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16/19

#16 高重力場

「出撃、でありますか?」

「そうだ」


 司令長官室に呼ばれた僕は、いきなり中性子星域へ出撃するよう命じられる。


「構いませんが、あの赤い突撃竜(ガーゴイル)が現れたという情報でも?」

「なんだ、哨戒任務くらいこなせないのか? 特定の敵艦隊ばかりと戦うのが、貴官の使命ではないだろう」


 確かに僕の戦隊に、赤い突撃竜(ガーゴイル)だけと戦えなどという、そんな使命はない。だが、それを命令している張本人がそれを言うのは、実におかしな話だ。


「分かりました、これより、中性子星域へ出発します」


 僕は敬礼し、司令長官室を出る。

 しかし、奇妙な命令だ。哨戒任務自体は、よくある。しかし、あの中性子星からわずか二億キロの距離、いわば大重力場の真っただ中での哨戒任務など、何の役に立つのだろうか?

 その距離ともなると、ワームホール帯も少なく、また民間船などでは中性子星の重力場は危険すぎるため、五億キロ以内には接近しないというのが一般的だ。

 そんな場所に、何かあるというのだろうか? 今一つ、腹落ちしないが、ともかく命令である以上、遂行せざるを得ない。


「抜錨、駆逐艦三五〇一号艦、発進!」


 我が第三十五戦隊の旗艦である三五〇一号艦が、戦艦ロートリンゲンを離れて発進する。防衛艦隊より四十隻補充されて、再び五百隻の体制となった我が戦隊はワームホール帯の直前で合流し、赤色矮星域に入る。

 前回、ここで戦闘したとは思えないほどの静けさだ。とはいえ、つい先日に戦闘があったばかりだから、敵の罠の存在を警戒して、小惑星帯(アステロイドベルト)を抜けるのに少し時間をかけた。おかげで中性子星域に入るのに、十時間かかった。

 面倒なことだ。そういう現場の苦労など、あの大将閣下は知ろうともしない。それでいて、無理難題ばかり押し付けてくる。非常に不愉快極まりない。

 おまけに今回は実に不可解な命令だ。一応、リヒトホーフェン中将にも確認してみたが、中性子星近くで何か軍事行動が行われているなどとは聞いたことがないと言っていた。が、中将はむしろその命令に従うべきと僕を諭す。それだけではない、多分、敵が出てくるとまで言い出した。

 確たる証拠もなしに、どうして敵が出てくるとまで予想できるのだろう。まあいい、確かに警戒すべきだろう。もしかすると、厄介な敵が待ち受けているのかもしれない。だから敢えて大将閣下は僕の戦隊を送り込んだ。そう考えるのが妥当だ。

 だったら、そう説明してくれればいいのに、何も告げられていない。何か、言えない理由でもあるんだろうか。


「まもなく、ワームホール帯に突入。超空間ドライブ作動準備」


 ともかく、我々はワームホール帯へと突入する。その先にあるのは、あの大質量を持ちながらも小さな天体である、中性子星の宙域だ。


◇◇◇


「グスマン准将閣下、本当に敵は、こんなところに来るのでしょうか?」


 副官のデ・レイバ大佐が心配そうな顔でこちらを見てくる。


「諜報員からの情報で、確実性が高いとのことだ」

「それですよ、その諜報員の情報とは、どこまで信用できるんですかね?」

「俺にも分からん。だが今のところ、確かに信ぴょう性は高いことは事実だ。信じるほかあるまい」

「ですが、こんな中性子星近くに哨戒活動なんて、何の目的があるんですかね。我々にはさっぱりわかりません」

「さあな、連合側の考えてることなど分からん。ともかくやつは、まもなくここに来る」


 余裕ぶって副官を説得したものの、俺自身もかなり疑心暗鬼になりかかっている。中性子星から、わずか二億キロ。こちらとしても、あれほどの重力源のそばでは、パッシブ探知の要である重力子センサーの感度が鈍る。

 まさかとは思うが、諜報員がいると感づかれて、わざとこんな戦場を選んだのではあるまいな? もしかしたら、罠にはめられたのかもしれん。警戒せねば。

 いや、警戒したところでどうにかなるものではないな。罠があればあったで、あの衝角(ラム)で粉砕してやればいいだけのこと。今度ばかりは、盾となるべき小惑星はない。まっさらとした、隠れ場のない戦場だ。

 そんなところでは、前回のような小細工は通用しない。突撃するには好都合……と言いたいところだが、残念ながらそういうわけでもない。

 巨大な重力源が近すぎる。まっすぐ進んだつもりでも、軌道が曲がる。軌道補正しながら突撃しなくてはいけない。こんな戦いにくい場所、他にあるか。

 だからこそ、疑心暗鬼になりつつある。本当に敵は、現れるのか?

 そう思っていた、矢先のことだ。


「重力子パッシブに感、敵艦隊らしき反応」


 観測員から、報告が入る。


「この重力源のそばだぞ、本当に艦隊なんだろうな。まさか、重力源の偏心から生じた重力場の歪みを感知したのではないか?」

「いえ、先ほどから観察しておりますが、一定の速力で移動中。その発生源から見て、五百隻ほどの戦隊であることも間違いありません」


 重力子センサー使いの中でも、ベテラン観測員からの報告だ。おそらくは、間違い無いだろう。本当に現れたな、諜報員からの報告に間違いはなかった。

 いや、もう少し決定的な証拠が欲しい。俺は光学観測員に命じる。


「光学観測、艦影を捉えられるか!?」

「やってみます。しばし待機を」


 重力子センサーの精度はそれほど正確では無い。光学観測で狙うにはやや誤差が大きすぎる。とはいえ、五百隻もいるんだ。そのうちの一隻だけでも捉えられれば、確信に変わる。

 しばらくすると、ようやく観測員からの報告が入る。


「艦影、捉えました! 艦色は明灰白色、連合艦艇です!」


 ついに決定的な証拠を捉えた。やはりあれは敵の艦隊だ。


「よし、敵の接近に合わせ、突撃準備だ」


 俺は攻撃準備を命じる。現れたのは、報告通り「灰色の怪狼(フェンリル)」なのだろう。

 さて、先日のお返しを、させてもらおうか。


◇◇◇


「そろそろ、哨戒宙域だな」


 僕が副官のハイツマン中佐に尋ねる。


「そうですね。そろそろです」

「レーダーに反応はないか?」

「重力場の影響で、ノイズがひどいですね。予想以上に索敵困難です」


 まったく、なんて戦いにくい場所なんだ。もしもここであの「赤い突撃竜(ガーゴイル)」が現れたら、それこそ厄介だぞ。

 避けようにも、中性子星の重力に引っ張られて思うように進めない。まるで急坂の上で睨み合う軍隊のようなものだ。敵に攻撃を仕掛けたくても、足場がおぼつかない。

 だが、嫌な知らせというのは続くものである。


「待ってください、何か不審なノイズがあります」


 レーダー士が、そう叫ぶ。僕はレーダーサイトを見る。


「……ノイズが多すぎて、よく分からんが」

「この辺りをご覧ください。点群が、こちらにゆっくりと接近しつつあります。距離、まもなく三十万キロ」


 そうレーダー士が指し示す先を、僕はじーっと睨んだ。うん、確かに揃った点群が、じわじわとこちらへ寄せてくるのが見える。

 間違い無いな、これは意図的にこちらに近づいているとしか思えない動きだ。しかしこのレーダー士は、こんなノイズだらけの中でよく規則的に動く点群を見つ出したものだ。しかもその規模から察するに、あの艦隊だろう。

 つまり、前回突撃を執拗に繰り返してきた、あの連中だ。

 僕は、エリザベスに告げる。


「念のためだ、光魔導で、五万キロ後方に幻影を作っておいてくれ」

「承知しましたわ」


 そうエリザベスは言うと、いつものように詠唱を唱え始めた。


「……光を支配する聖霊よ、その光脈を曲げ、偽りの姿を映したまえ……」


 我々には分からないが、今頃、敵からは五万キロ後方に我々が見えているはずだ。これほど何も無い空間、しかも敵にとってもまっすぐ突進するのが困難な高重力場の場所では、この最も基本的な光魔導で十分効果を発揮してくれるはずだ。

 が、エリザベスが不可解なことを言い出す。


「おかしいですわね」


 何がおかしいんだ? 確かに、いつもより近くにあの白く輝く中性子星が見えてはいるが、それ以外におかしな点は見当たらないのだが。


「どうした、何か、気掛かりなことでもあるのか?」

「はい、光魔導が、発動しません」


 その一言に、僕は凍りつく。


「なんだって、光魔導が発動しない?」

「そうなのです、幻影が出たならば、(わたくし)が感じ取れるはずなのです。が、それが現れた感触がまるで無いんです」

「まさか、魔力切れか?」

「そんなはずはありません! 今朝も、ピザを十枚も食べたのですよ!」


 いや、食欲自慢はどうでもいい。にしても、とんでもないことになった。あれが使えないとは想定外だ。

 と、そこでふと技術士官の言葉を思い出した。そういえば、空間の歪む場所では魔力制御が難しくなり、もしかしたら光魔導が使えなくなるかもしれないとの警告だった。

 将官たちを集めた場で、技術士官が地球(アース)一一一三での魔導に関する報告を行なっていた時のことだ。エリザベスの魔導が宇宙空間で拡大されたのは、地上とは異なりエーテルの流れを邪魔するものが少ないからだろうということだった。

 エーテル自体の存在は確認されていない。この世の力の伝場や物質の構成に関わるとされるエーテルの存在仮説により、そういうものがあるという前提で重力子エンジンや核融合炉の小型化が実現した。魔導も、エーテルを利用して発動されているのでは無いかとその技術士官は主張する。

 さらにその時、技術士官はこう付け加えた。


「ただし、このエーテルの流れが乱れていると考えられる場所があります。それは中性子星やブラックホール、大型天体の周辺です」

「なぜ、そう言い切れるのか?」


 とある将官が、その技術士官に尋ねる。


「巨大な重力場では、その周辺の空間が大きく歪ませられています。現に光はまっすぐ進むことができません。そのような場所では、エーテルも同様に曲げられている可能性があるのです」

「なるほど。で、そのエーテルの流れが乱れた場所では、魔導とやらは使えるのか?」


 そう質問したのは、ケッセルリンク大将だった。


「はい。魔導とはいえ、所詮は人の力です。さすがにエーテルが乱れた場所では、その魔力の制御は難しいかと。例えるならば、いくら凄腕の剣士であっても、泥に足を取られた状態で戦いを強いられれば、その実力を発揮できないのと同じことです」

「そうか、それは留意せねばならないな」


 その時は正直、あまり真面目に聞いていなかったのだが、エリザベスはまさに今、足元をすくわれた剣士と同じ状態に陥ってるんじゃ無いかと僕は考えた。

 それを思い出した僕は、レーダー士に命じる。


「点群までの距離は!?」

「はっ! 三十万キロを切りました!」

「全艦、砲撃準備。敵が現れる前に、この点群データ頼りに砲撃を開始する。先手を打つぞ」

「はっ、全艦、砲撃準備!」

「攻撃の目安として、レーダーサイト上に敵艦影と思われる点群に印をつけよ」

「はっ!」

「砲撃準備完了、いつでも撃てます」

「よし、全艦斉射! 撃てーっ!」


 まだ敵が電波吸収剤で隠密行動をしているうちから、僕は砲撃を命じた。運が良ければ当たるだろうし、砲撃をきっかけに敵が姿を現すかもしれない。いや、間違いなく出てくる。


◇◇◇


「敵艦隊、発砲! 明らかに、我が艦隊を捉えてます!」


 なんてことだ、やつめ、こちらが姿を現す前に撃ってきやがった。おい、こっちは星間物質を使って電波を吸収し姿をくらませてるんだぞ。

 いや、そういえばわずかな反射まで消せないから、極小の影がレーダーに映ると聞いたことがあるな。まさか、他のノイズの中からその極小の影を我が戦隊五百隻のものと見抜いて撃ってきたのではあるまいな。


「吸収材放出、機関始動、全速前進! 敵陣に突っ込むぞ!」

「了解です、全艦、吸収剤放出、機関全速、敵陣へ突入、開始!」


 副官により、全艦へ突撃が伝達される。敵までの距離は三十万キロ、すでに射程内だ。


「こちらも最初は砲で対抗する、全艦、砲撃開始!」

「はっ、全艦、砲撃開始!」

「砲撃開始、撃ち―かた始め!」


 副官のデ・レイバ大佐と艦長の号令が、ほぼ同時に発せられる。充填された高エネルギーのビーム砲は、直ちにそれを敵の艦隊にぶち込んだ。

 が、困った事態が起きる。


「び、ビームが、中性子星の重力に引っ張られて曲がります!」


 しまったな、ここは高重力圏だった。光速に近いとはいえ、質量を持つビーム粒子は中性子星の放つ重力により曲げられてしまう。

 そういえば、敵も同じようだ。狙いが全然定まっていない。あちらも同じ状況に苦しめられていると見た。


「重力分を補正し、再度放て!」

「やってますが、中性子星が放つジェット流が重力の揺らぎを作り出すため、補正係数が常に変化するのです」

「なんてやりにくい戦場だ……くそっ、もういい、突撃に切り替える! シールド衝角(ラム)を展開!」


 砲撃を止めて俺は、突撃に転じることにした。だが、問題は続く。


「艦が、まっすぐに進みません!」


 やれやれ、なんてやりにくい戦場だ。どうして俺はこんな場所で戦う羽目になったのか?


◇◇◇


「ビーム補正、だめです。中性子星からの重力変動が大きすぎて、まるで役に立ちません」


 砲撃が当たらない。もうこの瞬間に、ここでの戦いが続けられないことを暗に告げている。だが、目の前には敵がいる。


「敵艦隊、砲撃止め、全艦突撃態勢に移行した模様」

「くるか」


 ここでエリザベスの光魔導を駆使してどうにかかわしたいところだが、その勘人の光魔導が発動できない。

 なんてことだ、我が戦隊の持つ最大の強みが、封じられてしまった。そんな中、あの敵とこの障害物のない宙域で戦えというのか。

 敵の艦隊が、一斉に突っ込んでくる。距離が徐々に縮まる。とにかく、かわすしかない。


「敵までの距離が三千を切ったら、右三十度に転進、全速前進だ」

「はっ! 全艦に伝達します」


 ハイツマン中佐が僕の命令を全艦に伝達する。その後、エリザベスに告げる。


「残念だがエリザベス、お前の出番はなさそうだ。食堂にでも退避しておいてくれ」

「何をおっしゃいます、エーベルハルト様。戦いが続く限り、そして(わたくし)の魔力が残っている限り、お供いたします」

「そうか」


 ことここに至っては、食堂にいても艦橋にいても、あまり違いはない。一瞬で敵に砕かれるか、生き延びるかのどちらかだ。


「敵艦隊、距離三千!」

「全艦、右三十度、即時退避!」


 ここに至って僕も、自身の戦隊を動かす。猛烈な速力で、前進を始める。

 が、意外なことが起きる。

 正直、一、二隻はやられると覚悟していた。場合によっては前回同様、数十隻の損害もあり得た。

 が、敵は予想よりずれた位置を通り抜けていった。あれなら避けずとも、かわしきれたのではないか、と。

 あの敵の戦隊も、練度が落ちたものだな。そう思った僕は、自身の戦隊を全速前進させたことで、その理由を悟った。

 軌道が、曲がる。


「中性子星に引っ張られてますね。大いに軌道が曲げられています」


 なるほど、そういうことか。敵の戦隊が狙いを外したのも、これが原因か。

 敵の強みである猪突猛進すらも、ここでは通用しない。しかし一方で、こちらの強みも歯が立たない。

 と、いうことはだ、このまま戦い続けていても、決着がつかないどころか、お互いが危ない。

 このまま全速運転を続ければ、やがて燃料を消費する。すると、中性子星の重力場から脱出できなくなってしまうぞ。

 つまりは、この戦いの行き着く先は、共倒れだ。

 どうする、このまま前回のような追いかけっこを続けると、命取りになる。

 が、そんな時もエリザベスはといえば、能天気にこんなことを言っている。


「あれれ、不思議ですねぇ。あの白い星のすぐそばで光っている星が、なんだかぐにゃっと曲げられてますわ」


 エリザベスはそう呟く。それはつまり、重力レンズの効果だ。中性子星の持つ巨大重力が、その表面近くに光る星の光を、まるで歪んだレンズのように曲げている。

 ましてやこの中性子星は重力場の変化が比較的大きい。それゆえに、歪みが大きくまるで星がガラス細工のように引き伸ばされているように見えてしまう。

 が、その直後にエリザベスが放った一言が、僕の頭の中に閃きを生む。


「まるで、光魔導のようですわね」


 光魔導、いわれてみれば、重力レンズの効果も光魔導のようなものだ。エリザベスの光魔導は使えないが、中性子星の重力そのものを使えば……


「ハイツマン中佐!」

「はっ!」

「この中性子星の銀河公転方向はどちらか?」

「ええと……しばし待機を」


 中性子星は一見すると、そこに静止しているように見える。だが、実はこの銀河系をかなり高速に移動し続けており、この巨大な天の川銀河を何万年もかけて回っている。

 その公転速力を利用して、加速する方法がある。スイングバイ、というやつだ。

 中性子星の近傍ギリギリを全速で突入し、その中性子星の進行方向へ向かって飛ぶと、その星の移動速度分、加速度が得られる。我々が地球(アース)の重力圏を脱出する際にも使う航法であるし、昔の地球(アース)〇〇一でまだ化学式ロケットエンジンしかない頃は、速力を得るためにこのスイングバイを用いて惑星探査を行ったと聞く。

 それを、この中性子星相手にやろうというのだ。


「判明しました。中性子星進行方向は、ちょうど我が艦隊の後方に向かって進んでいます」

「よし、ならば中性子星を使い、スイングバイを行い加速、現宙域を脱出する」

「は? 敵の艦隊との戦いを、放棄するので?」

「放棄するも何も、戦いになってないじゃないか。このままではいずれ両者とも燃料を失い、中性子星に落下する」

「そうなる前に、脱出すると? ですが、敵も追いかけてきますよ」

「構わない。それが狙いだからだ」


 僕の言葉に、ハイツマン中佐は腹落ちしていなさそうだ。だが、いずれ分かる。

 このスイングバイには、二つの目的がある。一つは、あの敵艦隊を追随させて、同じくスイングバイ軌道に乗ってもらうこと。つまりは、あちらも救ってやろうというわけだ。

 そしてもう一つだが、このまま敵が同じ進路で追随されたなら、その先で戦いを続行することになる。だが、今回の任務には「敵艦隊の捕捉、撃滅」という命は受けていない。あくまでも「哨戒任務」だ。

 以前にも、哨戒任務中に敵艦隊へ攻撃を加えたことを口実に、ケッセルリンク大将から転属させられそうになったことがある。ということはだ、哨戒任務中に無闇に攻撃し、敵を沈めてはならないということでもある。

 となれば、逃げの一手しかない。

 その逃げるために、中性子星に「光魔導」を使ってもらおう。


◇◇◇


「なんだと、敵が中性子星に突入しただぁ!?」


 我々の目前の敵艦隊は、いきなり中性子星に向かって進路をとった。


「何を、企んでいやがるんだ」

「軌道計算によれば、おそらくはスイングバイによる中性子星重力圏からの脱出かと」


 なんだ、もう逃げるのか。ならば、徹底的に追いかけてやろうじゃないか。俺はそう考えた。


「よし、こちらもスイングバイ軌道に乗るぞ」

「よろしいのですか?」

「まだどちらも、一隻も沈めちゃいない。こんな状況で戦いを終えられるかよ。全速前進、敵艦隊の背後を追え」

「はっ!」


 まあいい、確かにこのままこの宙域で戦い続ければ、中性子星重力圏を脱出できるだけの燃料が足りなくなり、いずれ中性子星に吸い込まれる運命になるところだ。だから、戦場を変えようとやつは決めたわけだ。

 ならば、とことん付き合うのがライバルの役目、というわけだ。


「敵を逃すなよ。絶対についていく。安全圏内に達したら、再戦だ」


 俺はそう言いながら、中性子星の重力を使い加速を続ける敵の艦隊の後を追い続ける。が、徐々に引き離されていく。

 機関はどちらも全速力だが、向こうが中性子星に近い分、加速度的に速力を上げているだけだ。中性子星の脇をかすめ通る時、その速力は落ちる。そうなれば、敵に追いつくことができる。

 そう思いながら、敵味方五百隻づつの艦隊は、戦うことなく並んで中性子星の脇を通り抜けようとしていた。

 が、そこで異変が起きる。


「た、大変です、敵の艦隊が!」

「どうした? 何かトラブルでもあったか」

「トラブルなんてものじゃありません。引き伸ばされていきます」

「はぁ!? 引き伸ばされるだぁ?」


 何を言ってやがる。接近しすぎて、潮汐力で粉砕されたというのなら分かる。が、引き伸ばされるとはどういうことだ? そう思いながら、光学観測で捕らえた敵艦隊の姿を見て、俺は驚く。

 なんじゃこりゃあ。

 まるで飴細工の職人が飴を引き伸ばしているかのように、船体が引き伸ばされている。崩壊しているわけではない。まるで歪んだレンズで敵を見ているかのような、そんな感じだ。

 光の魔導を使ったのか? いや、違うな。俺は重大なことを思い出した。

 そうか、重力レンズの効果か。

 飴細工のように伸びるそれは、中性子星の重力が生み出した強い重力により、光が曲げられた結果だ。俺たちが見ているのは、いわば「天然の光魔導」によるものだ。


「て、敵艦隊を、見失いました」


 それが伸びきったところで、敵がフッと消えた。おそらくは、中性子星の向こう側に回り込んだのだろう。


「くそっ、逃してたまるか!」


 こちらも全速で追っかける。中性子星の白い表面が、窓のすぐ脇に見える。地球(アース)とは比べ物にならないほど巨大な天体、これでも星の残骸というのだから、とんでもない話だ。

 おっと、そんなことに心奪われている場合じゃない。さっさとこの星の重力圏から脱して、安全圏に出るぞ。

 が、それから二時間後のこと。


「敵の、あの『灰色の怪狼(フェンリル)』はすでに二千万キロ以上離れた地点におり、まもなくワームホール帯に到達し、ワープアウトする模様です」


 なんてことだ。敵を見失っていたことで、スイングバイの際の僅かな角度違いで、敵に大きく引き離されてしまった。

 今回は、戦いにならなかった。悔しいことだ。


「あら、何を悔やんでいるの?」


 そんな俺の顔を見て、嬉しそうに呟くのは、ベアトリーチェだ。


「当たり前だ。戦う間も無く、敵は逃げやがったんだ」

「だけど、あのまま戦いを続けていたら、燃料不足に陥って中性子星に真っ逆さまだったわよ。つまり敵が、あのファルケンハイン准将が我々の命を救ってくれたのかもしれないってことよ」

「それはそうかもしれないがな、だからといって逃げるとは……」

「無意味な戦いはしないってことでしょうね。だって、諜報員によればあの『灰色の怪狼(フェンリル)』の任務は、あくまでも哨戒任務だったんでしょう? それを果たせたのだから、任務を完了して帰還した、といったところよね」

「……まったく、これだからクソ真面目は嫌いなんだ」


 と言いつつも、俺自身、ベアトリーチェの言っていることは分かっているつもりだ。共倒れを防ぐべく、逃げに転じた。実に目的に忠実な男だ。


「この礼は、次の機会で果たさなきゃならんな。今度こそ半数以上を粉々にしてやる」

「あちらも同じこと考えてるでしょうね。今度出会ったら、半分は葬ってやると」

「おい、お前はどっちの味方なんだ?」

「こちらに決まってるでしょう。ただ、敵将の言葉を代弁しただけよ。それじゃ」


 そういいながら、ベアトリーチェは艦橋から去っていった。自身の任務をこなすためだ。

 それじゃ俺も、任務をこなすか。


「これより帰投する。進路変更、面舵二百七十度。現速力を維持したまま、当宙域を脱出する」


◇◇◇


「いいのですか?」


 いきなり、ハイツマン中佐が僕に問いかけてきた。


「何がだ」

「敵の艦隊を捕捉しておきながら、みすみす逃した、いや、逃げ出したことになりますよ。ケッセルリンク大将がなんというか」

「心配することはない。今回の任務は、あくまでも哨戒任務だ。以前、哨戒任務中に攻撃、敵艦隊を退却に追い込んだことを咎められただろう?」

「……そういえば、そうでしたね」

「哨戒活動中、敵の戦隊五百隻を発見。ただしその後、中性子星重力圏脱出時に見失った。そう報告するのが今回の任務としては正しい」

「いろいろ、言われそうですが」

「どうせ何したって、いろいろ言われるさ」


 僕はふと、指揮官席に目を移す。そこでは艦橋内で出番を待ち続け、疲れ果てて眠る婚約者の姿があった。

 赤いドレス姿のまま、肘掛けに両腕を置き、寝息を立てながら眠るエリザベスの姿を見て、僕は彼女の放ったあの一言に救われたことを思い出す。

 今回は魔導こそ使わなかったが、魔導師ゆえの観察眼が僕に閃きを与えてくれた。そのことには、感謝の言葉しかない。

 が、同時に僕は、あることを確信する。

 そう、我が軍の中に潜む影の存在が、はっきりと見えてきたのだ。

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