#4 指令
エリザベスを女性士官に預けて、僕は戦艦ロートリンゲンの司令本部へと向かう。そこで待ち受けていたのは、僕に戦隊長解任を言い渡したあのケッセルリンク大将と、その他の将官たちだ。
分艦隊司令、参謀長、作戦参謀などなど、並み居る将官が立ち並ぶ中、僕は敬礼し、その間を進む。
「貴官に来てもらったのはほかでもない。すでに、報告で聞いているだろう」
「はっ、駆逐艦百九十七隻撃沈、戦艦アルドリーゴが大破したという知らせを受けております」
「たった五百隻で、槍陣形で艦隊の真っただ中を突撃し、我が艦隊に多大な損害を与え、そのまま消えていった。これが、何を意味するか分かるか?」
何を意味するかって……それは、防御態勢が脆弱であったこと、敵が攻めてくるという想定がなされていなかったこと、それくらいしか理由が浮かばない。
が、この大将閣下は、こう結論付ける。
「それは、貴官の戦隊が敵艦隊を奇襲し、大損害を与えたからだ。その報復として、我が艦隊に同じような手で弔い合戦を仕掛けてきた、というわけだ」
つまり、大将閣下の言葉をストレートに解釈すると、僕が悪いということになる。いや、いくら何でもその理屈はおかしくないか? 一万の艦艇が密集していながら、防御態勢すらも整えていない。防御の態勢がとられていれば、たかが五百隻の奇襲突撃など備えられたのではないか。
それに、僕があの奇襲作戦を成し遂げたのには理由がある。あのまま敵の侵攻を許していれば、ちょうどワームホール帯から順次ワープアウトする我が艦隊主力を一万の敵艦隊が各個撃破していたことは明白だ。実際、その後の航路データなどを確認したところ、まさに敵の艦隊が我が艦隊のワープポイントに集結するタイミングと、味方がそのワープポイントに到達するタイミングとが一致する。
艦隊の壊滅的打撃を、未然防止したわけだ。が、そんなことはケッセルリンク大将は考えもしない。挙句に、こう言い出した。
「お前が始めた戦いだろ、だから、お前が決着をつけろ」
一瞬、議場が静まり返る。敵の艦隊に打撃を与えた指揮官に対していう言葉かと、心ある将官ならば思うところであろう。
が、構わずこの大将閣下は続ける。
「ファルケンハイン准将、貴官に命ず。あの『赤い突撃竜』を殲滅せよ。そのために、貴官の第三十五戦隊への復帰を命じる」
理不尽なことだ。たった五百隻で、五百隻の艦隊を殲滅しろという。援護する気はないと、そういうことか。
が、理不尽な命令でも、軍人たるものそれを受けざるを得ない。いや、むしろ受けてやると、僕は心の中でそう思った。
この無茶を言い出す総司令官の鼻っぱしを、へし折ってやる。そう思わずにはいられない。
「はっ、その役目、謹んでお受けいたします!」
この無謀な戦いを、僕は受けて立つことにした。
「あの~、エーベルハルト様」
その後、エリザベスと合流し、街を巡る。戦艦ロートリンゲンは小惑星を削って作られた戦艦であり、その中心部分に高さ百五十メートル、縦横四百メートルの空間が作られている。
その中には五階建ての建物が四層に分かれて縦に積まれている。一番下の階層のみ、車道が存在しており、第二から第四階層までは歩道のみが碁盤目状に敷かれている。
どのビルにも一階部分は商業施設が入っており、飲食店や雑貨、書店、その他さまざまな店が軒を並べる。
雨など降らない上に、天井から照らされる太陽灯の光で常に昼間なこの街を、僕は浮かない顔で歩いていた。それを見て、エリザベスが心配そうに声をかけてきた、というわけだ。
「そのお顔、よほどその大将様から、無茶な事を要求されたのでございますね」
「……まあ、そういうことだ。さて、どうやって事に当たろうか」
「ところでエーベルハルト様、良い知らせもあるんですよ」
と、そこで唐突にエリザベスが嬉々として話し出す。
「なんだ、良いこととは」
「はい、私の魔導、この宇宙でも使えることが分かったんです」
ああ、そういえば僕が司令部に行っている間、エリザベスはこの街の隣に併設される射撃訓練場で、自らの魔導が使えるかどうかの実験を行うと言っていたな。その結果を、わざわざ僕に知らせてくれたというわけだ。
「よかったじゃないか」
「よかった、なんてものじゃありません! とんでもないことになってたんですよ!」
「は? とんでもないこと?」
「はい」
性格的に、エリザベスは大げさだ。だから、彼女の「とんでもない」という言葉にはそれほどたいした意味はないだろうと、僕はそう思っていた。
が、実際それは、とんでもないことだった。エリザベスが続ける。
「それがですね、私の魔導は射撃訓練場を遥かに越えて、さらにこの大きな船の外郭すらも超え、五万キロという途方もない彼方まで届いたというのですよ」
途方もない数値を、僕に告げるエリザベスの言葉を聞いて、僕は思わず興奮する。
「な、なんだって!? それは本当か」
「ええ、本当です。技術士官さんが、驚愕しながら私にそう説明なさってましたわ」
まさに勝ち誇った顔で僕にそう告げるエリザベスだが、僕はそれを聞いて閃いたことがあった。
「エリザベスよ」
「はい」
「ぼくの作戦に、付き合ってくれないか?」
「はい、すでにお付き合いしているでは……えっ、作戦ですか!?」
妙案が浮かんだ。エリザベスの持つその途方もない魔導を使えば、あの赤い突撃竜とやらに一矢報いることは可能だ。
「そ、それは構いませんけど、その代わり、まずは私に付き合ってください」
「付き合うって、どこへ行きたいんだ?」
「決まってます。服ですよ。私、いつまでもこんな古臭いドレスは嫌ですわ」
いつもの赤いドレスが、どうやらエリザベス的には気に入らないらしい。
「分かった分かった、しかし衣服の店ならいくらでもあるじゃないか」
「うーん、私の見える範囲には、これといって気になる店が見当たりませんね。別のところへ参りましょう」
そういって、僕の左腕に抱き着くと、ぐいぐいとその腕を引っ張りながら進む。
「あのあたりに、良い店がありそうですわ」
「始めてくる街だというのに、どうしてわかる?」
「私の勘ですよ」
相変わらず、勘頼みだな。しかし意外とエリザベスの勘というやつは馬鹿にできない。今のところ、よく当てている。
が、実際に気に入った店が見つかった。しかしそこは、どちらかというとカジュアルな服というより、エリザベスの着ているドレスによく似たデザインの服を売る店だった。
「今着ている服と、あまり変わらないものしか……」
「そんなことはありませんよ! ほら、あの赤い服なんていいじゃないですか!」
いや、いくら見ても今のドレスとあまり大差ないように見える。もっとも、生地は段違いだ。今着ている王都の王族御用達の仕立て屋が作ったという服に比べれば、伸縮自在なドレスだ。
「どうですか、エーベルハルト様」
「あ、ああ、いいんじゃないか」
「感動が薄いですね。もうちょっと喜んでもいいのですよ。ほら、ご自身の手でこの服を脱がせるところを想像すれば……」
この娘は時々、とんでもないことを口走る。そばにいた女性店員が、顔を真っ赤にしてるぞ。
「わ、分かった! よく似合ってるよ!」
「そうですか? ふふん、さすがは私が選んだ服だけのことはありますね」
何を自慢げにしているのやら。で、その他に三着ほど購入して、その店を後にした。
「さーて、次は……」
「おい、まだどこかに行くのか?」
「決まってるじゃないですか。もうお昼時ですよ」
いや、こう言っては何だが、今が昼か夜かが分からない。それに、朝食を摂った覚えもない。どちらかといえば今は、朝じゃないのか?
と思ったら、時計を見ると王都時間では夜の八時だ。どちらかといえば、夕食ということになるな。いや、でもここに来る直前まで寝ていたから、夜という気もしない。妙な時差ボケが、僕を襲う。
しかし、そんな時差ボケに負けることのないこのお嬢様は、それから二、三軒の飲食店をハシゴした。特に甘味がたまらないらしく、宇宙港の街ではまだ手に入らない独特の食感を持つパンケーキタワーを美味そうに食べていた。にしても、よく食べるな、あんな量を。
ただこれはおそらく、魔導を使ったせいだろう。エリザベス曰く、魔導を使うとそれだけお腹が空くらしい。にしてもそんな状態で最初に衣料の店に行くとは、どういう神経をしているんだか。
まあ、そんなエリザベスに振り回されつつも、二人で戦艦内の街にあるホテルの一室に入る。ここで一晩を過ごし、翌日に出発だ。
「ところで、エーベルハルト様」
「なんだ」
「私の魔導を使うのはよろしいのですが、その赤い突撃竜をおびき出す方法はあるのですか?」
実はそれが難関だ。考えてもみれば、あれは弔い合戦として出てきた。つまり、普段は一万隻の敵の只中にいる。そこからたった五百隻だけをおびき出す。普通に考えれば、無理だ。
が、僕には策があった。正確には、僕の勘が正しければ、という前提にはなるのだが、上手く敵をおびき出せるかもしれない。
「簡単なことだ。『灰色の怪狼』が、『赤い突撃竜』をおびき出そうとしてる、という噂を流したんだ」
「はぁ。ですがそれは、この味方の艦隊の中だけですよね」
「そうだ。それでいい」
それを聞いて、不思議そうな顔をしているエリザベスだが、その先のことはあまり語れない。
というのも、おそらくだがこの艦隊内に、スパイがいる。
敵がまさに我が艦隊がワープポイントに到達するのに合わせるかのように艦隊を進めたのも、五百隻の戦隊がいとも簡単に我が艦隊の油断を突いて突撃したことも、全て我々の側の情報が筒抜けだったからではないか?
十中八九、間違いなくスパイがいる。そう考えた僕は、敢えてそのスパイの存在を利用することにした。
だからこそ、この餌に食いついてくるはずだ。
あちらにとっても我が戦隊は、滅ぼしたい相手だろうからな。
◇◇◇
「グスマン准将、情報が入りました」
俺の元に、通信参謀が報告するため指揮官室に現われる。
「なんだ、情報とは」
「例の連合の五百隻のことです。なんでもやつら、向こうで『灰色の怪狼』と呼ばれているそうです」
「ふん、巨大狼か。たいそうな名がついたものだな」
「ついでに、我が戦隊は『赤い突撃竜』と呼ばれているそうです」
「ほう、勇ましい名前だな。それは気に入った」
「敵にしてもそれほどの恐怖だった、ということなのでしょうね。にしても、不可解な情報が混じってまして」
「なんだ、その不可解な情報とは」
「なんでもその灰色の怪狼率いる戦隊長が一時、解任されたとのことです」
「はぁ!? おい、敵である俺がこういっちゃなんだけどよ、たった五百隻で二百隻も沈めた英雄なんだぞ。どうしてそれが、解任されるんだ?」
「独断専行が敵の総司令官の癇に障った、という話らしいですが、ただその解任も撤回され、再び戦隊長に戻ったそうです」
「そうか。まあ、普通に考えりゃ、当然だろう」
「いえ、我が戦隊、すなわち『赤い突撃竜』を撃て、という命令を受けたそうです。それでやつら、中性子星域に向かうとのことです」
「よくそれだけの情報が入ってきたものだな」
「それはそうでしょう。戦果を挙げながらも解任され、復帰したかと思えば無茶な命令を下された。噂にならない方がどうかしてます」
「やれやれ、その敵の大将はポンコツかよ……」
俺は腕を組み、その不運な戦隊長に同情する。が、考えてみればこれは、大いなるチャンスだ。
「つまり今、あの忌まわしい五百隻が中性子星域に出張ってきているということだな」
「そういうことになります」
「ならば、出撃命令をもらってくるぞ」
「まさか……我が戦隊だけで、あれと戦うので?」
「当たり前だ。こうなりゃ、正々堂々と勝負してやる」
俺は意気揚々にそう言ってのけ、司令長官室へと向かった。
味方としても、あの五百隻を葬り去りたい。あの戦術、巧みな艦隊運動。放っておけば、脅威になりかねない。
ならば、我が「槍」の餌食にしてやろうじゃないか。俺はそう考えた。
「よし、デ・レイバ大佐よ」
「はっ!」
「許可をもらってくる間に、我が戦隊に召集をかけろ。許可をもらい次第、すぐに出るぞ」
「了解であります」
で、俺が司令長官のメンドーサ大将に掛け合ったら、あっさりと承認された。先日の二の舞、いや、それ以上の戦果を期待しているとまで言われた。
こうなりゃ、徹底的にたたきのめしてやる。失われた二百隻分の、その倍の命を持って償ってもらう。
あちらも二百近い駆逐艦に、戦艦一隻をやられた。諜報員からの情報じゃ、二万七千人がその命を失った。だが、それだけじゃおさまらねえ。
せっかく我が艦隊が勝つ機会を、奪ったのだからな。殲滅してもまだ物足りないほどだ。
「よし、第七十七戦隊、いや『赤い突撃竜』隊、進発する!」
俺の乗り込んだ戦隊旗艦、駆逐艦七七〇一号艦が唸り音を上げた。
やがて、俺の戦隊はあの中性子星に到達する。星間物質を用いた電波吸収材を使った隠密行動で、やつらを待ちぶせることにした。




