#2 弔戦
俺の名は、ロドリゴ・デ・グスマン。地球五一九、遠征艦隊所属の第七十七戦隊の戦隊長をしている。階級は准将で、麾下の戦隊は全部で五百隻。
で、そんな俺は今、軍議とやらに参加している。メンドーサ大将閣下をはじめ、数十人の将官が雁首を並べて、先日、五百隻の敵から受けた奇襲攻撃に対する報復を検討しているところだ。
が、どいつもこいつももっともらしい意見を述べるものの、一向にその対抗策が決まらない。当たり前だ。敵が攻めてきたのならば手の打ちようはあるが、敵は地球一一一三という星系に居座り、こちら側に出てこようとはしない。守りに徹した敵を相手に弔い合戦を仕掛けようなどとしたところで、返り討ちに会うのが関の山だ。
が、参謀長を務めるファルネーゼ中将の放ったこの一言で、流れが変わる。
「地球一一一三星域に駐留する敵艦隊に、いち戦隊を忍び込ませ、奇襲攻撃をすることは可能ではないか?」
このひと言が議場に響くと、静寂がこの空間を支配する。その静寂を破ったのは、メンドーサ大将だ。
「可能だと思うが、どの戦隊がそれを実行するというのかね?」
このひと言に、将官らはざわめき始めた。そりゃそうだ、どう考えても敵艦隊一万隻が集結する、それも連合の支配圏の真っただ中に、五百隻もの艦隊で飛び込んで戦果を挙げる。帰還できる保証は、ない。そんな無謀な作戦をしたがるやつなど、誰もいないのは当然だ。
いや、それは違うな。ここに一人、いる。
「司令長官閣下、グスマン准将、意見具申!」
俺はその場で手を挙げ、メンドーサ大将に向かって叫ぶ。
「貴官は……」
「第七十七戦隊長、グスマン准将であります」
「うむ、意見具申、許可する」
「その任務、小官率いる第七十七戦隊、五百隻にやらせてはもらえないでしょうか?」
この俺の一言に、議場が再び静まり返る。メンドーサ大将が、俺のこの意見具申に対し質問を投げかける。
「一つ、尋ねたい。勝算はあるのか?」
「あるからこその、意見具申であります」
「では、聞かせてはもらえないか。その具体策とやらを」
「はっ!」
そこで俺は、以前から練り上げていた具体策を得々と語ってやった。無論、反対意見もあった。
「貴官の戦隊に所属する駆逐艦には、突撃任務ように特別に大型の冷却装置が取り付けられている。その分、長時間での高速度移動が可能ではある。が、いくら何でも敵の只中だぞ」
「では閣下、小官に変わって敵の拠点に飛び込みに行ってくれるのですか?」
「そ、それは……」
反論はするが、代案は出ない。典型的な老害だ。俺はずっと以前から、我が戦隊の駆逐艦に搭載されたあの大型冷却器を活かした作戦をしたいと考えていたんだ。少々の反論で、論破できる代物ではない。
「分かった。了承しよう。グスマン准将、貴官の第七十七戦隊をもって、敵艦隊への奇襲作戦を許可する」
「はっ!」
「直ちに出撃準備せよ。極秘に入手した航路データも、後ほど送る」
「了解であります。司令長官閣下」
こうして、尻込む将軍連中の前で、俺の作戦は正式に承認され、我が戦隊は活躍できる機会を得た。
◇◇◇
地球一一一三宙域外縁部には、一万隻の地球三三七遠征艦隊が集結している。
そこには今、この宇宙艦隊司令長官であるケッセルリンク大将が、座乗艦である戦艦ロートリンゲンの司令長官室で、つい三日前のことを思い出していた。
―――
「恐れながら、お尋ねいたします。なぜ敵艦隊の足止めをするための攻撃をしたことが、小官が戦隊長を解任される理由になるのですか!?」
ルネエーゼル港近くの軍司令部の司令長官室に呼び出された若き指揮官、ファルケンハイン准将はこの司令長官に向かって不服申し立てをした。
が、司令長官はただ一言、こう返す。
「誰が攻撃命令を出した?」
その問いかけに、ファルケンハイン准将は一瞬、目を逸らしつつも、その司令長官に向かいこう答えた。
「……いえ、攻撃命令は受けておりません。ですが、哨戒任務中であれば、場合によっては攻撃を許可されているはずでは?」
「それは敵の支配域で、自身の艦隊に危機が及んだ時の対処法だ。私が貴官の戦隊に与えたのは、あくまでも敵の動きをつぶさに報告する哨戒任務だ。敵を足止めせよとは、一言も命じていない」
「ですが、あのままではあと三時間でワームホール帯に達し、我が艦隊主力がワープアウトしたところを各個撃破される危険が……」
「可能性などどうでもいい! それならばなおのこと、判断を仰ぐべきではなかったのか!?」
―――
戦闘経験も少ない若造が、一回の勝利にうぬぼれて、その後、猪突し命を落とすことはままあることだ。目をかけていた指揮官の何人かが、自らの過信に溺れ命を落としていったのを、この老獪な司令長官は知っている。
それ以上にこの司令長官にとって許しがたかったことは、なぜ攻撃命令を具申しなかったのか、ということだ。ひと言、味方艦隊の危機を知らせてくれれば、場合によっては作戦許可を出したかもしれない。
軍隊とは規律が第一、独断専行などもってのほかだ。そう考える司令長官にとって、彼の挙げた戦果は許しがたい暴挙にしか映らなかった。
無論、司令部内にも防衛艦隊への転籍はやり過ぎだという意見は出た。が、その方があの若き准将が生存できる確率が跳ね上がる。そう考えた末の、決定だった。
少なくとも、ケッセルリンク大将はそう周りを説得した。
「まったく、たかが五百隻で一個艦隊に挑むなど、無謀極まりない」
思わず、声にしてしまった司令長官のこのひと言に、傍にいた秘書官が問いかける。
「どうなさいましたか、大将閣下?」
「あ、いや、先日のあの無謀な戦隊長のことを思い出してな。つい、口に出してしまった」
「そういえば今日でしたね、ファルケンハイン准将がルネエーゼル港を出発するのは」
「そうだな。せいぜい本星に戻り、自らを見つめなおすことだな」
と、そう言いかけたケッセルリンク大将の元に、緊急通信が入る。
「ケッセルリンクだ。どうした?」
『大変です、司令長官閣下! 敵艦隊およそ五百隻が、我が艦隊主力に向かって突入を開始しました』
「なんだと!? 全艦に伝達、反撃用意だ!」
動揺する秘書官の前で、ケッセルリンク大将は軍帽を被り、艦橋内の戦闘指揮所へと向かう。
◇◇◇
「作戦通りだ、全艦、全速前進! 矢じり陣形のまま突入する!」
レーダーサイトには、びっしりと並ぶ駆逐艦が映っている。これが右から左まですべて敵だ。が、戦闘態勢ではないためか、バラバラに散らばっている。
「さて、敵のもっとも猛勢なる場所はいずこか?」
「はっ、我が艦の右十六度方向、およそ二千隻が集結している地点がもっとも高密度です」
「ならば進路を右十六度へ変更、速力そのまま、砲撃戦用意!」
「はっ! 右十六度へ進路修正、速度そのまま、砲撃戦用意とします!」
副官のデ・レイバ大佐が、俺の命令を五百隻に伝える。その五百隻はまるで鋭利な矢じりのような陣形で、まさにその敵が高密度に集結する地点へと突撃をしている。
「距離三十万キロ、射程内です!」
「砲撃開始だ! 狙いは各艦に任せる!」
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
赤褐色の艦艇から、一斉に青白いビーム光が発せられる。まだ戦闘準備など整えていない敵の艦隊が、この不意打ちに対処できず沈んでいく。大慌てで回頭し、こちらに狙いを定める艦艇もいるが、構わず我が戦隊は砲を放ち続ける。
「そろそろ撃ってくるぞ、おい副長、やや左へ進路転換」
「はっ! 左〇.三度へ進路変更、敵の攻撃をかわす!」
その直後、一斉に敵のビーム砲火が飛んできた。が、敵も混乱しているのが見える。そしてその先に俺は、とんでもない標的を見つけた。
戦艦だ。そう言えばここは敵の集結地点。補給艦である大型の戦艦が駆逐艦の艦列に紛れていてもおかしくはない。
「よし、あの戦艦を撃つぞ」
「はっ!? せ、戦艦でありますか」
「どうせなら、どでかい船に痛手を負わせた方が効果的だろう」
「はっ、全艦に伝達します。照準を、前方の戦艦へ集中せよ、と」
命令はあっという間に実行され、砲撃は戦艦へと向けられた。猛烈な爆発が起きる。が、撃沈にまでは至っていない。
さすがにシールドを張って防いだようだ。が、二、三発は当たったようで、光学観測によればかなりのダメージを受けたと見える。
そんな戦艦のいる密集地帯に、我が五百隻は飛び込む。
あっという間だ。光速の十パーセント近くまで加速した我が戦隊は、その敵の艦列のすぐ脇をあっという間に通り過ぎてやった。煙が上がり、混乱する敵の灰色の艦列を横目にして、我が艦は逃げに転ずる。
「さて、逃げるぞ。グズグズしていたら、こっちがやられちまう。おい、ベアトリーチェ、星間物質の放出開始だ」
「ちょっと戦隊長、戦闘時は名前ではなく、階級で呼んでください!」
「ああ、そうだったな。ベアトリーチェ・イザベラ・ゴンザーガ少尉、電波遮断用の星間物質を散布、敵の目をくらますぞ」
「了解、星間物質放出を開始します」
おっと、つい名前で呼んじまった。ベアトリーチェ・イザベラ・ゴンザーガ。階級は少尉で、彼女はこの戦隊の兵站担当であり、本作戦における逃亡用の電波妨害用物質の放出を担当している。
そして、俺の婚約者でもある。
「いやあ、華々しい婚前の余興になったなぁ、ベアトリーチェ」
「まだ作戦中でしょ! いや、作戦中です、閣下!」
こういう規律正しいところにこだわるのが、ベアトリーチェのいいところでもあるのだが、それを敢えて破り怒らせると、その顔も可愛いものだ。
「データリンク上、戦果はどうだ?」
「はっ、駆逐艦を百九十隻撃沈確実、および戦艦一隻を大破、以上です」
「先日の弔い合戦には、ちょうどいい戦果だったな。それじゃ、野郎ども、あとは全速でずらかるぞ!」
「ちょっと、ロドリゴ! 海賊じゃないんだから、そんな言い方しない!」
そう目くじらを立てるな、ベアトリーチェよ。あまり怒ると、そのきれいな顔にしわができるぞ。俺は笑みを浮かべながら、そのまま敵の艦隊駐留域を離脱した。




