#14 賭け
なんてことだ。一瞬にして、味方が多数、やられた。
それも艦砲ではなく、突撃などという野蛮極まりない手段で、だ。
「味方艦、三十二隻、消滅!」
あの一度の攻撃、それも突撃で、前回を上回る損害を出してしまった。
即時退避の命令を、そこにいたおよそ七十隻の味方艦艇は忠実に守った。だが、その宙域から離れるか、小惑星を盾に隠れるかで大きく明暗を分けた。
まさか、小惑星ごと艦を砕くなど、まったくの想定外だった。
槍陣形を保ったまま、敵の戦隊は再びこちらに向かって突撃する。砲撃を撃つも、分厚いシールドを前に歯が立たない。
唯一、敵の弱点は後方だ。さすがの分厚いシールドも、後方には展開されていない。
だが、我が艦隊のど真ん中を一撃も放たず、体当たりで攻めてくる敵に対し、我が艦隊の陣形は乱れるばかりだ。通りすがりで後ろを見せるも、その瞬間を狙う時は陣列がバラバラで砲火が集中しない。
小惑星帯こそが防壁となり、防御に有利だと過信した、僕自身の失態だ。
被害数はさらに増加する。すでに撃沈数は四十を超えた。このまま回避運動を続けるだけでは、被害は増すばかりだ。
そんな敵に奔走され続ける。
「どうだ、味方艦艇の様子は」
「かなり疲労がたまりつつあります。今はどうにか上手く避けていますが、集中力が切れた瞬間にあの突撃を受けたなら、とても避けられないでしょう」
副官が、残酷な現状を語ってくる。
どうする? どうやって、敵の足を止め、背後を取るか?
考えろ、やつらは小惑星すらも貫くやつらだ。そんな連中相手に、あの勢いを止める術なんてあるのか?
いや、待てよ? 先ほどは、小惑星の裏に隠れた艦を狙い撃ちしていたな。ということはだ、今まさにそれをやれば、やつらはその盾となる小惑星に突撃をかけてくるんじゃないか?
僕は、閃いた。全艦に命じる。
「全艦、小惑星帯を離れる。離脱後直ちに、機関停止!」
「えっ!? はっ、全艦に伝達します、小惑星帯離脱、しかる後に機関停止!」
「エリザベス、頼みがある」
「はい、光魔導を使うのですね」
「そうだ、その魔導を使って、やりたいことがある。つまりだな……」
エリザベスに負担をかけることになるが、それしか方法がない。実際、エリザベスも可能だと言った。それを聞いた僕は、まさに咄嗟に思い付いたその作戦を実行に移す。
◇◇◇
「戦隊長殿、敵艦隊、小惑星帯を離脱!」
「ほう、思い切った手段に出たな。ようやくあの岩の塊が、我が戦隊の前では役立たずだと気づいたか」
俺は灰色の怪狼が、小惑星帯からゆっくりと抜け出す姿を目撃する。が、やつらは予想外の行動を行う。
「て、敵艦隊、機関停止!」
「なんだと? 機関停止?」
「その後……姿を消しました。敵の戦隊を、見失いました」
なんてことだ。小惑星の森を、おろおろと出てきた狼どもが、いきなり姿を消したという。
「そんなはずはない、必ずどこかにいるはずだ、探せ!」
俺は観測員に檄を飛ばす。また、あの魔法を使って消えやがった。しかし、機関を停止してしまえば、そう高速には逃げられまい。
だが、接近戦に特化した戦法を取る我々にとって、敵の姿を捉えられないことは致命傷だ。だから絶対にどこかに潜んでいる。
そうだ、潜むとすれば、あそこしかない。
「今、敵艦隊が消えた場所付近の小惑星をくまなく探せ! やつら、小惑星に隠れようとしているに違いない」
俺はそう考えた。やつらはこの小惑星の陰に隠れ、我が戦隊をやり過ごそうとしているはずだ。我々には砲撃も効かず、おまけに損害が増えるばかり。となれば、逃げの一手しかない。
しかし、小惑星をくまなく探すものの、なかなか姿を現さない。が、敵の艦隊が消えて八分ほど経過したとき、一人の観測員が叫ぶ。
「いました! 敵の艦艇が、小惑星の陰に入り込んでます!」
報告は続く。
「七八一四号艦からも、敵艦隊発見の報が届きました!」
「他の艦からも、敵艦隊が小惑星の陰に隠れるところを目撃との情報が入ってます」
「よし、データリンクで一元化しろ、敵の隠れている場所を特定する」
「はっ!」
次々に、レーダーサイト上に敵艦隊の隠れている小惑星に印がつけられていく。よほど慌てて逃げたのだろう、小惑星の集中した場所に少なくとも、五百隻の半数以上が潜り込んだことが分かった。
となれば、やることはたった一つだ。
「全艦、敵の集中する小惑星帯に突入する。敵を、完膚なきまでに倒す」
我々五百隻が突入すれば、今判明している半数の敵を殲滅することは造作もない。俺は大きく迂回しつつ、その小惑星帯目掛けて突進を命じる。
「行くぞ、今度こそやつらの息の根を止めてやる!」
残りの半数も、今回の突撃を受けてその多くが飛び出してくるだろう。自分も狙われてるかもしれないとの疑心暗鬼が生じ、その結果、たまらず動き出す。
怪狼などといわれているが、実態はネズミのようなやつらだな。味方の損害を減らし、巧みに逃げることを考えての行動だろうが、残念ながらそういう小手先の技は俺には通用しない。
「小惑星帯まで、あと七千!」
ついに敵の隠れる小惑星帯に迫る。が、その時急に、俺の心の中に違和感が生じる。
変だな、あのファルケンハイン准将にしては、いささか単純すぎる作戦ではないか?
だが、その間にも我が艦隊は小惑星帯へと迫っていた。そして、敵が隠れたとされるその小惑星を貫く。
やられた。
砕かれた岩の陰には、敵の艦影どころか、何もなかった。あるのは広がる小惑星群だけだ。
だまされたというわけか、つまり小惑星の隠れたのは、敵の魔法が生み出した幻影だったのだ。
ということは、もしかすると……
「レーダーに感! 敵艦隊、後方に出現! 距離三万キロ、三日月型陣形にて展開、高エネルギー反応を確認!」
後方にずらりと並ぶ、五百隻弱の灰色の艦艇。やつらはなんと、我々の背後にいた。
いや、正確には、我々が追い越していた。小惑星の後ろに隠れたものと思い込んでいた我々は、まっすぐそこに向かって突き進んだ。
例の、光の魔導というやつを使いやがったか。
まさかそれを我が艦隊の背後を取るために使うとは、なんてやつだ。
◇◇◇
「全艦、砲撃開始!」
エリザベスによって隠されていた我が戦隊、四百六十隻から一斉砲撃が加えられる。敵は幸いにも、シールドの効かない背後をこちらにさらしている。
その敵に向けて、我々の放ったビーム光が到達する。
「初弾、命中! およそ三十!」
敵も我々を察知し、回避運動に入った。が、初弾斉射を受けて混乱し、陣形が乱れ始めていた。
ああなると敵も全速力を出せない。密集隊形を組んでの突撃が仇になり、回避運動によって互いがぶつかるのを避けるため、速度を落とす。
エリザベスの魔導を使い、敢えて小惑星の裏に隠れる味方艦を多数、出現させた。
エリザベスによれば、味方を消したまま、二百隻くらいの幻影を操ることは可能だと言っていた。実際、およそ半数の味方艦が、機関をアイドル状態のままゆっくりと隠れる姿をそれとなく演出できた。
幸いにも、グスマン准将はそれを素早く察知し、すぐに突撃行動に移してくれた。
もしも十分以上経っていたなら、危なかった。この特殊な光魔導は、せいぜい十分しか続けられないとエリザベスは言っていた。
まさに、ギリギリのタイミングで敵が動いてくれたというわけだ。大きな「賭け」だった。
一度、速度を落とした敵に対し、さらなる砲撃が加えられる。しかし、敵もその場で回頭し、あの分厚いシールドを向けて防御態勢に入る。
だが今回、やつらは砲撃ではなく、突撃に特化した装備のようだ。それゆえに、前進しなくては我々へ攻撃することができない。だが、陣形の再編が進まない限り、敵は再度、全速を出すことができない。乱れっぱなしの陣形をどうにか立て直そうとしているが、それを間断なき砲撃で邪魔をする。その間にも、さらに二十隻ほどを撃沈する。
やはり、練度の低い艦艇が混じっているようだ。前回沈めた百二十隻ほどの艦艇が別の戦隊か防衛艦隊から補充されたため、当然だが今までのグスマン准将の鍛え上げてきた艦艇よりも動きが鈍い。その鈍い艦艇に対し、集中的に砲撃を加え続ける。
僕は、正々堂々と戦うことはしない。敵が弱みを見せれば、そこを徹底的に突く。
「撃って撃って、撃ちまくれ! 敵に態勢を立て直す余裕を与えるな!」
僕が興奮気味に檄を飛ばすのは珍しいことだ。が、この瞬間しか敵を叩くことができない。敵は動き出したら、大打撃を与える機会を失う。しかし、敵も徐々に陣形を再編し、再び全速突撃を開始しようとしていた。
そろそろ、限界か。そこで僕は、作戦の第二弾に入る。
「全艦、全速前進、制限解除!」
敵が全速に転じる前に、こちらが全速で敵の背後に回り込む。陣形を再編しつつ、三段の横陣形へ変えて敵艦隊へと突入を開始する。
無論、正面同士でぶつかり合えば、あのシールドの餌食になりこちらが負ける。だからこちらがやるべきことは、常に敵の背後に回り込み続けることだ。
そのために、通常の三倍もの推力を三十分だけ出せる全速運転に切り替えた。
敵もようやく陣形を整えて、全速でこちらに突っ込んできた。
「敵艦隊、接近、距離三千!」
「上方に転進、急げ!」
敵がまさに我々に突入しようとしたその目前を、我々は上方に逃げ込む。そこで大きく回り込み、敵の背後へと向かう。
無論、敵も背後を取られまいと迂回し始める。が、こちらは速度が速く、回転半径は大きいものの、敵の背後への回り込みを計算し軌道を修正する。
いつの間にか敵と我が戦隊は、大きな円を描いて飛び回る。
「なんだか、目が回りそうですわ」
「エリザベスよ、もう役目は済んだ。食堂にいていいぞ」
「はい、では先ほど使った魔力分を、ピザで補充してきますね」
そう言いながら、エリザベスは艦橋を出た。
しかし、なんとも無様な光景だ。互いが互いの背後を取ろうと、ぐるぐると同じ円の上を回り続けている。
しかし、そろそろ無限ループ、すなわち「千日手」に入ったことを、敵も痛感する頃だろう。
味方が四十やられ、敵が五十。できればもう少し、勝ちたかったものだ。とはいえ、やはり素早く動く相手を狙い撃つのは難しい。これでもまだ、頑張った方と言えるかな。
◇◇◇
「だめだ、もう打つ手がないな。このままではまるで壊れた洗濯機のように回り続けることになるぞ」
俺はベアトリーチェと副官のデ・レイバ大佐にそう告げた。二人とも、黙ってうなずく。
「また数の上では負けか。心惜しいが、仕方あるまい。デ・レイバ大佐、星間物質を放出せよ。このまま逃げるぞ」
「はっ!」
俺がそう命じると、電波吸収材がまき散らされた。敵も、こちらを見失った頃だろう。同時にこちらも、敵を捉えられなくなる。
「電波管制しつつ、同宙域を脱出する」
「はっ! 全艦に、レーザー通信で伝達します!」
頼りない赤い星が、遠くに見える。ここにはかつて巨星が存在したと言われているが、今では見る影もないほど弱い光しか出さない天体に置き換わった。
我々も、全速での突撃ができなくなれば、あれと同じだ。力を発揮できなくなった、星の残骸と同じようなものだ。
悔しいが、今回は逃げるとしよう。これ以上続けたところで無意味だ。
腹立たしいことだが、まあほぼ互角な戦いだった。あの狡猾な怪狼相手に、善戦したと言っても過言ではない。
悪いが、他の戦隊だったら今ごろ、全滅させられているところだろうな。
そう俺は自問自答しながら、この赤色矮星域を去った。




