第33章 — 最終下降(そして呼吸すら限界のカイ)
カイはサメ水槽の中を、
泳いでいるというより、
“溺れながら必死にバタついている犬”のように進んでいた。
息を吸うたびに「助けて」。
手足を動かすたびに「生きたくない」。
まさにそんな状態。
リュウナはその後ろを、
まるで恋する海の女神のように軽やかに追いかけてきた。
「カァァァイ〜〜、泳ぎどんどん上手くなってる〜♡」
「泳いでない!! 沈んでるぅぅぅ!!!」
カイはようやく水槽の縁にしがみつき、
三回滑り落ち、
五回失敗し、
ようやくよじ登った。
水を吐きながら、水族館の床に背中から倒れ込む。
「おれ……しぬ……」
リュウナは水から浮かび上がり、
なぜかもう乾いていて(もちろんだ)、
そのままカイの横にふわりと着地。
横向きに寝転び、
頬に手を当てて、
恋愛ドキュメンタリーでも見るような目で彼を見つめる。
「カイ……すごいよ。あんなに創造的に逃げて、あんなに可愛く走って……」
「かわいくない!!! あれは死に物狂い!!!」
「でも可愛いの。」
彼女が少し近づこうとすると——
カイは丸太みたいにゴロッと転がって距離を取った。
「来るなぁぁぁぁぁ!!!」
リュウナは立ち上がり、手を伸ばす。
「カイ。もう公園の端っこだよ。逃げ場ないよ?」
「ある!! 逃げ場は創るんだよ!!」
「もう足も動かないでしょ?」
「動かす!!!」
カイが立ち上がる。
足が震える。
そのまま尻もち。
「……無理かもしれない……」
リュウナは優しく微笑む。
「じゃあ、私が運ぶね。」
「イヤァァァーー!!」
リュウナが抱き上げようと身をかがめると——
カイは空気を叩くように手を振り回して抵抗した。
「やめろぉぉぉ!!!」
その勢いで膝が滑り、
盛大に後ろへ転ぶカイ。
リュウナは必死に笑いをこらえる。
「カイ……」
「その呼び方やめろぉぉ!!」
「カイ〜♡」
「やめぇぇぇ!!」
リュウナはゆっくり一歩近づく。
カイはカニみたいに後ずさり。
「くるな! 近づくな!」
「無理だよ。」
「できる!!」
「だって私の心が“カイの方へ”って引っ張るんだもん……」
「それが一番こえぇぇぇぇ!!」
カイは残りの生命力をすべて注ぎ、出口のドアへ走る。
しかし——
ドアは閉まっていた。
ただの“閉まってる”じゃない。
— 完全ロック。
カイは絶叫。
「イヤァァァァァァ!!! 開けろ開けろ開けろ開けろ!!!」
「カイ……」とリュウナは数メートル後ろに立つ。
「水族館、閉館時間すぎたよ。」
「今何時!?!?」
「0時8分。」
「いやああああああああああ!!!!」
カイは力任せに押す。
蹴る。
殴る。
全て無駄。
リュウナはゆっくり近づいてくる。
その足音が静かで、
息遣いが首筋にかかるようで、
逃げ場が完全に消えていく。
「カイ……もう扉も、橋も、カートも、プラスチックのトンネルもないんだよ。」
「ない!! まだある!!!」
「水族館も……もう隠れる場所ないよ。」
「説得しないでぇぇぇ!!!」
「もう、箱も、アヒルちゃんも、サメも——」
「サメの話するなあああ!!」
「今ここにあるのは……たったひとつ。」
カイはごくりと息を飲む。
「……な、なに……?」
リュウナは肩にそっと手を置いた。
温かくて、
優しくて、
致命的に甘い触れ方。
カイは固まった。
リュウナは囁く。
「あなた、だけ。」
カイはゆっくり振り向く。
リュウナの瞳が、
夜の海みたいに光っていた。
そして彼女は青く光る爪を上げる。
「カイ……やっとだよ……印、つけてもいい?」
カイは目を閉じる。
深呼吸。
そして——
「いやああああああああああああ!!!」
——まだ走った。
走れた。
なぜか走れた。
残りHP 1の幽霊のようなスピードで、
彼はリュウナの脚の間をすり抜けて全力疾走。
リュウナは深くため息。
でも笑っていた。
「カイ……」
そして彼女も飛んだ。
追いかけた。
しかし今度は——
カイはもうフラフラ。
リュウナはもう本気。
そして……終わりが近かった。




