビームが、まだ無防備な敵の駆逐艦群に向けて発せられた。敵も驚いたことだろう。

 が、驚く間もなく、死に至る者もいるだろうな。

 初弾でまず、二百隻ほど沈められれば、敵は間違いなく混乱に陥り……

 などと考えていた矢先、信じがたいことが起る。


「て、敵艦隊、健全のまま! 一隻も沈んでおりません!」


 耳を疑った。一隻も沈まない? そんなわけがあるか。敵は回避運動すらしていない。そこにまっすぐ、我が戦隊はビームを浴びせかけたのだぞ。


「どういうことだ、まさか全弾、外れたのか!?」

「いえ、ロドリゴ准将、それが不思議なことに、ビームが敵艦をすり抜けるのです」

「すり抜けるだと? 何を言っている」

「光学観測映像です、ご覧ください」


 俺はその映像を見て驚愕した。確かにあの灰色の船体に、ビームが直撃し貫いている。が、まるで何事もなかったかのように敵の駆逐艦はそのまま航行を続けている。

 おい、これじゃまるで、幻に向かって撃ってるみたいじゃないか。

 と、その時だ。敵艦隊が一斉に右へ回頭を始める。


「て、敵艦隊、右へ回頭! およそ十二度!」


 ちょっと待て、そっちの方角には我々はいないぞ。こちらに腹をさらけ出し、まるで撃ってくれと言わんばかりの艦隊運動だ。おい、敵よ、お前はどっちを向いているか分かってるんだろうな。ますますやつらの行動が分からない。

 まるで幽霊艦隊にでも出会ったような不可思議な出来事が続く。いくら撃っても、敵は一向に沈まない。

 が、さらに驚愕すべきことが起きる。


「て、敵艦隊、消えました!」


 レーダー士が叫ぶ。


「は? き、消えただと!?」

「いえ、別の座標に敵艦隊出現! 距離三万キロ、我が艦隊の、ほぼ真後ろです!」


 しまった。まさかとは思うが、ワームホール帯でワープしたというのか。いや、元々敵の艦隊がいた場所に、ワームホール帯は検知されない。

 それに、今の消え方と出現の仕方が、ワープとは異なる。

 ゆがんだレンズをはめられていて、それをいきなり外された気分だ。

 どういうことだ、敵は一体、何をやらかしたというんだ? ともかく、俺は叫ぶ。


「全力即時退避!」


◇◇◇


「敵艦隊後方を捉えました!」

「よし、全艦、砲撃開始!」

「砲撃開始、撃ち―かた始め!」


 敵はまんまと、エリザベスの作り出した幻影に引き寄せられ、突撃していった。そんな連中のほぼ真後ろに、我々はいる。

 一斉に我が戦隊は砲撃を開始する。無数のビーム光が、敵艦隊後方に向けて放たれた。が、敵の反応も早い。一斉に回避運動を取り始めた。

 とはいえ、動きの鈍い艦も中にはいる。何隻かが爆発し、撃沈された。


「シールドの効かない艦後方への攻撃だ。しかも、射程の十分の一ほどの距離からの砲撃、そう簡単によけられるかな?」


 そう思いつつも、データリンクを見た。意外にも敵の多くは、あの奇襲を回避したようだ。


「敵艦隊、三十四隻撃沈。回避運動をしつつも、全速で逃走中です」

「こちらも負けていられるか。すぐに追うぞ」

「はっ!」


 副官のハイツマン中佐が、全艦に追撃命令を伝達する。そんな僕の横に、エリザベスが近づいてくる。


「はぁ、さすがに疲れました」

「そりゃあそうだろう。五百隻の幻を作り上げたのだからな」

「もう(わたくし)、お役御免でよろしいですわね。では、食堂に行ってまいりますわ」


 そう言い残すと、エリザベスは僕に手を振って、そのまま艦橋を出た。

 あれだけの魔導を使ったから、相当エネルギーを使ったことだろう。そりゃあ何か食べたくなって当然だ。


「ところで、ファルケンハイン准将」


 と、そこでハイツマン中佐が僕に尋ねてきた。


「なんだ」

「いえ、我々から見ると、敵はいきなり明後日の方角に砲撃をはじめ、こちらに後ろをさらしました。何をどう仕掛けたら、あんなことが起きるのですか」

「ああ、あれはエリザベスの持つ、魔導の力だよ」

「魔導? そういえば地球(アース)一一一三には魔法が存在し、それが魔導と呼ばれており、それを使う魔導師という者がいるとお聞きしましたが」

「そうだ。で、エリザベスの魔導というのは、光を曲げる魔導だ」

「光を、曲げる?」

「ゆがんだレンズを使い、本来いる場所とは違う位置に、我が戦隊の姿を見せた。しかも、光だけでなくレーダーのような電磁波も同様に曲げられる。それがエリザベスの光魔導だ」

「はぁ……ですが、我が戦隊をどの位置に見せかけたのです?」

「左へ三度、後方、五万キロ地点だ」

「ご、五万キロも離れた場所に、我が戦隊がいるように見せかけたというのですか!?」

「そうだ。で、敵はまんまとそれに引っかかった」


 砲撃は続く。その後も五隻ほど撃沈したが、さすがに敵はそのまま例の電波吸収材の星間物質をまき散らし、姿をくらました。


「三十九隻か……」


 相手が五百隻であることを思えば、かなりの戦果だ。しかし、奇襲をかけたわりには少ない。


「殲滅はなりませんでしたが、大いなる勝利には違いありません。これより帰投し、直ちに司令部に報告すべきかと存じます」

「そうだな。弾もかなり撃ってしまったし、補給が必要だ。これより全艦、地球(アース)一一一三宙域へ帰投する」

「はっ!」


 できれば、百隻単位の戦果が欲しいところだった。が、残念ながらそこまではいかなかったな。

 いや、たとえ百隻沈めたところで、うちの総司令官閣下は満足しないだろう。

 司令長官閣下が出した命令は「殲滅」だ。つまり、五百隻を沈めない限りは、僕は褒められることはないだろう。

 はてさて、何を言われることか。そんなことを考えながら、僕は窓の外に見える中性子星をぼーっと眺めていた。

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