#10 二重罠
「さて、やつらはどう出るかな?」
俺はほくそ笑みを浮かべつつ、ベアトリーチェを見る。
「ロドリゴ……いえ、グスマン准将。おそらく敵は我々の行動を見て、罠の存在を確信していることでしょう」
「だろうな。しかし、だからといって我々を無視できない。彼らの受けた命令は、この宙域に現れた我々の殲滅だということだからな。分かっていても、引き返せないというジレンマだ。このまま、罠に引っかかってくれるとありがたいのだがな」
「そううまくいくでしょうか?」
「いかなくても、それはそれで狙い通りだ。ともかく、今度という今度はやつらを多数、沈めてみせる」
未だに「灰色の怪狼」は無傷のままだ。前回、あの光の魔導とやらを使って我らをだまし討ちしたツケを、今度こそ払わせてもらう。
しかし、やつらめ。怪狼などといわれているが、どちらかといえばキツネかタヌキの類いではないのか? 狼がだます話など、そんな童話は聞いたことがない。いや、そんなことはどうでもいい。
こちらの思惑通り、敵は接近を続けている。あれが幻影かどうかは分からぬ。が、本物が接近した瞬間、我々の罠が作動する。こちらはあえて官能的な姿を見せびらかし、まるで娼婦のように誘いをかけているんだ。凡庸な指揮官なら、鼻の下を伸ばしてすぐに飛びついてくることだろう。が、あの指揮官は妙に慎重だ。くそ真面目過ぎる。どうにも欲深さを感じないのは気に入らない。
「ちょっと、今、何か変なこと考えてたでしょう」
さっきまで階級に応じた話ぶりだったベアトリーチェが、いきなり突っかかってきた。
「いや、そんなことはない」
「嘘ばっかり。顔を見ればわかるのよ。まったく、敵を目の前にした戦場で、何を考えていたのやら」
尉官の分際で、将官に向かってため口をたたくとはいい度胸だ、といいたいところだが、そういう仲であることはすでに我が戦隊内ではバレバレの関係ではある。が、こういう場所では遠慮してもらいたいものだ。
「敵艦隊、さらに接近! 距離、四百万キロ!」
さて、その間にも敵艦隊は接近を続けている。のろのろと、まるで怯えたタヌキのようにのらりくらりと接近する様は、見ているだけでイライラする。狼の如く、さっさと飛びついてこい、と叫びたくなる。
が、ここは我慢だ。根負けしてこちらが動けば、自分が自身の罠にかかってしまう。先に動いた方が負けだからな。しかし、猪突猛進がモットーの我が戦隊には実に耐えがたい戦い方だ。
そうこうしているうちに、いよいよ敵は「罠」に飛び込もうとしている。
いや、やつはそんなにマヌケじゃない。確実に罠の存在を知り、それを排除するだろう。
だが、それこそが俺の狙いだ。
◇◇◇
「この辺り、だろうな」
僕はそう呟いた。
「なにがですか?」
「罠だよ。もしも罠を仕掛けるとしたら、この辺りだろうと言っただけだ」
僕の言葉に、きょとんとするエリザベスだが、その横から副官のハイネマン中佐が答えた。
「射程ギリギリで、かつ砲撃を受ける前に引っ掛けるとしたら、まさしくこの四十万キロという位置でしょうね」
そう、ここまでは問題なく接近できた。が、ここからはそうはいかない。
「想定されるのは宇宙機雷だが、電波吸収材を使って隠していると、ノイズとして捕らえることは不可能だな。なにせ相手は小さすぎる。いつもの手は、機雷には通用しないだろう」
「では、大きく迂回して回り込みますか?」
「その辺りも想定済みではないのか? 僕だったら、それも考慮して周囲三カ所に機雷を設置しておく。相手だって『赤い突撃竜』と呼ばれるほどの戦隊だ、そんなに安易な相手ではないことくらい、想定済みだ」
「つまり戦隊長殿、どうあがいても罠を突破しなくてはならない、ということになりますね」
僕と副官が会話していると、エリザベスが能天気にこう答える。
「私の魔導を用いて、敵の目前に艦隊を出現させましょう。そこから砲撃をかければ、敵が驚いて動いてくれるのでは?」
「それこそ、幻だとバレバレだろう。その程度で引っかかってくれる相手ではない。本来ならば機雷原を探り出し、掃海するしか方法がないのだが、そこまで悠長なことはしてられない」
「あの、宇宙機雷というのはそもそも、どういうものなのですか?」
「宇宙船の接近を感知すると、接近して爆発する、そういう武器だ。おそらくは数万個以上の機雷が設置されていると考えられる」
「ならば、幻影を作り出して接近させれば……」
「姿だけではダメだ、通常は熱源や重力源も感知し、発動するようになっている」
「ということは、幻影だけではダメなのですね」
「そういうことだ」
エリザベスは、宇宙機雷の存在を懸念しているようだが、実は大した問題ではない。
おそらく敵は、僕がなんらかの方法で、罠を突破することを見抜いている。
問題は、その後だ。
あの「赤い突撃竜」は本領発揮の出番を、虎視眈々と待っている。
僕は、指示を出した。
「ハイネマン中佐、作戦通り、囮の放出準備だ。それで、機雷原に穴を開ける」
「やはり、囮を使うのですか」
「おそらくは密に配置された機雷だろう。一度爆発が起きれば、一気に他の機雷も誘爆を起こす」
「はっ、では全艦、囮発射を行います」
「雷撃戦、用意! レールガン発射口開け、囮発射!」
我が艦の左右のレールガン発射口から、火花と共に白い円筒形の物体が発射された。他の艦からも同様の物体が発射される。
囮とは、簡単に言えば白い筒に仕込まれた金属箔で覆われた風船だ。それが膨らむと、まるで「駆逐艦」のように見せかける。その筒には熱源や小型の重力子エンジンまでもが搭載されている。そんなものが各艦から二発づつ、つまり一千隻の「偽りの艦隊」が、機雷源に向けて射出された。
おそらく、機雷を仕掛けてくるだろうと予想し、用意していた囮だ。この程度の機雷原ならば、我々五百隻が通り抜けるだけの道はこの程度の仕掛けで簡単に作り上げることができる。
こうして、作戦の第一弾が履行されようとしていた。そして僕はすぐに、第二の作戦を実行する。
「エリザベスよ」
「はい、エーベルハルト様」
「機雷排除後、すぐに光魔導を使いたい。間違いなく、敵は仕掛けてくる。そこでだが……」
敵の思惑は大体理解したつもりだ。ならば、光魔導はその力を発揮するだろう。
ただし、エリザベスによれば十分間しか使えない。その短時間の魔導が、勝負を分ける。
◇◇◇
俺の目前で、連鎖爆発が起きていた。
やはり、機雷源の存在を見破ってきたな。
「機雷源、破壊されました!」
オペレーターが叫んだ。その瞬間、俺は命じた。
「全艦、全速前進だ! 敵がわざわざ、我らの道を開いてくれたぞ!」
敵、すなわち「灰色の怪狼」は、我々の仕掛けた機雷原を破壊した。それは、五百隻が通り抜けるには十分な道を作り出す。
が、その道を敵が通るとは限らない。
当然だが、同じ五百隻である我が戦隊も通り抜けることが可能だ。
まさか、自身が開けた穴から敵が突入することなど、想定外だろう。それを見越して、機雷原の爆発に乗じて我が戦隊は突入を開始した。
「進め進めっ! レーダーで捕捉し次第、あの狡猾な怪狼を叩きのめすぞ!」
俺は、意気揚々だった。元々、敵が機雷原を見抜いて突破口を開けることは想定していた。ならば、その直後に我らが飛び込めば、やつらの意表を突ける。
猪突猛進、まさに「突撃竜」にふさわしい我が戦隊の戦い方だ。
「全速前進、敵艦隊、捉えました!」
レーダーサイトには、あの灰色の怪狼が映し出されていた。俺は砲撃準備を命じようと手を挙げた。
が、レーダーサイトには、信じがたいものが映っていた。
「な……なんだ、あれは!?」
そう、五百隻の艦艇が我が戦隊の進路線上の左右に分かれ、待ち構えていたのだ。
馬鹿な、敵は五百隻のはずだぞ。
「げ、幻影を使った罠だ! 重力子観測で敵の位置を特定せよ!」
どちらかが本物のはずだ。幻影は重力子を出さない。ならば、重力子による観測でどちらが本物かが分かるはずだ。
が、オペレーターからは無情な返答しか返ってこなかった。
「ダメです! 機雷原を破壊した囮に乗せられていた重力子エンジンがまき散らした重力子により、観測不能です!」
なんてことだ、してやられた。やつは俺が突撃を命じることすらも、予測していたというのか。
「このまま、突撃する。高速に移動する物体を、そう簡単に狙い撃つことなどできない。その間に、こちらのチャンスをうかがう。面舵三十度!」
俺はそう命じ、全速前進のまま、二手に分かれたその敵の、右側の方に向けて突撃を開始した。
確率は、二分の一だ。こちらが当たりかどうかは、分からない。
◇◇◇
「敵艦隊、進路を変えました!」
「よし、全艦、砲撃戦用意。前方より迫る敵艦隊に向けて一斉砲撃する」
「はっ! 全艦に、砲撃戦用意を命じます!」
「砲撃管制室へ、主砲充填開始、砲撃戦用意!」
『砲撃管制室より艦橋! 主砲装填、開始!』
主砲装填と同時に、おそらく敵は驚愕している頃だろう。敵は左右に分かれた五百隻の艦隊を目にして、どちらかが本物だと踏んで、二分の一の確率ながら一方に向けて突撃を開始した。
だが、元から確率はゼロだ。この二つの五百隻の戦隊は、どちらも「幻影」だからだ。
そして本物は、このふたつの幻影の間、その後方、三万キロのところにいる。
この位置から見た敵戦隊は、我々の方へまさに脇腹を見せつけている。
それを見逃すほど、我々は甘い「狼」ではない。
「全艦、砲撃開始!」
「砲撃開始、撃ち―かた始め!」
敵のどてっ腹に向けて、一斉に青い光の筋が飛翔する。猛烈な爆発が発生する。
今度は、かなりの損害を与えることができたはずだな。僕はそれを見て、確信した。
◇◇◇
「味方艦艇、撃沈多数! およそ百二十隻!」
なんてことだ。我々が見た左右の艦艇は、どちらも「偽物」だった。敵の主砲装填によるエネルギー波が、まったく異なる場所から検知された。
回避運動を命じたが、間に合わなかった。艦隊の二十パーセント以上を、たった一撃で失う羽目になる。
「くそっ!」
俺は叫び、レーダーサイトを拳で叩きつける。が、そんなことをしたところで何もならない。
俺は、覚悟した。こうなったら少しでも敵に、損害を与えてやる、と。
「全速前進のまま、大きく迂回する! 負けっぱなしでたまるか、敵に一矢報いてやるぞ!」
俺は大きく弧を描くように、残った槍陣形の味方艦隊を最大戦速のまま、大きく左へ迂回させる。
俺の戦隊が、ただ突撃するだけの間抜けな集団だと思ったら、大間違いだ。そのことを、思い知らせてやる。
◇◇◇
「敵艦隊、大きく左へ転進!」
逃げに転じたか。それはそうだろう。四分の一近い味方を失った。こうなったら、逃げの一手しかない。
が、攻撃を緩めれば隙ができる。僕は副官のハイネマン中佐に命じる。
「敵艦隊を追撃する。全速前進で、敵の背後に回り込むぞ」
敵は槍陣形で迂回しつつあった。そこで我が戦隊は機関をフル回転させながら加速しつつ、その後方に回り込む。
あちらは大回りで逃げているが、こちらは小回りしてその背後を捉える。
が、敵はそこで驚くべき行動に出た。
「て、敵艦隊、百八十度反転!」
ちょうど敵の背後に回り込んだ時だ。敵がなんと、こちらに頭を向けた。
しまった。僕は全艦に命じる。
「回避運動! 急げ!」
だが、敵は砲撃を加えてきた。槍型の陣形は、反転すれば「鶴翼」の陣ともいえる。その左右に開いた陣形の放つ砲火は、我が戦隊の左翼側に集中する。
猛烈な爆発と共に、戦隊左翼で爆発が起きる。僕は叫ぶ。
「ひ、被害状況を知らせ!」
「データリンク、回復! およそ二十隻が消滅!」
やられた。手負いの敵だと思ったら、こちらに牙を向けてきやがった。
が、敵もそれ以上の深追いはしない。こちらの混乱に乗じて、再び反転。全速力のまま、電波吸収材をばらまきつつ逃走していった。
「やられましたな」
「ああ、やられた……」
数の上では、百二十隻もの敵艦艇を沈めた。一方で味方の被害は十八隻と判明する。数の上では、勝利だ。
だが、後味が悪い。僕としたことが、油断したな。味方を十八隻、およそ千八百人もの将兵を失ったことになる。
数の上では勝利したが、我が戦隊としては初の損害を出すことになった。




