#18 断罪
「現在、赤色矮星域に到達しました。これより、帰投します」
『了解した。貴官の無事を祈る』
僕は今、敵の艦隊を振り切って中性子星域を抜け、艦隊主力のいる地球一一一三の星系外縁部に向かっていた。すでにリヒトホーフェン中将らも動いているはずだろう。
そう、あのお方の「断罪」のための準備を、始めているはずだ。
「はぁ、いいお風呂でした」
エリザベスはそう言いながら、僕の部屋に入ってきた。今は赤いドレスではなく、ベージュ色の、胸元が広い寝巻姿。まさかその格好で、風呂場からここまで歩いてきたのか? すでに承知だと思うが、ここは男の方が多い場所なんだぞ。あまり刺激的な姿を見せびらかさないでほしいなぁ。
と思うが、彼女の星でこの程度の格好は、別になんということはないらしい。宇宙時代に入り、すでに一年以上が経過したものの、王都内の公衆浴場では未だに混浴が当たり前だという。
そんな文化圏と我々の常識とでは、まだまだ乖離がある。貴族は比較的、我々の常識に近いものを持っているようだが、それでもこれだけの隔たりがある。
「で、そろそろ到着なさるのですか?」
「ああ、明日、目覚める頃には戦艦ロートリンゲンに到着する」
ここでいつものエリザベスならば、街に行きたいだのパンケーキを食べようだのと、そういう話題に振ることが多い。が、今回ばかりは違う。
「いよいよ、始まるのですね。内部での戦いが」
そう、エリザベスも心得ている。決定的な証拠をつかんだ。すでに本星の軍総司令部から一人、派遣されていると聞く。今ごろは我が遠征艦隊司令部に到着している頃だろう。我々と同時に、あの十隻の拿捕した連盟艦艇を武装解除された上で、我が艦隊まで移送される。
スパイがいるとは感づいていた。だが、それがまさか大将閣下だとは知る由もなかった。やけに僕に対して、言いがかり的な物言いをする上官だということは承知していたが、その理由は単に僕が軍功を挙げたことへの妬みなどではなく、そもそも連盟とつながっていたからだと知れば合点がいく。
もっと早くに、気づくべきであったな。そうすれば失われた七十隻ほどの艦艇、七千名以上の命の大半が、失われずに済んだかもしれない。結果的に彼らは、敵というより味方から背後より撃たれたも同然だ。無理な作戦行動を繰り返し、その結果として多くの命が失われた。
なればこそ、容赦しない。
相手が連盟軍ならまだわかる。戦いあってる者同士だ、互いの命の奪い合いをするべき理由がある。だが、味方のふりをして敵である連盟側に情報を流した上、僕に無理な作戦を強いてきたことを考えれば、許しがたい裏切り行為だ。
彼らは、味方を「売った」やつのために死んでいったんだぞ? そんな愚行が許されてたまるか。
そんなことを考えていると、よほど今回の戦いで疲れたのか、エリザベスはすでにベッドの上でスースーと寝息を立てて寝ている。そんなエリザベスの横に寝ながら、僕も明日に備えて眠りに入った。
そして、翌日。
場所は、戦艦ロートリンゲン内の大きな議場で、将官と大佐以上の参謀らが集められた。そこにはまだ、司令長官としてのケッセルリンク大将が中央席に座っている。
が、そこに軍総司令部よりやってきたバイツゼッカー元帥閣下が現れる。皆、起立し、敬礼して迎え入れる。
そのまま元帥用に用意された席に座るかと思いきや、立ち上がったまま一枚の紙を開き、ケッセルリンク大将に向かってこう言い放つ。
「ケッセルリンク大将、貴官を遠征艦隊司令長官の地位から解任する」
いきなりの宣告だ。僕とリヒトホーフェン中将はケッセルリンク大将の罪状を知っているからまだいいが、他の将官や士官らは、大いなる衝撃を持ってその解任劇を見届ける。
「お言葉ながら、バイツゼッカー元帥閣下、小官に何か、重大な落ち度でもございましたか?」
それを聞いた元帥閣下はため息を吐く。そして、こう言ってのける。
「思い当たる節が、ないと申すか」
「はい、なにもございません。それどころか、小官はこの地球一一一三への敵の侵攻を退けてきました。それのどこに、解任される理由がございましょうか?」
するとバイツゼッカー元帥は、リヒトホーフェン中将を呼ぶ。
「リヒトホーフェン中将よ、こやつに自身の罪状を教えてやってくれ」
「はっ、十日ほど前に、哨戒任務より帰還中のファルケンハイン准将麾下の第三十五戦隊が連盟軍艦艇十隻を赤色矮星域にて拿捕。そこに、ケッセルリンク大将の名で連盟軍に対し、我が軍の作戦情報が送信されていたという事実が判明いたしました」
それを聞いたケッセルリンク大将は、当然、こう返答する。
「そんなバカな。それは私の名を語った不届き者の仕業。どうして艦隊司令長官自らが、敵に情報を渡すなどというスパイ行為を働く必要があるというのか?」
「はい、おっしゃる通りです。ケッセルリンク大将閣下を語る不届き者である可能性も、否定できないと。そこで、大将閣下が出された情報か否かを確認すべく、とある作戦行動を行いました」
「作戦行動、だと?」
「はい。今から一週間ほど前に、ファルケンハイン准将より作戦提案を受けたはずです」
その時点で、ケッセルリンク大将の顔から汗が流れ出るのがここからも見えた。よほど、図星だったのだろう。
「そ、それは確かに作戦許可を求められた。だが、それは単に連盟軍支配域に侵入し、敵の戦隊を叩くという、それだけの話だったはずだが」
「いえ、そこで閣下は作戦の概要、特に光魔導の具体的な使用法を話した上で、敵を殲滅するとファルケンハイン准将より聞いていたはずです。そして、その場には秘書官も参謀もいなかった。つまり、ケッセルリンク大将とファルケンハイン准将しか知り得なかった情報をお聞きになったはずです」
「ちょ、ちょっと待て、そんな情報があるはずが……」
そこで僕は挙手する。発言の許可を求めるためだ。それに、バイツゼッカー元帥が応える。
「ファルケンハイン准将、発言を許可する」
「はっ、小官はその場にて、光魔導を用いて味方の艦隊を倍に見せかけ、突撃する敵をやり過ごすという策を大将閣下にお話いたしました」
「ほう、光魔導とは?」
「簡単に言えば、この地球一一一三に存在する魔法の一種で、レンズのように見える位置を変えたり、艦隊を倍に見せかけたりできるというものです。地上ではそこまで広範囲に使えませんが、宇宙空間上ではおよそ五万キロ程度の範囲まで、その魔導の力が及ぶことが確認されております」
「報告で聞いている。貴官の麾下の戦隊五百隻の位置をずらしたり、あるいは二隊に見せかけたりしたそうじゃないか。それが、光魔導というものによるものだったのか」
「で、その時、大将閣下に提案した案は、『戦隊を左右両側、五百隻づついるように幻影を作り出す。しかし本体はその二隊の真ん中に潜み、敵の接近を待って総攻撃する』というものでした」
僕がそう答えると、リヒトホーフェン中将が続ける。
「その通信を、わずかその数時間後に、拿捕した連盟艦十隻が受信したのです。まさにファルケンハイン准将が申しあげたとおりの内容が、そこには書かれてました。ついでに、あまりに詳細な作戦内容を入手できた理由として、大将閣下と准将の会話を盗み聞いたと、そう書かれていました」
「な、ならばその通りではないか! 盗み聞いたものがおり、その者が私の名を語って発進したということであろう!」
「いえ、司令長官閣下の部屋は厳重で、音漏れなど起こしようがありません。記録にも、ファルケンハイン准将が司令長官室にいる間、扉が開いていたという記録はありません。つまりその内容は、司令長官閣下とファルケンハイン准将以外が知ることはできなかったのは間違いありません」
司令長官室の会話が簡単に外に漏れるはずがない。それだけ厳重な造りをしているから、その中にいる人物以外は知り得ようのない会話がなされる。当然、軍施設である以上、人の出入りもすべてチェックされている。僕が司令長官室へ訪れた時間、その間にはケッセルリンク大将以外の誰もいないことは証明済みだった。
加えて、僕は発言する。
「敵がその情報を受け取った、という証拠に、敵は現れた二つの五百隻に見向きもせず真正面に突っ込んでいきました。ということはつまり、小官が事前に話した情報がその拿捕した十隻を通じて連盟側にもたらされていた、ということの証左です。しかし実際には小官は真ん中にはおらず、左右二隊の内の一隊として姿を見せており、その間をすり抜けて言った敵艦を追いかけております。これらはすべて、戦闘記録を解析していただければ明らかなことです」
ここまで証拠がそろえば、そろそろ諦める頃だろうが、ケッセルリンク大将は諦めない。
「たった一度のやり取りだけで、全てを結論付けるなど飛躍も甚だしい! それが証拠だと言い切れるのか!?」
「ケッセルリンク大将、この拿捕した十隻からは、その前の作戦である、中性子近傍の哨戒任務に関する作戦の内容も得ております。解析が進めば、その他の作戦に関する情報、または軍の情報も出てくるものと思われます」
リヒトホーフェン中将が、証拠をもって反論する。そして続けてこう言ってのける。
「そもそも敵の五百隻がこの地球一一一三に現われ、多大な戦果を受けたということ自体がおかしなことなのですよ。どうして警戒の薄いタイミングを狙って、敵は攻撃することができたのか? この地球一一一三までの航路データがどうして漏れていたのか? など、不可解な点がいくつもあるのです。そのスパイ行為によって流された情報には、将官以上しか知り得ない作戦情報もあり、極めつけが最後の、ケッセルリンク大将とファルケンハイン准将のみが知り得た情報が含まれていることですよ」
「ならば、私だけではなくファルケンハイン准将も容疑者の一人として入るではないか! なぜ、司令長官である私だけが容疑を掛けられるのだ!」
あきれてものが言えないな。往生際が悪い。だから僕は一言、こう言ってのけた。
「最後の情報に関しては、確かにその作戦情報を利用しました。しかし、それ以外の戦いについては、作戦に参加し、自身の身を危うくするようなことをわざわざ小官がするわけがないじゃないですか」
そう、僕は現場に出向いている。情報が洩れていることも承知で戦いに臨んではいたが、無論、情報漏洩がない方がより有利な戦いを行うことができた。約七十隻の犠牲は、その結果である。
「すでに軍総司令部では、貴官のスパイ行為に関する証拠を分析し、それがすべて貴官につながっていることを証明しているのだよ。ついでにいうならば、秘書官と直属の士官といった、スパイ協力者もすでに監禁済みだ。司令長官の解任だけではない。軍総司令官の責任者として宣言する。ケッセルリンク大将、貴官をスパイ容疑で逮捕、監禁する!」
そして、バイツゼッカー元帥閣下からのとどめの一言で、ケッセルリンク大将の処遇は確定した。
なお、翌日には大将閣下の地位は除籍とされ、地球三三七の本星にその身柄は送り届けられた。
で、それから数日が立つ。
僕はエリザベスと共に、久しぶりに地上での穏やかな日々を過ごしていた。
無論、食欲は旺盛なままなのは言うまでもない。
「はぁ、もうちょっと食べたいところでしたねぇ」
この宇宙港の街にあるショッピングモール内にも、あの巨大パフェの店がやってきた。が、さすがに十杯分は用意できず、五杯で材料切れとなった。そりゃあ、そこまでの需要を想定できるわけがない。
「まったく、店員の呆れ顔が目に浮かぶぞ。このご令嬢、何杯食べたら止まるのかと顔が青ざめてたな」
「すぐに慣れますわ。皆、最初はそうでしたから」
あまり店員に、エリザベスの暴食ぶりを慣れてほしくはないのだがな。この男爵令嬢はそんなことはお構いなしだ。
「ところで、エーベルハルト様」
「なんだ?」
「あの戦いの結末は、結局、どうなったのでございましょう?」
「ああ、ケッセルリンク元大将のことか。あれは……」
その後の事情聴取や周辺の証拠の品々から、驚くべきことが分かってきた。
ケッセルリンク大将は元々、司令長官となる予定ではなかった。が、連盟側より接触があり、対抗馬であった大将閣下に毒を盛り、一命はとりとめたものの、そのお方の司令長官の道は閉ざされた。結果として、ケッセルリンク大将が司令長官の座を射止めた。
で、その見返りとして、情報提供を求められた。この地球一一一三の航路情報だけではない、艦隊の現況や連合に関する情報の漏洩を求め続けられた。もしも言う通りにしなければ、連盟の工作によって司令長官の座を得たことを密告する、という脅しも込みで。
そして、そんな矢先に僕が艦隊の足止めを行った。本来であれば味方の艦隊がワープアウトと同時に各個撃破される作戦だったのだが、それを我が戦隊によって足止めされて阻止されたため、今度は僕がターゲットにされたのだ、とのことだ。
当初は戦隊長を解任、という話だったが、それではいずれ復帰する可能性があるということで、むしろ戦線に復帰させて倒す方が有益だ、ということになり、急に解任を撤回されることになった。
そこでぶつけてきたのが、あのグスマン准将なのだろう。
が、結果的に僕だけでなく、リヒトホーフェン中将までもがスパイ行為を疑い始め、最後にケッセルリンク大将に行きついた。ケッセルリンク元大将だけではない、その秘書官、および側近もスパイ行為に加担していることが分かった。
「……ということで、近々、軍法会議にかけられることになった」
「あの、軍法会議にかけられると、どうなるんです?」
「よくても、極刑だろうな」
僕は、敢えて皮肉を込めて言った。当然だ、我が地球三三七だけではない、連合全体にかかわる背任行為だ。最高刑が適用されて当然だろう。
「にしても、エーベルハルト様が亡くならなくてよかったですわ」
「当然だ。そんなことで、死んでたまるか。まだこの世でやりたいことがあるんだ」
「そうですわね。来週できると噂の、大きなハンバーグを売る店を制覇したいですし」
いや、それはお前がやりたいことだろう。どうしてすぐに、食欲に走るかな。
ともかく、スパイ事件はその首謀者の極刑という形で、幕を下ろすことになった。




