第5章 — 音だけデカい爆弾
カイは走りすぎて、もはや自分の脚の存在すら感じなかった。
砂浜はまるで戦場──一方的にダメージを与えているのは、もちろん彼ではなかった。
彼が売店の裏で息を整えたとき、あるものに気づいた。
箱。
小さく、金属製で、錆びついていて……でも中から配線が飛び出していた。
カイは箱を開けた。
中身は安物の花火セットだった。
「完璧だ」
もはや尊厳を捨てきった声で呟く。
「爆弾を作ろう……音だけの……俺に作れるのはそれだけだ……」
彼は配線をまとめ、ビニールテープで雑に縛り、停電時にロウソクをつけるための小さなライターと繋げた。
できあがったものは、悪いアイデアだけで作られた謎の物体だった。
「よし……せめてビビらせるくらいは……できるだろ……」
その時、地面が揺れた。
砂が震えた。
そして、巨大な影が彼の背後に落ちた。
「カーーーイ……」
追跡劇の公式テーマソングと化した甘い声が聞こえる。
「感じたよ……あなたの“私のこと考えてる気配”……」
「生き延びること考えてただけだよ!?」
カイは叫び、即席“爆弾”を背中に隠した。
リュウナは好奇心いっぱいの鳥のように首をかしげる。
「それ、手に持ってるのは?」
「何も。」 「何かある。」 「ないって。」 「見せて?」 「ダメ。」
リュウナはゆっくり笑った。
「じゃあ……取ってもいいってこと?」
カイはボタンを押した。
「やめろ触──」
爆弾が爆発した。
強くはない。
火も出ない。
破片も飛ばない。
ただ──
音がした。
とんでもない音が。
ドゴォォォォォォォォォン!!!
十個の鍋と三十個の太鼓が巨大なミキサーで喧嘩してるような騒音。
リュウナは耳を押さえた。
「ぎゃああああああ!!」
彼女は叫び、よろめき、尻もちをついた。
「なにこれ!? 人間の咆哮なの!?」
カイは驚きすぎて固まった。
「こ、これ……効いたのか……!?」
リュウナは砂に座り込み、ふらふらしながら瞬きを繰り返した。
「カイ……あなた……すごく……強い……」
頭を揺らしながら呟く。
「こんな大きな……こんな致命的で……こんな美しい音……初めて……」
「え、俺が……?」
「あなたへの気持ち……十倍になった……♡」
カイは顔を手で覆った。
「そういう効果いらないってのーー!!」
リュウナはふらつきながら立ち上がり、両腕を広げてカイに近づいた。
その仕草は“抱擁”か、“捕獲”か、とても怪しい。
「カイ……あんなに私を驚かすなんて……私たち相性最高よ……♡」
「どの理屈だよ!?」
カイが後ずさると、リュウナはまた急に速くなった。
恐ろしく速い。
海竜が300メートルの体で人間の真似をして跳んでみたようなジャンプ。
カイはギリギリで避けた。
リュウナは砂に腹から落ち、ドスンッという衝撃で砂煙が上がった。
砂の中で、彼女は呟く。
「カイ……あなたは……私の運命……」
「なんでだよおおお……」
カイは頭を抱えた。
「俺はただ、静かに海を見て座ってたかっただけなんだよ!!」
リュウナはゆっくり立ち上がり、目を輝かせた。
「分かったわ……あなたが“引っかき傷”を嫌がるなら……」
彼女の周りの空気が変わった。
砂が巻き上がった。
空気が歪んだ。
濡れた髪が風に舞った。
「……“噛みつき”を試してみる♡」
カイは飛び上がった。
「ヤダァァァァァァ!!」
そして逃走は再開された。
カイは絶叫し、リュウナは笑い、そして彼女の手ではあの小さな魚がまだ揺れていた。




