#15 発覚
「はぁ……」
ようやく、ブリーフィングが終わった。案の定、僕はまた嫌味を言われた。
今回失った味方艦艇は四十二隻。前回の倍の艦艇を失った。当然、その数におよそ百を掛けた数値分、すなわち約四千二百名の将兵も失ったことになる。
この宇宙に、さらなる「恨み」が上乗せされたことになるな。
それを言ったら僕も、赤い突撃竜の艦艇を五十隻ほど沈めている。それもまた、恨みの上澄み分だ。敵と味方で、また戦う理由が増えてしまった。
この連鎖は止まらない。いや、それも悩ましいことではあるのだが、その失った命に一言の労いの言葉も出ないあの大将閣下に僕は、嫌気がさしていた。
で、議場を出る途上、僕はポンと肩を叩かれる。振り向けば、そこにいたのはヴォルフラム・リヒトホーフェン中将。遠征艦隊付きの参謀長だ。
「ファルケンハイン准将、ちょっと貴官に話がある。ホテルの一室を取ってあるから、そこで少し、時間をもらえないか?」
参謀長自らが、僕を名指しで呼び止める。相手は中将閣下だ、当然、断れるはずもない。
しかし、なぜホテルの一室なのか? 街中のカフェなどではだめなのだろうか。
『えーっ、まだかかるのでございますか!?』
「一時間ほどだ、終わったらすぐに向かう。それじゃあ」
僕はエリザベスと合流する時間を遅らせる旨を連絡する。エリザベスはがっかりしたようで、当然、スマホ越しに文句を言ってきた。が、こればかりは仕方がない。
なにせ、参謀長である中将閣下直々の要請だからな。
で、とあるホテルの一室に入る。ごく普通の、二人部屋だ。その部屋の中ほどにあるソファー付きの机で、僕とリヒトホーフェン中将は向かい合う。
「准将、ここから先の話は他言無用に願いたい。貴官にしか、話せないことだからな」
突然、中将閣下からまず、口止めを要請される。やはり、その手の話なのかと、僕は改めて確信する。
ホテルの一室をわざわざ選んだのは、他人に聞かれないためだ。軍施設でもないこの場所には、会話を記録するマイクやカメラは存在しない。ホテルというところはプライバシー重視だから、当たり前だがそんなものがあろうはずもない。
だからこそ、軍内部の機密に関する会話をするときは、ホテルの一室を使うことがある。記録されることを恐れて、会議室すらも避ける。
しかしだ、その組み合わせがどうして参謀長と、いち戦隊長なのだ?
僕が疑問を抱く中、中将閣下は続ける。
「さて、私の見立てでは、おそらく貴官も気づいているのではあるまいか?」
突然、妙なことを言い出してきた。何のことか分からない。僕はこう返答する。
「あの、何のことでしょうか?」
「貴官ならば、分かっているはずだ。この艦隊内に、スパイがいるであろうことを」
衝撃的だった。僕自身が抱いていたスパイの存在を、他にも感づいている将官がいることに、驚きを隠せない。
「あの、どうして中将閣下は、僕がスパイの存在に気付いている、と?」
「当たり前だ。捕虜交換の際に敵将と会った時の、あの敵の振る舞いと言動を、私も記録映像で確認した。あれは明らかに、事前に貴官の名を知っている風の振る舞いだった。ということは、我が軍内部、それもかなり中枢に近いところにスパイがいる、ということに他ならない。それに気づかない貴官ではないだろう」
リヒトホーフェン中将のおっしゃることはごもっともだ。さすがは、参謀長を務めるだけの人物だな。考えてみれば、「ファルケンハイン准将」という戦隊長の名前を知っている者は、自身の戦隊以外ではかなり稀だ。せいぜい「第三十五戦隊長」程度しか知らない。軍内部と言えども、数十人いる戦隊の長の名前を知る者はよほどの上層部か、軍司令部の中枢の人物だけだ。
戦隊の規模は、十隻から五百隻まで様々であるが、五百隻という最大級の戦隊長の名前ですらも知らない者が多い。軍もいちいち公開していないからだ。
確かに僕の名前を、グスマン准将はおそらく事前に知っていた。ということは、軍中枢部にスパイがいる可能性が高いのは中将閣下の言われる通りだろう。
「……小官がスパイの存在を確信したのは、それ以前に行われた中性子星域での戦いの際です」
「ほう、意外と前から察知していたんだな」
「こちらが敵の『赤い突撃竜』殲滅の命令を受けた直後に、まさにその戦隊が出現しました。どう考えても、我が戦隊の出陣が漏れていたとしか考えられません」
「それで貴官は敵の存在に気づき、それを撃退したというわけか。やはり、並みの戦隊長ではないな。今、確信した」
中将閣下からこのような評価を得るとは思わなかった。ともかく、僕は知る限りのスパイの存在について中将閣下に語った。
「……なるほど、こちらで呼称されている『灰色の怪狼』も『赤い突撃竜』も漏れているようだと、貴官は推察しているのだな」
「小官の名が知られているくらいです。それに、帰還した捕虜の中に、捕虜交換を担当したグスマン准将が実際に自らの戦隊を『赤い突撃竜』と名乗っていた、と証言する者が多数いました」
「それは知っている。そんな細かい情報まで洩れるとは、よほど大胆な手段で情報が流されているのだろう」
「おっしゃる通りです、閣下」
「だが、それが不思議なのだ」
「不思議、ですか?」
「そうだ。考えてもみろ、スパイはどうやって連盟側に情報を送っているんだ? 恒星間通信を用いれば、一発でバレる。一兵卒や士官レベルでは不可能だ。軍司令部内の、それもかなりの上層部でない限りは、通信はすべてチェックされる」
「確かに、その通りです」
「参謀長である私ですらも傍受できない手段を使うとは、よほど巧妙に通信しているのか、あるいは指揮官権限で参謀長を通さない通信に紛れ込ませているかのどちらかだ。私は、後者の確率が高いとみているのだが……今のところ、確たる証拠はない」
こりゃあ大変なことになってきた。僕はスパイの存在には気づいていたが、参謀長ですらも察知できないほど巧妙な手段でそれを行使できる技量、または身分の者だと断言された。事の重大さを、僕は改めて知らされる。
「ともかくだ、これまでもそうであったように、スパイの件は他言無用だ。何かあれば、すぐに私に報告するように」
「承知しました」
無論、このことは他の将官や士官にすら相談したことも、話したこともない。僕の中でとどめておいたことだ。だが、それを共有できる相手がようやく現れた。
が、この時点でも、それが誰であるかが分からないことには変わりない。場合によっては、中将以上の人物である可能性すら出てきた。となれば、それに該当する人物はたったの一人しか……うん、ますます他言することはできないな。
ともかく、スパイの存在を気にしつつも、あの赤い突撃竜殲滅という大事に当たらなければならない。忙しいことだ。
「遅かったですよ、エーベルハルト様!」
予想以上に遅れてしまい、へそを曲げるエリザベスに僕は、こう告げた。
「やむを得まい、なにせ、エリザベスの活躍ぶりを詳細に報告せよとのことで、それで時間がかかってしまったからな」
「えっ、私の活躍を、将軍様方が知りたいと?」
「といっても、参謀長一人だけだがな。とはいえ、感心していた。さすがはアルビオン王国一の魔導師だと」
「いやですわ、王国一だなんて大げさな。でもまあ、その通りなんですけどね」
なんだ、王国一であることは認めるのか。いずれにせよ、エリザベスの機嫌を直すことができた上に、中将閣下との密談のことはどうにか誤魔化せた。
「で、今日はどこから行くんだ? いつものステーキ店か?」
「いえ、エーベルハルト様をお待ちしている間に、五、六枚ほど食してしまいました。ですから、別の店へ向かいますわ」
なんだと、僕がリヒトホーフェン中将と話をしている間に、ステーキを食ってたのか。なんてやつだ、つまり一時間ほどで、あの分厚いのを五、六枚ほどを平らげていたというわけか。
その後に向かったのは、見るだけで胃がむかむかするほどの巨大パフェの置かれた店。そこでビールジョッキほどのグラス容器に入った巨大パフェを注文する。
「あの、このパフェは並みの量ではございません。その大きさを店頭のサンプルでよくお確かめの上……」
「何をおっしゃいます。あのような小さな容器、私ならば三杯分はいけますわ」
「えっ?」
驚くのも無理はない。ここはエリザベスが初めて踏み込んだ店だからな。やむを得ないだろう。これがなじみの店であれば、最初から三杯分を作って出してくれるところだ。
「かような大きなパフェを出すという店があると、マンフリートが教えてくれたのです。それで私、エーベルハルト様と共に早速行ってみようと思い立ちまして」
「ああ、やっぱりあの主計科の少尉の入れ知恵か」
「どのようなものが出てくるのか、楽しみでございますわ」
先日はかなり無茶をさせたからな。なにせ、二百五十隻分の幻影を作り出して敵を欺いた。その分、魔力を消費した。その見返りが、あの見るだけで食欲が失せるほどのパフェというわけか。
実際に現れると、店頭のサンプル品以上の迫力がある。なんといっても、甘ったるいクリームの香りが濃厚過ぎる。それを見て目を輝かせるエリザベスが、猛烈な勢いでそれを食べ始める。
中間層にはカットされたイチゴが容器の外周に沿ってきれいに並べられていたが、それを大さじでひとすくいし、口の中に放り込むその姿に店員が驚愕していた。いや、店員よ、この程度で驚いていたら、このお嬢様の食欲の底の無さをさらなる絶望をもって見届けることになる。きっとここもなじみの店にされるから、早いこと慣れるんだ。
と、言うわけで、宣言通り三杯の巨大パフェを平らげた後、向かった先はいつものパンケーキの店。そこでは、すでに手慣れた店員が、さっさと四人前を差し出してくれた。
「うーん、いつ食べても美味しいですわね。やはり、口直しにはこれに限りますわ」
分厚いステーキ五、六枚と巨大パフェ三杯の口直しが、パンケーキタワー四つとは恐れ入る。その前で僕は、エスプレッソをちびちびと、すするように飲むのが精一杯だった。そのパンケーキの甘ったるい匂いだけで、エスプレッソ二、三杯はいける。
「はぁ、今日もたくさんいただきました。これでいつ、戦になっても大丈夫ですわ」
まあ、あの光魔導を考えると、この程度の食事で済んでいることに感謝すべきなのかもしれない。この婚約者の魔導とやらがなければ、今ごろ僕は、いや、我が戦隊のみならず艦隊主力の多数の艦艇は、あの五百隻の戦隊の餌食にされていたことだろう。
そう考えれば、この程度の食事でそれを防ぐ術を得られるだけましだと考えるべきだ。その分、食費は馬鹿にならないが。
「にしても、何やら難しい顔をされてますね、エーベルハルト様」
エリザベスがぼくに、そう尋ねる。
「そうか?」
「はい、この街に入った時から、どことなく険しい顔をされてましたよ。何か、あったのでございますか?」
やはりというか、勘が鋭いな。魔導師というやつは、勘が鋭くなるものなのか? そういう話は、王国魔導師団の団長からも聞いたことはないのだが。
「まあ、なんだ。厳しい戦いが待っていると、そう考えていたところだ」
「そんなこと、とっくに分かっていることではありませんか。何か別のところに、心が向いていらっしゃるように感じましたのですけど」
今日は一段と突っ込んでくるな。まさかスパイの話をするわけにはいかない。そこで僕は、こう返した。
「軍というところは、実に複雑なところだ。思うようにいかない連中もいる。そういうものに、悩まされているとでも言っておこうか」
「あの大将様だけでも大変だというのに、まだ不届きなお方がいらっしゃるというのですか!?」
「いや、エリザベスよ、そういうわけでは……」
「まったく、私とエーベルハルト様の活躍を見て妬んでいらっしゃるに違いありませんわ。そのような輩、すぐに見つけ出して成敗いたしましょう」
いや、同じ軍の中の者を成敗できるわけがないだろう。もっとも、スパイ活動をしてましたというのならば別だ。それは明確な軍規違反であり、極刑は免れない。それほどの重罪だ。
やれやれ、敵の五百隻の手練れの戦隊と戦うだけでも精一杯だというのに、さらにスパイの存在を暴こうと、リヒトホーフェン中将に協力を依頼された。
割に合わないな、責任と義務ばかりが増えて、おまけに犠牲も増えてきている。僕個人としては、艦隊の一員として艦列で戦うだけの方が望ましい。が、状勢がそれを許してくれない。
「ほら、難しい顔をしないで、口を開けてください」
「は? いや、僕は……」
「ほら、あーん」
そう言われて僕は、エリザベスから一枚のパンケーキを口の中に放り込まれた。メイプルシロップの甘味が沁みついたその分厚いパンケーキは、エスプレッソの苦みをあっという間に消し飛ばしてくれる。僕が口直しにもう一杯エスプレッソを頼んだのは、言うまでもない。




