#13 矮星
「ひと言で言えば、馬鹿正直でクソ真面目なやつだったな」
俺はベアトリーチェにそう告げた。
「あの敵将の、ファルケンハイン准将のこと?」
「そうだ。敵将を前にして、偽ることなく『正々堂々とは戦わない、権謀術策を駆使して戦いに臨む』と宣言しやがった。が、そのくせ条約違反は決してしないなどと言う。真面目の権化みたいなやつだったな」
「いいじゃない、それってつまり、本音を引き出せたってことでしょう?」
「その通りだ。実際、条約違反もせず堂々と帰っていきやがった。クソ真面目にもほどがあるな」
「それはあなたも、人のことは言えないでしょう」
ベアトリーチェに言われてしまったな。俺も自身で、馬鹿正直なやつだという自覚だけはある。そこだけは、あの灰色の怪狼率いるファルケンハイン准将と同じだな。
「で、ロドリゴ、いや、グスマン准将としてどう戦うのよ?」
「そうだな。たまにはこちらから、向こう側に出向いてやろうかと考えている」
「出向くって、まさか地球一一一三へ行くの?」
「いや、中性子星域と地球一一一三との間に、赤色矮星域があるだろう」
「ああ、あの小惑星だらけの星域ね。あんなところへ出向いて、どうするのよ」
「やつは小惑星を巧みに使い、こちらを虎視眈々と狙ってくる」
「猪突猛進が取り得のあなたにとっては、苦手な戦場ね」
「そうでもないさ。場合によっちゃあ、敵が油断しやすい、それゆえに隙ができる」
「その隙を作るために、敢えて不利な戦場を選ぶと?」
「そうだ。なあに、ただ飛び込むだけでは物足りないからな、それなりの仕掛けをそろえておく」
「ちょっと待って、まさかとは思うけど、あれを使う気?」
「もうそろそろ、使ってもいいだろう。我が連盟が開発し、未だ使われたことのない接近戦用の新兵器を、今こそ発揮してやろうじゃないか」
「危なっかしいことばかり考えるわね、あなたって人は……」
ベッドの上での会話にしちゃあ、随分と硬い話になっちまった。柔らかなベアトリーチェを抱きながら話すようなことじゃない。
が、ベアトリーチェが調達したその新兵器は、新たに補充された百二十隻も含め、全艦に取り付けられている。
こいつが威力を発揮できるのは、まさに接近戦のみだ。
それゆえに、敵が小惑星にこそこそと隠れるような策を講じるなら、むしろこちらの勝機が出てくるというものだ。
◇◇◇
「五百隻の艦艇が、こちらの宙域に向かいつつあるとの報告が入った」
僕はエリザベスにそう告げる。
「まあ、もしかして先日、顔を合わせた、あの敵将の方が攻めていらしたので?」
「長い艦影からして、間違いないだろう。グスマン准将率いる『赤い突撃竜』が攻めてきた、というわけだ」
「ということは、また艦隊に襲い掛かろうとしているのでしょうか?」
「分からん。が、今回はその手前、赤色矮星域で食い止める」
「食い止めるって、何か策があるのです?」
「ああ、あそこは小惑星がたくさんあるからな。それが使える」
今から出発したなら、あの戦隊と接触するのは赤色矮星域ということになる。そこを突破されたなら、やつらは再び我が艦隊を狙うかもしれない。
が、さすがに前回の反省もあって、もしも五百隻の艦隊が飛び込んできても、即座に迎撃できる態勢は整えられている。だから、あれを見逃したところで簡単にはやられないはずだ。
が、こちらとしては赤色矮星域に現れた敵を、あの星域で叩いてやりたい。
理由は、赤色矮星域には小惑星が多数分布しているからだ。その中に紛れている限りでは、レーダーでは捉えにくい上に、砲撃や突撃で撃ち破ろうにも、無数の小惑星が盾になってくれる。そんな場所だ。
権謀術策をめぐらせるには、うってつけの宙域だ。
とはいえ、相手は並みの五百隻ではない。
こちらの策を、力で撃ち破るとそう、僕に宣言した。
つまり奴らは何か、企んでいるはずだ。
「というわけで、直ちに出発するぞ。エリザベスよ、また光魔導を頼むことになると思う」
「ええ、構いませんわ。ちゃんとステーキ肉はたらふくといただきましたから」
まさにこの女魔導師は、戦艦ロートリンゲンの街にあるあのステーキ店で、一番分厚い肉をなんと五枚も平らげてきた。食欲がますます化け物じみてきていないか? 僕は時折、心配になる。
が、我が戦隊五百隻の場所を数万キロ彼方にいるように見せかけたり、あるいは二つに分かれているように見せかけたりなど、光魔導というやつは途方もない魔法だ。それを考えれば、たかがステーキ数枚でそんな芸当が実現できることの方が、本来どうかしている。そう考えれば、これでもエネルギー的には効率的な方なのかもしれない。
「ところで、小惑星って何ですか?」
と、そこで能天気にも、エリザベスがそう尋ねてきた。ああ、そうか。そういえばエリザベスは見たことがないのだな。
いや、正確には見ているんだが、それはすべて「加工済み」のものであるから、本物を知らないと言った方が正確だろうな。
そこで僕は、スマホを取り出す。
「ほら、この岩の塊が小惑星というやつだ」
「あら、宇宙に浮かぶ岩のことなんですね」
「だが、大きさはいろいろだ。小屋程度の大きさのものもあれば、王都を遥かに凌ぐ巨大なものまである」
「えっ、そんなにいろいろあるんですか?」
「その中でも、全長が五キロ程度のものを削って船体としたのが、戦艦ロートリンゲンだ」
「ああ、言われてみればあれも、ごつごつしてましたわね」
「そうだ。そして駆逐艦も砲身部分は小惑星を削り出したものを使用している。宇宙に大量に浮かんでいるから、材料そのものはただ同然だ。だから、宇宙船の船体材料としてよく用いられている」
「へぇ、それじゃ私がよく乗る三五〇一号艦っていう船も、小惑星からつくられてるんですか?」
「そうだ。砲身から艦橋の床部分、機関部、居住区部分までが小惑星を材料として作られているんだ」
まさかあれが岩の塊から作られていたとは思わなかったようだ。が、この宇宙ではごく当たり前のように使われている材料である。
「駆逐艦よりも大きな小惑星がたくさんある場所ならば、それ自体を盾として用いることができる。だから、赤色矮星域のように小惑星の多い場所では、守りに徹する方が戦いやすくなる」
「そうなのですね。でも、どうして敵方はそんな場所へやってくるんでしょう」
さすがは戦の経験豊富なエリザベスだ。僕と同じことを考えたようだ。
「赤い突撃竜というのは、突進による勢いこそが強みでしたわよね? なのに、岩だらけの場所ではその長所が活かせませんわ」
「そうだ。だからこそ、何か企んでいると僕は睨んでいる」
「でも、それを見越しての策がおありなのでしょう?」
「相手の出方が分からない以上、策の立てようがない」
「あらまぁ、それではやられっぱなしではありませんか?」
「そうならないように、光魔導を使う。今はそれくらいしか思いつかないな」
「分かりましたわ、エーベルハルト様。いつでも私にお任せあれ」
そしてステーキ店を後にし、すぐに駆逐艦三五〇一号艦へ飛び乗る。艦隊主力が集まるこの星域外縁部を出発すると、すぐに赤色矮星域へつながるワームホール帯へと向かった。
「超空間ドライブ、作動! ワープ開始!」
それからものの一時間ほどで、赤色矮星域へワープする。目前に、小さな赤い点が一つ、光って見える。これがこの星系の中心にある赤色矮星だ。
この星系の近くには元々、巨星が存在した。その星がはるか昔に超新星爆発を起こした。
で、その時放出された残骸の多くが集まってできたのが赤色矮星であり、残りの残骸はこの星系のあちこちに小さな天体として残された。これが、この星域に小惑星が多い理由だ。
一千万キロ以上の分厚い小惑星帯が存在する。まるでこの星の巨大なリングのように、ぐるりと一周、あの小さな矮星を囲んでいる。
これが、今回の我々の「武器」でもある。
ちょうどこの星系にある、地球一一一三へ続くワームホール帯が小惑星帯のすぐ内側にある。となれば、敵はこの小惑星帯を通らざるを得ない。
その敵を、虎視眈々と待ち受ける。
「そういえば、敵は前回、我々を待つ戦いを仕掛けたことがあったな」
「ええ、先日の戦いはそうでしたわね」
「さて、今回は我々が罠を仕掛ける側だ。しかも敵の機雷とは異なり、こちらは目に見える罠、それも見えすぎて、我々の存在を覆い隠す小惑星だ」
「岩に潜んで敵を奇襲するなど、密林に潜む蛮族のような戦いぶりですわね。ですがこの際は、それも致し方ないことでしょう」
蛮族、か。まあ、我々の戦い方はなりふり構わずだ。蛮族と言われても仕方がない。しかしだな、エリザベスよ。それを言ったらお前も「蛮族」の一員ということになるのだぞ?
「敵艦隊、ワープアウト! 距離、およそ一千二百三十万キロ! 接触まで三時間超!」
などと言っているうちに、敵がこの赤色矮星域に現れた。しかし敵はすぐに、その姿をくらます。例の、電波吸収材を使ったようだ。
この星系は、デブリが多い。ゆえにノイズも多く、敵を識別するのが困難だ。しかし逆に言えば、敵も我々を識別するのが困難になるだろう。
こちらは弓型の陣形を構え、出現し突入する敵をその左右から総攻撃を仕掛けるべく構えている。
さて、そんな布陣を敷き、しかもこの小惑星帯の中で展開する我々に、どう対応するつもりだ、グスマン准将よ。
◇◇◇
「予定通りだな」
俺はそう、つぶやいた。副官のデ・レイバ大佐が俺に次の指示を求める。
「予定通りならば、次に何をするか、ご命令を下さい」
「まあ焦るな。まずは標的を見定める。今度の戦いは、いつもとは違う」
「重力子観測を行ってますが、小惑星が多過ぎて、敵艦の特定が困難です」
「一部でもいい、敵の集約地点を特定できないか?」
「まあ、一部ならばどうにか」
「小惑星など、盾どころかケツを拭く紙にもなりゃしねえってことを、あのクソ真面目な准将に思い知らせてやるぜ」
「品がない言い方ね、ロドリゴのその物言いは」
俺と副官の会話に、ベアトリーチェが割り込んできた。
「なんだ、お前が調達してきた武器だぞ。その事実を、よく分かってるはずじゃねえか」
「盾にならないってところだけはね。その表現が、知性のかけらもないと言ってるのよ」
「ふん、敵が驚愕する様を、敢えて下品に言い表してやったんだ」
「でも、あちらもきっと、やられっぱなしということはなさそうよね」
「また、光の魔導ってやつを使ってくるだろうな」
「あの婚約者を使ってね」
こちらは、俺の婚約者が用意した武器。あちらは婚約者が使う魔法。お互い、パートナー同士での戦いを仕掛けたことになる。この勝負、どちらが勝つかな。
突撃こそ、我が戦隊最大の武器だ。それをより強力にする装備を我が戦隊の全艦は身に着けている。そいつの威力をもっとも効果的に見せつけるには、この戦場しかない。
そう、一見すると我々にとっては弱みに見える小惑星帯こそが、むしろ敵の油断を誘い有利に働く強みとなる。
もっとも、相手がそう簡単にやられてくれるかと言えば、それは分からないな。
と、そこに報が入る。
「左前方、およそ三十万キロの地点、敵集団らしき場所を確認」
「光学観測、数隻の艦影を視認、明灰白色、連合の艦です」
「見つけたか。推定で、何隻ぐらいだ?」
「およそ七十隻」
「ちょっと少ないが、まあいい。まずは前菜として、やつらを片付けてやろうじゃないか。全艦、突撃準備!」
「はっ! 全艦、突撃準備!」
さていよいよこちらのターンだ。先手を取らせてもらう。
◇◇◇
「レーダーに感! 距離三十万キロ、敵艦隊、我が艦隊右翼側に突撃を開始!」
敵が、先に動いた。僕は副官のハイツマン中佐に命じる。
「全艦、砲撃開始!」
「はっ、全艦、砲撃開始!」
「敵の右翼側を集中的に狙う。おそらくはシールドを展開しているから、少しでも防御力の薄い側面を狙え」
「はっ!」
散らばった無数の小惑星に紛れて、我が第三十五戦隊は弓なり型の陣形で横に大きく広がって展開している。が、右翼側はやや密集しており、それがゆえに重力子探知をされたらしい。
「砲撃開始、撃ちーかた始め!」
全艦が、一斉の砲撃を加える。が、光学観測員が、妙なものを捉えた。
「敵の艦に、妙なものが取り付いております」
「妙なもの?」
「映像出します」
一隻の敵艦が映し出される。その先端部に、奇妙なものがつけられていた。
四角い砲身の先端部を囲むようにつけられた、四つの円形の物体。それを見た瞬間、僕はそれがなんであるかを悟る。
間違いない、あれはシールド発生装置だ。
そんなものを四つも? シールド発生装置はシールド材の消費が大きく、通常は艦の下部に一箇所つけられているだけのものだ。
それを先端部に、しかも四箇所。
それが意味するもの、敵の現在の行動から、やつらの狙いが見えた。
そういえば、我々の集中砲火がまるで効いていない。観測員からの報告では、側面を狙った砲撃すらも弾き返されているようだ、という信じがたい報告が入る。
それを聞いて、ますます僕は確信した。
僕は、叫ぶ。
「艦隊右翼、全力即時退避!」
間に合うのか? 敵の艦隊は、すでに艦隊右翼目前だ。
◇◇◇
「艦隊突撃!」
突っ込む我が戦隊に慄いたのか、全力で回避運動にはいる敵艦ども。だが、その内の半数ほどが小惑星の後ろに隠れるという愚行を選択をする。
馬鹿め、狙い通りだな。それをみた俺は叫ぶ。
「よし、小惑星ごと、裏に隠れたやつらを粉砕してやれ!」
ベアトリーチェが調達した新兵器というのは、言うほど新しいものではない。二十年前に考案されたものの、使い道なしとされ放置されていた物だった。
それは、多量のシールド粒子で艦を分厚いシールドで包み込み、敵艦に体当たりで突っ込むというものだ。
通常のシールドの四倍もの厚みを持つこれに突っ込まれたら、側面からビームを撃たれても、また敵艦正面に展開された通常のシールドすらも打ち破ることができる。
ましてや小惑星など、この兵器の前では雪の塊の如く、たやすく破砕できる。
なお、この新兵器の名は「シールド衝角」と呼ばれている。古代の海上戦で、まだ大砲が未発達な時代の戦闘船には、先端に敵の船体を突き破る衝角が取り付けられていた。
で、この新兵器はまさに現在における衝角だ。
その衝角が、敵の隠れた小惑星を貫く。
あっという間に、その浮遊した岩石を粉々に粉砕する。敵はシールドを展開するも、我々の衝角の前では無力だ。あっという間に、その船体ごとバラバラに砕かれる。
小惑星に隠れた半数近くの敵艦が、まさに衝角の餌食となった。小惑星を盾にしようとしたやつらほど、かえって命取りになる。猛烈な速度で我が戦隊は小惑星群を駆け抜けると、大きく迂回を始める。
だが今のは、ただの前菜だ。
ここからは、主料理の時間だ。




