#19 祝戦
「そういえば、来週の結婚式の式場には、連絡してあるだろうな?」
「ええ、大丈夫ですわ。何かあれば、お父様が対応してくださるとの話になっておりますので」
「そうか」
あの事件解決から、四か月後。新たな司令長官が迎え入れられ、しばらく平穏な日々が続いていたが、突然、連盟軍が進撃中との連絡を受けて、急遽、戦場へ向かうことになった。
やれやれ、ようやく来週、晴れて夫婦になることになったというのに、忙しいことだ。式前のドタバタに加えて、連盟艦隊との戦いに駆り出されるというくそ忙しい日々となってしまった。
「敵艦隊は、今、どのあたりだ?」
「中性子星域に入り、こちらの支配域に向けて進軍中です」
「司令部からの、予想会敵地点は?」
「中性子星基準座標、三三二、六八五、二十、とのこと」
「了解した」
ほぼ両者のど真ん中辺りで会敵か。つまり、今は情報漏洩は起きていないという証拠だ。もしも今もまだ司令長官がケッセルリンク大将だったなら、今度こそ各個撃破される憂き目に遭っていたかもしれない。
とはいえ、我が戦隊は通常の艦隊戦には参加しない。今までの実績を受けて、別動隊として敵艦隊側面より攻撃せよとの命令が、新司令長官より下された。
以前と比べて、格段に待遇が良くなった。何をやっても文句を言われていたあの時を思えば、今はまともな軍組織だ。挙げた戦果分だけ、評価につながる。
僕の身分はそのままだが、副官のハイネマン中佐は大佐に昇進した。今まで昇進させなかったのがおかしいくらいだ。それにあのレーダー士は、敵の電波吸収材をまとった艦艇を見つけ出したという貢献で、軍と王国から勲章を授与された。
そしてエリザベスも、勲章を受けた。王国からは、僕と同じ黄金勲章。そして二人そろって軍からは、栄誉勲章も授与された。
あの苦しい日々が、報われた気分だ。
……ではあるのだが、まだ戦いは終わっていない。今まさに敵軍とぶつかり合おうとしているところだ。
◇◇◇
「へぇ、結局その諜報員というのは、敵の司令長官だったわけ?」
「そうだ。すでに極刑にされたらしいが、こちらにもその情報があからさまに流されてきた」
「でもそれって、軍事機密じゃないの? どうしてそんな話が、敵から漏れてくるのよ。もう諜報員はいないんでしょう?」
「スパイ行為は別だ。むしろ下手に工作をすれば、こういう目に遭う。だから我々に近づくな、という警告にもなるからな。だから敢えて敵は、その情報をこちらにこれ見よがしに流してきた、というわけだ」
「もしかして、あの四か月前の作戦って、その司令長官が諜報員だってことを証明するために仕掛けた戦いじゃないの?」
「おそらくはそうだろうな。でなきゃ、やつらしくない。わざわざ敵の支配下まで入り込み、一撃を浴びせかけただけで撤退していった。俺たちがあの時、入手した情報通りに対処したから、それをわざわざ引き出すためにやってきたと、そういうことなのだろう」
「真面目ね、誰かさんと違って」
「だから俺は、クソ真面目なやつが嫌いなんだ」
「だけど、今度の戦いでも多分、出てくるわよ、そのクソ真面目な准将さんが」
「だろうな。だから俺の戦隊も、その構えとして別動隊として動くことになった。やつが現れたら現れたで戦うだけのこと。現れなければ、敵の艦隊側面から崩壊させてやる」
「ところでさ、先月の私の結婚式の写真もってきたのよ。どう、奇麗でしょ?」
「なんだお前、戦場にまで式の写真を持ってきたのか」
「なによ、いいじゃない。それに、これを持ってると死なずに済みそうな気がするのよ」
「なんだそりゃ? そんな迷信、聞いたことないぞ」
「私の勘よ」
また女の勘ってやつか。あてになるのかね。まあ、こいつは思ったより勘のいいやつだということは何となく分かってるから、放置しておこう。
『敵艦隊まで、あと三十三万キロ! 会敵まで三分!』
そうこうしているうちに、本体同士がまもなく戦闘開始だ。
「よし、それじゃ行くぞ。敵の艦隊主力に飛び込み、側面から荒らしてやろうじゃないか!」
俺がそう叫び、艦隊を前進させる。
『艦隊主力、砲撃戦を開始!』
横には無数の青白い光の筋が飛び交うのが見える。とうとう始まったな。
敵と味方が一個艦隊、およそ一万隻同士で戦いを始めた。きらめく光のいくつかで、誰かが亡くなっているんだろうな。そんなことを考えていると、我が艦のレーダーが何かを捉える。
「レーダーに感! 距離二十万キロ、急速接近中、高エネルギーを検出!」
「全艦、シールド衝角展開、攻撃に備え!」
やっぱりきやがったな。あの素早くまっすぐ、こちらに向かってくるその艦隊運動を見るに、あれの指揮官はやつしか考えられない。
真面目を寄せ集めて粘土細工みたいに固めて作り上げられた指揮官じゃないかと思うようなクソ真面目な人物、ファルケンハイン准将だ。
つまりあれは、「灰色の怪狼」だ。
「久々に、やつらがお出ましだ。やっちまうぞ!」
俺はその艦影に向けて突っ込んでいった。
◇◇◇
「やれやれ、あいかわらず、猪突猛進だな」
僕は向かってくる敵の艦隊を見て思う。
「でも、厄介に相手には違いありませんよ」
「その通りだ。エリザベス、頼む」
「はい、旦那様」
「いや、まだ旦那様じゃないぞ」
「なにをおっしゃいます。来週には式を挙げることになってるんですから、もう旦那様みたいなものですよ」
「分かった、分かったから、光魔導の用意だ」
「はい、旦那様。それじゃあ……」
そういって、銀色の髪を持つ彼女は手を合わせ、詠唱する。
「……光を支配する聖霊よ、その光脈を曲げ、偽りの姿を映したまえ……」
そう唱えた瞬間、おそらく敵には、違う位置に我々が「見えている」はずだ。実際、進路が曲がっていく。
「よし、そのまま突入したところを、敵後方に回り込み……」
などと考えていたが、敵は進路を変えてきた。
「あらら、ダメでしたね」
敵も散々幻影を見せられて、見た目やレーダーだけで我々を察知しないよう心掛けているようだ。おそらく、重力子探索をやったのだろう。
「まあ、そんな事だろうと思っていた。全艦、全速前進。敵の後背へ回り込む」
「戦隊長殿、一つ、気がかりなことがあるのですが」
そんなとき、副官のハイツマン大佐が僕に意見具申する。
「なんだ?」
「このままでは、また『千日手』に陥るだけではありませんか?」
「大丈夫だ。そこはちゃんと考えてある。エリザベスの光魔導が必要だが、千日手には陥らない。確実に、我々が敵の後ろを取る」
「そうなんですよ! そのために巨大パフェをですね……」
「いや、エリザベス、頼むから次の光魔導のため、体力を温存しておいてくれ」
「やれやれ、せっかちですねぇ、旦那様は」
僕が旦那様と呼ばれるたびに、くすくすと笑い声が漏れる。おい、戦闘中だぞ。笑ってる場合か。
「敵も、我が艦隊の後方を取り始めましたね」
「向こうはまったく、対策を考えていないのか? まあいい、ではエリザベス、行くぞ」
「はい、旦那様」
クスクスと笑い声の漏れる中、猛烈な機関音と共に、僕らは宿命のライバルとの戦いに臨む。さて、どちらが勝つのやら。
しかし、向こうは「赤い突撃竜」などと呼ばれているが、やってることはただの猪だな。猪突猛進、という言葉が似合う。
一方、我々も「灰色の怪狼」などと大そうな二つ名で呼ばれているが、やっていることは化かし合い。どちらかというと、灰色タヌキと呼んだ方が身の丈に合っているかもしれん。
この際、タヌキでも狼でもどっちでもいい、今は何が何でも生き残ろう。
来週の結婚式を、無事に挙げるために。
(完)




