表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

第34章 — 最後の通路(そして思考すら残っていないカイ)

カイは水族館の中へ戻っていった。

まるで自分の影から逃げようとしているかのように——

皮肉にも、その影よりリュウナの方がはるかに恐ろしかったが。


足はふらつき、

左右に倒れそうになり、

呼吸は二百歳の老人がマラソンを走っているかのよう。


「おれ……も……むり……」とゼェゼェしながら走る。


リュウナは後ろからついてくる。


走らない。

飛びもしない。

ただ歩く。


ゆっくりと。

静かに。

確実に。


穏やかな微笑み。

光る瞳。


彼女は分かっていた。


そしてカイも分かっていた。


逃げ場は、もう終わりに近づいていた。


カイは水族館の最後の通路に入り込む。

そこは長く、

空っぽで、

青い水中ライトだけで照らされている。


壁は全面ガラス。


左右、上下、前後、

至るところに自分の姿が映る。


左のカイ。

右のカイ。

幽霊みたいなカイ。

惨めなカイ。

濡れたカイ。

死にかけのカイ。


「見んな!! オレを見るなバージョン違い共!!」

カイは鏡に向かって叫んだ。


ゆっくりと、リュウナが通路に入る。


そこで起きたのは——

今まで一度もなかったこと。


彼女は笑わない。


飛ばない。


求めない。


ふざけない。


ただ歩く。


静かに。

軽く。

海の底のような深い瞳で。


通路そのものが沈んでいくように感じられるほど。


カイは震えた。


「な……なんで……なんでそんな……真剣なんだよ……?」

リュウナは首を傾げる。


「カイ……私はね、ずっと待ってたの。」

「お、おれは待ってない!! 一生待ちたくない!!」

「あなた、いっぱい走ったね。すごく綺麗に……すごく遠くまで。」

「褒めるなぁぁぁ!!」

「でも、もう終わり。」


カイはつまずいて尻もちをつく。


立ち上がろうとする。


足が言うことを聞かない。


完全に。


「……や、やだ……まだ……まだ終わってない……!!」

「終わったよ。」


リュウナが近づく。


ひとつの足音。

またひとつ。


そのたびに床が震えるほどの存在感。

水族館全体が彼女の領域であるかのよう。


カイは這うように逃げる。

床の上をずりずりと、

まるでトラウマを抱えたナメクジのように。


「く、来るな……来るなよ……そうやって近づくな……!!」

「怖がらなくていいよ。」

「怖いに決まってるだろおおお!!」


リュウナはそっと膝をつき、

カイの目の前に座る。


顔と顔。


カイは震えすぎて、もはや蒸発しそう。


リュウナは彼の頬に触れる。


温かい手。

優しい手。

それなのに恐怖を倍増させるほど完璧な触れ方。


「カイ……」

「や……やだ……」

「もう十分頑張ったよ。たくさん逃げて、たくさん笑わせてくれて、たくさん私をドキドキさせてくれた。」


カイは早く浅い呼吸を繰り返す。


「ご、ご、五分……五分だけ休ませ……」

「だめだよ。」


リュウナは顔を近づける。


巨大で澄んだ瞳の海が、カイを丸ごと呑み込みそう。


「カイ……」

彼女は囁いた。

「いよいよ……この時が来たの。」


その指先が上がる。


青い爪が淡く光る。


カイは目を見開いた。


リュウナは小さく、少しだけ切なげに微笑む。


「もう……刻んでいいよね?」


カイは叫ぼうと口を開いたが——


声が出なかった。


心臓が暴れすぎて、

むしろ今生きてるのかどうか怪しい。


爪が首元へ伸びる。


ゆっくりと。

本当にゆっくりと。


あと数センチで——


カイは目をぎゅっと閉じた。


「いや……」


「しぃ……」


その瞬間。


通路の照明が消えた。


水族館全体が揺れた。


アラームが鳴り響いた。


そして外側の巨大水槽の向こうで、

何か巨大なものが動き出す気配。


カイは驚いて目を開く。


リュウナも振り返る。


そして二人は見た。


水槽の水が——

上昇し、

渦を巻き、

呼応し、

何かを“待っている”ように動いていた。


カイは震える声で呟く。


「な……なに……なにが……どうなって……?」


リュウナは、

今夜はじめて——

本気で表情を曇らせた。


そして小さく呟いた。


「……誰かが……海を呼んでる。」


カイは目を見開く。


「誰ぇぇだよ!? なんで呼ぶんだよ!! 誰が呼んでんだよおお!!」


答えは——


次の章へ。


残りわずか。


クライマックス。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ