#1 暗転
僕の名は、エーベルハルト・フォン・ファルケンハイン。歳は二十八歳で、地球三三七出身、同星系所属の遠征艦隊の一戦隊、五百隻を任されている。現在は、一年ほど前に発見された地球一一一三の防衛のため、その星のアルビオン王国の王都ルネエーゼルに併設された宇宙港に常駐している。
そして今、僕の率いる戦隊は、第一三一一五星域、通称「中性子星域」と呼ばれる連盟側の宙域にいる。哨戒任務のためだ。
この宇宙には、人類の住む星が一千と百を越えたところだ。この多くの星は我々の属する宇宙統一連合、通称「連合」と、銀河解放連盟、通称「連盟」とに分かれ、もう五百年近くも戦争が続いている。
当初は互いに戦争をする理由があったようだが、今はただ陣営が違うというだけで戦っているような状態だ。支配域を広げることが目的化しており、もはや停戦など望める状況にはない。まさに我々も、この中性子星域での支配域を広げるため、敵である連盟側の領域を探りに来たというわけだ。
そしてまさに今、その宙域にとてつもない数の敵艦隊を発見する。
「レーダーに感! 艦影多数、およそ一万隻、方位、右七十二度、仰角四十度、距離百三十万キロ!」
「光学観測にて艦色視認、赤褐色、連盟艦隊です!」
そう、敵の戦闘艦は赤褐色のステルス塗料を使う。一方で我々は明灰白色のステルス塗料を用いるため、その色でどちらの陣営の艦艇かが一目瞭然でわかる。
もっとも、ややこしいことに艦影はほぼ同じ。どちらも先端に直径十メートルの高エネルギー砲門を搭載する、全長三百メートルほどの駆逐艦を主力とする。いずれの陣営でも、一個艦隊がおよそ一万隻。その後方には、駆逐艦隊を後方支援する全長三千から五千メートルほどの戦艦がいる。
艦影が同じなのは、どちらも地球〇〇一からの技術を用いて作られた艦だからだ。射程は三十万キロで、重力子エンジンと核融合炉を二組搭載しているところまで同じ構造。戦力的には、ほとんど差はない。
いや、今はそんなことはどうでもいい。ともかくその我らが「敵」である連盟艦隊が、まさにこの宙域に現れたということだ。
その目的は明らかだ。あちら側も、この中性子星域内の我々の領域を狙っている。
「司令部に連絡、我、当該中性子星域にて、敵一個艦隊を発見。座標、中性子基準で、七七八、三二五、一三。速力、毎時一千万キロにて我が領域に向けて進撃中」
やけに速い。毎秒三千キロ以上という速度で一万もの艦隊が動いている。それだけ、あちらは本気だということか。
そこから推測すると、我が艦隊主力がこの宙域に到着する頃には、敵はすでに我が支配域の深くに入り込み、ワープ航法の通り道であるワームホール帯の手前で待ち伏せ、我が艦隊がワームホール帯を潜り抜けてきたところを各個撃破することになりかねない。それは、艦隊壊滅を意味する。いくら何でもまずい。
少しでも足止めせねば、連合は今の支配域を失うことになる。
「司令部より入電、第三十五戦隊はこのまま敵艦隊を追尾、監視せよ、以上です」
あの一万隻もの艦隊をただ、じっと見張っていろという命令が艦隊司令部からもたらされた。だが、あちらもあの艦隊の進撃速度から、その危険性を承知しているはずだろう。それを、ただ見張るだけだというのか?
「くそ、今は少しでも、敵の艦隊を足止めせねば大変なことに……」
「あの、戦隊長殿、何か言いましたか?」
「いや、独り言だ。気にしないでくれ」
副長のハイツマン中佐が、怪訝そうな顔で僕に問いかけてきた。いかんいかん、僕はつい考えていることを口に出してしまう。余計なことはあまり言わない方がいい。
いや、余計な事でもないな。本当に足止めしないと、我が軍が大敗北する恐れがある。そうなると、今、駐留している地球一一一三への航路が絶たれてしまうことになる。
深刻な事態だ。せめて足止め用に三千隻の分艦隊だけでも先行させて、敵の進撃を遅らせようとしないのか?
だが、それから数時間経っても、味方からの連絡はない。おそらく一個艦隊が丸ごと向ってきているのだろうが、あと三時間もしないうちにやつらは我が支配域に到着してしまう。
「敵までの距離は?」
「およそ七十万キロ」
「これだけ接近しているというのに、敵から別動隊が来る気配はないのか?」
「いえ、陣形に変化なし。依然として一万の艦隊で進撃中です」
くそっ、我が五百隻など、取るに足らないというわけか。なめられたものだな。僕はここに至って、一つの決断をする。
「敵を、足止めする」
この決定に、副長が異を唱えてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください。敵は一万、こちらは五百。二十倍もの差があるんですよ?」
「まともに正面から戦闘しようなどといっているわけではない。ただ、敵に少なからず損害を与え、味方艦隊到着までの時間を少しでも稼ぐ。そのための攻撃を行うと、僕は言っている」
「簡単におっしゃいますけど戦隊長、何か作戦があるというのですか?」
この副長、僕と歳が同じせいか、やけに食いついてくる。同い歳で将官にまで上り詰めた僕が、よほど疎ましいのだろう。気持ちは分かるが、ここは戦場だ。そこに私情を挟むつもりはないし、挟ませることも許さない。
「作戦ならある」
「では具体的に、どのような策を講じるのですか?」
「いわゆる『丁字戦法』を仕掛ける」
「えっ? て、丁字戦法?」
「海上戦闘ならば、おなじみの戦術だ。それを応用する」
「ちょっと待ってください、ここは上下にも動ける宇宙空間ですよ? どうやって丁字戦法などという戦術を成り立たせるのですか」
「まず、戦隊を一列の単縦陣に編成し、敵艦隊の真横、射程の三十万キロぎりぎりまで寄せる」
僕のこの最初の艦隊運動に、副長は一瞬、理解が追い付かなかったようだ。
「そ、それはどういう……」
「命令だ。単縦陣にて、敵に接近する」
「……りょ、了解しました。単縦陣にて、敵艦隊へ接近するよう、全艦に伝達します」
副長が懸念する理由も分かる。要するに、一列に並んだまま敵に横っ腹を見せながら接近するといっているのだ。これは普通に考えれば、自殺行為に等しい。
しかし、敵も間違いなくこちらの動きにのってくる。それこそが、僕の狙いだ。
それから二十分後、まさに単縦陣の我が戦隊が、敵から三十一万キロのところまで接近した。
「敵艦隊に、動きあり! 戦闘の三千隻が、単縦陣にて我が戦隊と並走を開始!」
やはり、陣形を変化させてきたな。たかが五百隻とはいえ、こちらが突如、九十度回頭して砲撃を行えば、敵とて損害を無視できない事態だ。だから敵も、我々への攻撃に備えて、先頭部分を単縦陣に切り替えてきた。こちらの動きに、即応するための態勢だ。
このまま向きを敵に向け、接近して砲撃……というのが、通常の駆逐艦戦闘の常道だが、彼我の戦力差が二十倍の相手に、そんな馬鹿げた戦法を僕が取るはずがない。
僕はさっき、副長に告げた。これは「丁字戦法」だと。
海上艦にて、単縦陣の敵艦隊の進路をふさぐように横一線に回頭し、一斉砲撃によって先頭の艦から各個撃破する戦法。これが丁字戦法と呼ばれる戦術だ。
もっとも、洋上艦と異なり、砲塔が先端にのみ付いた駆逐艦でそんな戦術はとれないとされてきた。しかも海上とは異なり、宇宙空間では上下に移動が可能だ。
そんなところで、丁字戦法など成り立つはずがない。
しかし僕は、その常識を今、崩そうとしている。そして次の司令を下す。
「全艦、最大戦速! 機関リミッター解除、敵艦隊の前に出る!」
連盟と連合、敵と味方でほぼ同じ駆逐艦、同じ武器、同じ機関だと言った。
が、地球〇〇一が所属する連合側の駆逐艦の機関には一つ、連盟にはない特徴がある。
それは、通常の三倍の推力を三十分だけ出し切ることができる、というものだ。連盟軍には、この技術はない。
それを存分に発揮させてもらう。
「全艦、全速前進! 敵艦隊を追い越します!」
「敵艦隊前方、二十万キロの地点まで来たら減速し、そのまま一斉回頭! 敵を砲撃する!」
「はっ!」
ものの三分ほどで、我が戦隊はまさに敵の進行方向の前に出た。距離は、わずかに二十万キロ。しかしレーダーサイト上は敵の先頭は十数隻ほど見えるだけで、その後ろには三千隻が長い列をなしている。
「全艦、転舵しつつ攻撃始め!」
「艦橋より砲撃管制、撃ち―かた始め!」
我が三五〇一号艦が、攻撃態勢に入る。キィーンという甲高い音が鳴り響き、砲身に高エネルギー粒子が流し込まれる。それがほとばしるビームの筋となって、敵の先頭艦に放たれた。
と同時に、五百隻もの艦艇からほぼ同時に砲撃が放たれる。単縦陣のままで、まだ反撃体制もままならない敵の艦隊は、その先頭集団が一気に崩される。
「撃って撃って、撃ちまくれ! 敵の混乱を、少しでも多く広げるんだ!」
敵の先頭集団も撃ち返してくるが、混乱のためか、ほとんど敵のビームが外れていく。一方で敵の先頭集団は大きく瓦解し、爆発煙をかいくぐった別の駆逐艦が数隻、顔を出してくるが、その度に我々は一斉砲撃する。
「さらに撃沈、その数、百八十に達しつつあります!」
データリンクの情報を知らせるオペレーターの興奮気味な報告が、僕の耳に届く。が、その傍らで陣形図を見守るレーダー手が、僕に告げる。
「敵艦隊、後方よりおよそ五千隻が先頭集団の左右に回り込み、横陣形を形成しつつあります。このままでは、我が艦隊が挟まれ、一斉砲撃を受けます」
わずか八分間の戦闘の間に、敵は態勢を立て直してきた。こうなると、たった五百隻の艦艇は不利になる。僕は決断する。
「これより離脱する。各艦、そのまま前進しつつ緩やかに回頭、最大戦速で現宙域を離脱し、敵射程外にて再び哨戒任務に戻る、と」
「はっ!」
副長が、僕の転進命令を味方に伝える。一旦前進しつつ、そのまま回頭して単縦陣で弧を描きながら宙域を去る。無数の敵のビーム砲撃が、すぐ脇をかすめる。
が、三十万キロ以上離れ、そのビームも届かなくなった。僕はここで、データリンクの数値を見る。
そこに書かれていたのは、撃沈百八十二、撃沈確実七、航行不能十八という数値だった。
簡単に言えば、あの短い戦闘で二百隻ほどの敵艦隊を撃沈または行動不能に陥れたということだ。それも、たった五百隻の戦隊で、だ。
この時、僕はそのまま敵が進軍してくるものだと思っていた。が、敵は進撃を止める。やがて後退を始めた。
おそらくは、奇襲が効かなくなったため、進撃を諦めたのだろう。おまけに、たった五百隻のこの戦隊に出鼻をくじかれ、予想外の損害まで受けてしまった。
敵艦隊は後退し、そのまま敵の支配域へと戻っていく。これをもって僕の戦隊は、哨戒任務を終えて地球一一一三に帰投することとなった。
地球一一一三にある国家の一つ、アルビオン王国の王都であるルネエーゼルのそばに作られたルネエーゼル港には、宇宙艦隊司令部がある。そこでは、今回の戦果で大騒ぎになっていた。それはそうだ。たった五百隻で一万もの敵艦隊を相手に奇抜な戦法を用い、その思惑をくじいて撤退させたのだから。
もし戦いとなれば、多数の犠牲が出る。それを、五百隻の内、一隻も犠牲を出さずに敵を追い返した。
そんな僕らの戦隊には「灰色の怪狼」という二つ名までつけられていた。それほどまでに、強烈な勝利をもたらしたのだ。そんな中、僕はルネエーゼル港のそばにある艦隊司令部に呼び出される。
そこで僕は、司令長官であるケッセルリンク大将から、意外な命令を受けることとなった。
「ファルケンハイン准将。貴官を当遠征艦隊の戦隊長を解任し、地球三三七防衛艦隊への転属を命じる」




