第35章 — 新たなる海竜の誕生(そして史上もっとも皮肉でロマンチックな結末)
水族館全体が揺れていた。
照明は点滅し、
壁は震え、
水槽の水は上昇し、渦を巻き、
まるで巨大な何かが目覚めようとしているかのようだった。
カイは早い呼吸のまま硬直した。
「な、なに……なにが起きてるんだ……?」
リュウナはゆっくりと立ち上がった。
今夜初めて——
彼女は笑っていなかった。
その瞳が細くなる。
彼女は低く囁いた。
「……原初の海が、私を呼んだ。」
カイは瞬きをする。
「げ、原初の……な、なんで呼ぶんだよ?!」 リュウナは彼を見つめる。
「だって……あなたを刻むのが遅くなりすぎたから。」 「やだあああああああ!!」
ガラス壁が軋みはじめた。
巨大なひびがクモの巣のように広がっていく。
水槽の水が強烈な勢いで通路に噴き出した。
カイは絶叫する。
「ぎゃあああああ水族館が壊れてるぅぅ!!」 リュウナは水に流される前に彼の手を掴んだ。
「カイ……もう逃げなくていいの。」 「逃げる必要あるよ!! めちゃくちゃあるよ!!!」 「もう……ここで終わり。」
そして——
ガラスが砕け散った。
ガシャアアアアアアアアアン!!!
数トンの水が二人を飲み込んだ。
カイは巻き込まれた。
回転し、
沈み、
息ができず、
視界が滲み、
意識が飛びかけた。
そのとき。
水の中で、巨大な青い影が彼に近づいていくのが見えた。
リュウナ。
もう人間の姿ではない。
もう繊細でも可愛くもない。
本来の姿——
海竜そのもの。
巨大で、
輝き、
神々しく、
無数の光る鱗と巨大な瞳を持つ存在。
リュウナはその巨大な体でカイを包み込み、
水圧から、瓦礫から、すべてから守った。
カイは叫ぼうとしたが、泡しか出なかった。
そして水中なのに響く声が、
カイの心臓に直接届いた。
「カイ……もう終わり。
これで、あなたは私のもの。」
動こうとしても動けない。
彼は完全に、彼女の鱗の中に閉じ込められていた。
リュウナは口を開く。
食べるためではない。
儀式のため。
彼に触れようと、美しい青い爪をそっと伸ばした。
青い光がカイの体を包む。
カイは感じた。
温かさ。
冷たさ。
電流。
恐怖。
そして……安らぎ。
印が刻まれる瞬間。
リュウナが囁く。
「あなたは……私のもの。」
カイは即座に気絶した。
すべてが真っ暗になった。
---
***
カイが目を開けたとき——
彼はもう水族館にいなかった。
街にもいない。
どこか知らない場所。
そこは——
海の底。
穏やかで、
光に満ち、
深い青に包まれ、
信じられないほど静か。
そして、カイは息ができた。
カイは目を見開く。
「お、おれ……水の中で……息してる!?」 「もちろん。」
横にはリュウナがいた。
本来の姿。
だが今は——
カイと同じ大きさだった。
小さく、
調和していて、
信じられないほど美しく輝いている。
カイは口をパクパクさせた。
「な……なにが……オレに何が起きた……?」
リュウナは誇らしげに微笑む。
「あなたの腕、見て。」
カイは腕を見る。
そこには——
鱗。
青く、
光り、
彼と一緒に呼吸していた。
カイは崩れ落ちる。
「や、やだやだやだ……こんな……!」
すると横を何かがスーッと通りすぎた。
小さい影。
カイが見ると——
海竜の子ども。
もう一匹。
さらにもう一匹。
さらにもう一匹。
ちっちゃくて、
青くて、
好奇心いっぱいで、
ピコピコしながらカイの周りを泳ぎ回る。
カイの顔が真っ白になる。
「……リュウナ……こ、これ……このちっちゃいの何……!?」 リュウナは鼻先を寄せてくる。
「私たちの子どもたち。」
カイは二秒ほど存在をやめた。
「わ、わた……?!?!」
「あなたが寝てる間に作ったわ。」
「なんで!?!?」
「だって、私が巨大な姿のまま起きるとあなた驚くでしょ?」
「もっと驚いたわ!!」
「でもね、みんなあなたが大好きよ。」
子ども竜がカイの肩に乗る。
「やめろやめろやめろおおお!!」
「あなたは可愛いから。」
「可愛くないぃぃぃ!!」
リュウナは尾でカイを優しく抱き寄せる。
「カイ……あなたはもう海竜。
私のパートナー。
私と同じ存在。」
カイは逃げようと泳ぎ出す。
子ども竜たちが後ろからついてくる。
きゃっきゃと笑いながら。
リュウナも後ろから追いかける。
その笑顔は——
海全体を照らすほど明るかった。
「もう逃げ場はないよ。
ずっと、私のもの。」
カイは絶叫する。
「いやあああああああああああああ!!!」
だが出てきた泡はあまりに小さく可愛くて、
子ども竜たちがさらに喜んだ。
リュウナは幸せそうに微笑む。
「カイ、大好き。」
カイは泣きながら叫ぶ。
「オレは頼んでないいいいい!!」
海全体が彼女の笑い声で満たされた。
---
終わり。




