#17 証明
中性子星域であの艦隊とやり合ったその帰り道に、赤色矮星域で敵の艦隊を発見した。
といっても、たった十隻の小規模な戦隊だ。打ち破るのは簡単だが、まずは降伏勧告をすることにした。
「敵艦隊に次の電文を打て。『直ちに停船し降伏せよ、発、地球三三七遠征艦隊、第三十五戦隊長、ファルケンハイン准将』と」
「はっ!」
小惑星帯の影に隠れていたその十隻の艦艇は、あっさりと降伏した。敢えて名前を出したのは正解だったな。僕が向こう側で、それなりに知られた存在であることを物語っている。
さて、お陰で今回の哨戒活動では思わぬ手土産ができたわけだが、想定外の事態が起きる。
それは、その降伏した十隻の内、一隻から重要なデータが発見されたことだ。
艦隊主力に合流後、僕は将官の集まるブリーフィングの場で報告を行う。が、その時はこの十隻の拿捕のことは伏せておいた。
その事実は、その後にホテルの一室で落ち合った、リヒトホーフェン中将にだけ打ち明ける。
「それは本当か!?」
「はい、そこにあったのは、まさにケッセルリンク大将と敵との通信記録でした。まさに今回の哨戒任務のことが、その艦の通信記録に残されておりました。我が戦隊が現れると知って、敵のあの赤い突撃竜が出てきたというわけです」
「スパイがいることは分かっていた。が、その通信手段が分からなかった。つまりは、赤色矮星域にてケッセルリンク大将からの情報をその十隻が受け取り、中継していたということか」
「そうですあの十隻はつまり、ケッセルリンク大将の情報を敵に送るための戦隊だった模様です」
これはすなわち、ケッセルリンク大将こそがスパイだという、重要な証拠だ。それゆえに、リヒトホーフェン中将にしか話せない事柄だった。
もしも拿捕した十隻をそのまま司令部に引き渡していたならば、大変なことになる。証拠隠滅工作は間違いなくされてしまうだろう。
「それほどの大物がスパイ行為に及んでいたと知られれば、軍総司令部では大事になるぞ。で、その拿捕した十隻は?」
「はい。我が戦隊五十隻を赤色矮星域に残し、そのまま待機させております」
「そうか。だが、やつらをすぐに本星の軍総司令部に引き渡し、ケッセルリンク大将を……」
「お待ちください、証拠としてはまだ不十分すぎます。この通信記録だけでは、ケッセルリンク大将でなければ知り得ない情報というわけでもないですし、誰かが大将閣下の名を語ったのだ、と言い逃れることができます」
「では聞くが、貴官は誰がスパイだと思っている?」
「一人ではないでしょう。おそらく、数名はいるかと思います。ですが、間違いなく首謀者はケッセルリンク大将です」
「なぜ、そう言い切れる?」
「今回の、あの不可解な哨戒任務命令こそが、僕にケッセルリンク大将への疑念を確信に変えました。元より我が戦隊を葬り去るための命令であったと、そう感じております」
「だろうな。あのまま戦闘が続いていれば中性子星の重力圏に捕まって、そのまま全滅ということもありえたわけだからな」
「しかも、目的のない哨戒活動でした。あんな場所を調べてどうしようというのか、まるで見当がつきませんでした。むしろそのような危険宙域だったから行かせた、と考えるのが妥当でしょう」
「それはその通りだが、問題はこれからどうする?」
「はい、小官がケッセルリンク大将にある作戦を提案いたします」
「随分と大胆だな。で、どんな作戦だ」
「今回、撃ち漏らした『赤い突撃竜』を中性子星域の連盟側支配域にて、迎え撃つというものです」
「まさかとは思うが、それを敵に?」
「そうです。今、拿捕しているあの十隻の艦艇を経由させて、敵に知らせるのです」
「危険すぎる作戦だな。あの危険な敵の戦隊とやりあうことになるのだぞ。しかも、それがケッセルリンク大将が発進したという証明になるのか? 別の者が大将閣下の名を用いたと、そう言われるだけではないのか」
「いえ、その際に、ケッセルリンク大将にだけ、あることを知らせます」
「あること?」
「作戦の、根幹に関わる事項です。もしも敵がそれに引っかかり、さらにその十隻の艦艇に僕の語ったその、ケッセルリンク大将しか知らない事項が通信されていたならば……」
「なるほど、言い逃れできなくなるな」
参謀長であるリヒトホーフェン中将はホテルの一室のソファーの上で腕を組み、考えていた。
「危険すぎるとは思うが、やるしかないな。私の責任において、同作戦立案を許可する」
「はっ、ご許可いただきありがとうございます」
「それから、拿捕した十隻の艦艇の見張りだが、我が配下の艦艇が引き継ごう。一隻でも多くの艦艇が、貴官の戦隊には必要であろうからな」
「承知いたしました。では、作戦準備に入ります。実行は四日後といたします」
「頼んだ」
いよいよ、この謎めいたスパイの正体を暴くことができた。が、今のままでは証拠としての決定打となり得ない。いくらでも言い逃れできてしまうし、何せ相手は司令長官だ。絶対に言い逃れできない証拠が、どうしても必要だ。
そして僕はそのまま、真上の艦橋に出向く。
ケッセルリンク大将に会うためだ。
秘書を通じて、どうにか会話する予定をねじ込んでもらう。通常なら呼び出しはするが、自らやってくることは初めてとなる相手に、大将閣下は不機嫌そうな態度を取る。
「なんだ、今は忙しいんだ。手短に頼む」
僕の方に目も合わせず、モニター画面を見ながらそう告げる。そんな相手に僕は敬礼し、こう切り出した。
「先日の哨戒活動で逃した敵のあの戦隊、『赤い突撃竜』の再度の攻撃許可をいただきたいのです」
それを聞いたケッセルリンク大将は、モニターから目を話すことなくこう答える。
「そんなこと、わざわざ私のところに来て言うまでもないだろう。元々、貴官とその戦隊には、赤い突撃竜に対する殲滅命令を出している。今さら、断りを入れる必要などない」
「いえ、今回の作戦は、敵の支配域にまで入ろうと考えております。それについて、ご許可をいただきたく」
「ほう、敵に支配域ねぇ……」
ようやくここで、モニターから目を話すケッセルリンク大将は、僕にこう尋ねた。
「つまり敵の真っただ中に飛び込むと。それは、自殺行為ではないのかね?」
「まさか、むしろ敵の支配域だからこそ、敵は油断します。それに、必勝の策を持っているので、今度こそ大将閣下の命令を完遂できる自信がございます」
「大言壮語だな。ならば言ってみよ、その策とやらを」
「はい、小官の婚約者に頼ることになりますが」
「ああ、エリザベス嬢か。彼女の光魔導に、何度も助けられていると聞くな。つまり、光魔導に頼ると?」
「その通りです、閣下」
「だが、それは今までも何度も使ってきた技だ。それで殲滅できたためしがないではないか」
「敵が最近、戦法を変えてきたのです。それに合わせて、小官も戦法を見直そうかと考えてます」
「ほう、それはどのように?」
「相手は、その名の通り突撃が強みです。ならば、光の魔導を使い……」
ここで僕は、作戦の詳細を話した。無論、その場には秘書どころか誰もいない。つまり、作戦の詳細はケッセルリンク大将しか聞いていない。
そして、四日後の出撃許可を、その場でいただくことができた。
「駆逐艦三五〇一号艦、発進する。繋留ロック解除!」
「繋留ロック解除、後退微速、戦艦ロートリンゲンを離れます」
ケッセルリンク大将との面会から四日後、予定通り、僕は中性子星域へ発信する。艦長の号令と航海長と復唱が続くと、艦はゆっくりと後退を始める。やがて戦艦ロートリンゲンを離れ、加速する。
僚艦が合流する。数は徐々に増加し、五百隻がそろった。
さて、今回は何隻、帰ってくることができるか……無論、今回の作戦は、敵撃滅にはない。だから、敢えて失敗する。
といっても、犠牲を極力出さずにさっさと逃げるつもりだ。無駄な戦いはしない。今回の作戦は、あくまでもある一つの証拠を得るためだ。
そう、ケッセルリンク大将こそが、スパイ活動を行っていた張本人である、という証拠を、だ。
「しかし、まだ前回の作戦行動以来、日も浅く、わざわざ敵の支配域に突入するような難解な作戦をする必要があったのでしょうか?」
副官であるハイツマン中佐が僕に、そう投げかけてきた。
「事情は、副官もすでに知っているだろう」
「はぁ、とても信じがたいことですが」
「それを確たる証拠に変えるための作戦でもある。あらかじめ言っておくが、今回は戦いを最小限にし、一刻も早く撤退する。そのことだけを肝に銘じておくよう」
「はっ。しかしそのことは……」
「もちろん、戦隊内で知っているのは僕と副官、そして……」
「私だけ、ですわね」
あの十隻がケッセルリンク大将の情報を横流しに使うための中継を担っていたことを知るのは、今のところこの三人と、戦隊内の一部の情報将校だけだ。彼らにはかん口令を敷いている。事が事だけに、そう易々と知らせていい情報ではない。この判断は、正しかった。
一方で、その中継を担う十隻の監視は、リヒトホーフェン中将麾下の直営戦隊五十隻にゆだねられた。無論、四日前の段階でケッセルリンク大将がその十隻に対し暗号電文を送信し、僕の話した作戦の詳細がすべて述べられているところまで確認が取れている。あとは戦闘に臨み、敵がその情報を正確につかんでいるかどうかを確認するまでだ。
たったそれだけのことに、我が戦隊の将兵を死なせるわけにはいかない。僕は、エリザベスにこう告げる。
「今度も頼んだぞ」
「はい、巨大パフェの店を一時的に閉店させるほど食べてきたので、それだけの仕事をさせてもらいますわ」
そうなんだよなぁ、あの巨大パフェの店を在庫切れさせるほど食べてきたんだよなぁ。店員もエリザベスの大食いに慣れてきたとはいえ、昨日のあれにはさすがの店員も驚愕のまなざしで並ぶパフェの空容器を眺めていた。僕も、思い出すだけで胸やけがする。
さて、我が艦隊は出発し、赤色矮星域を通過、途中、あの十隻の艦艇のそばを通り過ぎ、そのまま中性子星域へとワープアウトする。
目指すは、連盟側の支配域だ。そろそろあちらも出撃している頃だろう。
◇◇◇
「予定なら、そろそろ現れる頃だな」
俺はベッドの中で、横にいるベアトリーチェにそう呟く。
「いいの? 敵が迫ってるというのに、ベッドの中なんかにいても」
「いいんだよ。まだ灰色の怪狼を捉えたという知らせは来ていない。ここは、我々の支配域だ。その哨戒網に引っかかってから着替えても、十分に間に合う」
「まったく、自分の欲望にもまっすぐに突撃するんだから。そんな調子だから、他の将兵がやきもきしている頃よ」
「大丈夫だ、しかも今度の作戦は、その詳細まで送られてきた」
「詳細?」
「あの光の魔導とやらを巧みに使って、我々を殲滅するらしい。そこで、我々の突撃を鈍らせるための策に出るんだとさ。で、その策の具体的な内容までが送られてきた」
「珍しいわね、作戦の詳細なんて、今まで明かされなかったでしょう」
「そうだな。だが、今回は上手くファルケンハイン准将から作戦の概要を引き出せたようだ。なかなかやるじゃないか、その諜報員は」
「そうね。でも、ちょっと不気味な気がするわ」
ベアトリーチェにそう言われなくても、俺自身も違和感を感じていた。どこか、変だな。
光の魔導を使う、という情報はこれまでも入ってきた。が、それの具体的な策までは今までは入手できたことがない。
それがいきなりどうして、今回だけ入手できたというのだ?
電文上にはその理由として、作戦の詳細についての司令長官との密談を入手したとある。作戦許可をもらうために、ファルケンハイン准将が作戦概要を説明、それを聞き取ることができたからとされている。胡散臭いな、ならばどうして今まで、それが傍受できなかったのか。
まあいい、その策通りでくるならばそれでよし、そうでなければ力でねじ伏せる。それだけのことだ。
と、そんな中、ついに一報が入る。部屋の電話が鳴った。
『グスマン准将閣下、お楽しみ……お休みのところ、失礼します』
「なんだ、ついに哨戒網にかかったか?」
『はい、無人哨戒機が、灰色の怪狼と思しき五百隻の敵艦隊が支配域に侵入したところを察知しました。我が戦隊との距離、およそ三百万キロ。接触まであと五十分といったところです』
「了解した。すぐ行く」
俺は立ち上がり、着替えを済ませると軍帽を被る。
「ベッドの上では野獣のような男でも、こうしてみるとご立派な指揮官よねぇ」
ベッドのシーツの中から俺を茶化すベアトリーチェに言った。
「そんなへらず口を叩いている暇があったら、攻撃準備に入るぞ」
「はいはい、行きますわよ。にしても、さっきまでのんびりしてたくせに切り替えの早いこと」
ベアトリーチェに呆れられながらも、俺は艦橋へと向かう。
敵は前回、こちらの電波吸収の星間物質で覆った状態の我が戦隊を見抜いた。ということは、今回も多分、捉えてくる。
つまり、放っておいても敵から接近してくるわけだ。ならばこちらは準備を整えて、突撃のタイミングを測るだけだ。
◇◇◇
「敵の、赤い突撃竜と思しきノイズを確認」
エリザベスの光魔導にばかり賞賛が向くが、このベテランのレーダー士の目も、それに負けず劣らず賞賛すべき熟練度だ。敵がせっかく機関まで落とし、電波管制を敷いて隠れているというのに、そんな努力を無にするほど正確に、敵位置を把握する。
「光学観測、敵艦隊の一部を視認しました。艦色は赤褐色、ロング型の艦影。間違いなくその敵戦隊は、赤い突撃竜です」
さて、敵が現れた。当然、我々はその敵に最短で接近する。なにせやつらに突撃させることが、今回の最大の目的だからな。
「敵艦隊までの距離は?」
「三十二万キロ! あと二分で、射程内です!」
「よし、全艦、砲撃戦用意!」
「はっ、全艦、砲撃戦用意を伝達します!」
前回、僕は電波吸収材で隠れた敵の艦隊を喝破した。ということは、射程ギリギリで敵は攻勢に入る。
「さて、エリザベス、今回も頼む」
「作戦通りで、よろしいですね」
「ああ、そうだ」
今度の策は、実に単純だ。相手からは左右に分かれ、一千隻に見えるようにしてもらう。
これは以前もやった策ではあるが、前回とはかなり違う。まず敵は、この策を知っているという点だ。
その上で僕は、罠を仕掛けた。
さて、その罠にひっかかるかな、グスマン准将よ。
◇◇◇
「敵艦隊、三十万キロ地点に到達!」
「電波管制解除、星間物質を排出し、全速前進!」
「はっ、電波管制解除、全艦、全速前進を開始します!」
艦の周りを覆っていた、電波吸収材となる星間物質を艦の前進の勢いで振り払うと、レーダーを解放する。
すぐにレーダーが、敵の艦隊を捉える。
「レーダーに感! 敵艦隊、左右に五百隻づつ出現!」
現れたな。まさに光魔導を使った手で今回もやってきた。
だが、これはまさに事前情報通りだ。敵は二手に分かれているかのように現れる。
が、以前同じ手を使った時もそうだったが、この両方ともが偽物だ。
本物は、真っ暗闇の真正面にいる。
それが、諜報員が知らせてきた今回の作戦の詳細だ。
「目に見える艦隊には、一切目もくれるな! 敵は正面にある、あれはフェイクだ!」
俺は左右に見える五百隻の敵に構わず、突撃を続ける。
「進路そのまま、全速前進!」
徐々に距離が迫る敵艦隊は、砲撃を加えてきた、左右からビーム光が放たれる。
が、こちらはすでにシールド衝角を展開済みだ。当たったところで、もれなくはじき返す。ましてや、幻が放つ砲など……
いや、待て、何かおかしいぞ。俺はその砲撃をみて、異変に気付いた。
幻といえど、あれは本物と同じ像を映しているに過ぎない。つまりだ、事前情報通りならば、本物は正面にいるはずだ。にもかかわらず、ビーム光は左右の艦隊からしか発せられていない。
まさか……俺は重力子観測員に向かって叫ぶ。
「おい、正面に重力子反応はあるか!?」
「しばし、待機を!」
しばしといっても、ものの五秒ほどで観測員から返答があった。だがそれは、意外な回答だった。
「当艦隊から見て右側に、重力子多数!」
しまった。事前情報に乗せられて、レーダーが捉えた両方の艦隊がフェイクだと決めつけていた。
が、観測員からの情報では、つまり我が戦隊の右側にいる五百隻が「本物」ということになる。
してやられた。
「敵艦隊、一斉回頭! 我が艦隊側面から後方へ、砲撃を開始!」
「全艦、面舵一杯! 攻撃を回避しつつ、『本物』の候補に回り込むぞ!」
なんてことだ、諜報員からの情報が、初めて外れた。
いや、最初から違和感だらけだった。だいたい、光魔導を使った具体的な策など、いくら上官相手とはいえ簡単に漏らしたりするものだろうか。
もしかしてこれは、いや、確実にこれはファルケンハイン准将の策だ。
それにまんまと、引っかかってしまった。
◇◇◇
そう、僕は事前に、左右に幻影艦隊を出現させ、中央に本物を隠すという策をとると、ケッセルリンク大将に話した。
で、敵の今の行動は、明らかに真ん中にいるであろう「本物」に向かって突撃していった。
だが、最初からそこには何もいない。同じ手を二度使うなど、愚の骨頂だ。僕は最初から、敵から見て右側に本物の艦隊を配置していた。
だから、情報を信じ、全速で突入する敵の後方を取ることができた。
「エリザベス、光魔導を停止。もう必要ないだろう」
「はい、では、魔導を解きます」
空間上には、我々五百隻しか映っていないはずだ。しかも敵が回避運動をしたということは、こちらが本物だと気づいたということになる。
「敵艦隊後方を追う、全艦、全速前進し、敵の後背に取り付けと命じよ」
「はっ!」
副官のハイネマン中佐が、僕の命令を伝えている。
「エリザベス、もう一度だけ出番があるが、大丈夫か」
「はい、指揮官の婚約者として、まだまだ戦えますわ」
「そうか。だが先ほど、大量の魔力を使ってフラフラだろう。次の出番まで、指揮官席を使え」
「はい、では遠慮なく」
赤ドレスのご令嬢が、指揮官席に座る。すると僕は檄を飛ばす。
「敵艦隊後方を捉え次第、砲撃開始!」
◇◇◇
くそっ、いつもやつにはやられっぱなしだ。今回はまさか、諜報員まで利用してくるとは思わなかった。
いや、もしかすると今までも利用していたのかもしれん。ファルケンハイン准将が出るとなれば、俺が出てくることは分かってるからな。それを承知で諜報員が漏らしたであろう情報を利用し、俺の戦隊との戦いに臨めるよう仕掛けていた。
そういえば、赤色矮星の戦いなどは、諜報員からの情報で俺が誘い出されたようなものだからな。間違いなく以前から、諜報員の存在をやつは知っていた。
そして今回、それを最大限に利用したというわけか。
「後方を取られたら、取り返すまでのことだ! 全艦、迂回しつつ全速を維持!」
そういえば、いつぞやも似たような状況に陥ったな。互いの背後を、それぞれ追いかける。いわゆる「千日手」に陥るパターンだ。
だが、それ以外の選択肢がない。こちらも背後を取られるわけにはいかない。とにかく、敵の後方に回り込むことに専念しよう。
と思った、その矢先のことだった。
まったく想定外の事態が、発生する。
「て、敵艦隊、消滅!」
なんと、敵が消えたというのだ。
「なんだと!? そんなはずがあるか、くまなく探せ!」
「レーダーに感なし、完全に消えました」
そんなはずがない、ワープでもしたのか? いや、ここにはワームホール帯はない。
そこで俺はハッとした。そうだ、やつらは光の魔導というやつを使う。
「これってつまり、光の魔法ってやつで消えてみせたってことじゃないの?」
ベアトリーチェも同じことを考えたようだ。そこで俺は、再び重力子観測員に命じる。
「敵艦隊と思しき重力子を、捉えられるか!?」
「しばし待機を」
それから十秒ほどして、驚くべき報告が入る。
「敵艦隊の重力子、捉えました! 我が艦隊後方およそ四十万キロ、全速力で離脱中!」
「なんだと!?」
「レーダーに感、敵艦隊が出現、四十万キロ先を、全速力で我が支配域より離脱中!」
俺は、唖然とするしかなかった。敵はたった一撃を加えただけで、逃げ帰ってしまったというのだ。
「ちょっと待て、あれは確かに灰色の怪狼なんだよな!?」
「他に光魔導を使う敵艦隊などいませんから、間違いないでしょう」
「ではなぜ、たった一撃を加えただけで逃げに転じる!? 今までならもっと食らいついてきただろう!」
「小官に言われましても、さっぱり……」
前回に続いて、今回も一隻の被害もなく、戦いらしい戦いもすることなく終わった。
が、どうにも腑に落ちない。
ここは我ら、連盟側の支配域だぞ。そんなところまで攻め入ってきて、しかも諜報員に偽の情報を流した上に我々の後背を取り、一時的に有利な立場に立った。
そこまで苦労して、あっさりと逃げ出した。
何を考えているんだ、ファルケンハイン准将め。
今度ばかりは、やつの行動の意味が分からないままだった。




