第17章 — 絶望の灯台(高い所に登っても何も解決しない)
カイは、まるで足元が火事になったかのような勢いで砂浜に戻って走り出した。
リュウナは水と小麦粉を滴らせながら追ってきて、
そのテンションは「ロマンチックなマラソン大会」レベルだった。
「カーーーイ!! 待ってよぉ〜!!」
「待たねぇ!! お前、何も待ったことねぇだろ!!」
カイは周囲を見回し、
逃げ場を、
希望を、
精神の安全地点を必死に探した。
そして──見えた。
灯台。
高い。
古い。
放置されている。
つまり──
選択肢が尽きた人間には完璧な場所。
「灯台だ!!」
カイが叫ぶ。
「よし!! あそこに登れば……さすがに追ってこられない!!」
カイはアスリートのような速度で走り出した。
いや、恐怖に取り憑かれたアスリート。
リュウナは進行方向を見て目を輝かせた。
「わぁぁ! カイ、高くてロマンチックな場所に連れてってくれるの?」
「デートじゃねぇぇぇ!!」
「じゃあ逃げ儀式?」
「それでもねぇぇ!!」
カイは灯台の扉を勢いよく開け、中へ。
そこには果てしなく続く螺旋階段。
だが登った。
登った。
登った。
命がかかっているので、登るしかなかった。
下ではリュウナが灯台に入る音。
巨大なのに足音が軽い。
そしてもちろん──
魚の天ぷらを持っている。
「カーーーイ……いま上に行くからねぇ……♡」
灯台の反響でその声がホラー3倍増。
「やだぁぁぁ!! 灯台の中で歌うなぁぁ!!」
カイは上から絶叫した。
彼は登り続け、
脚が燃えるほど、
魂が抜けるほど、
人生のすべてを後悔するほど登った。
そして──頂上へ到達。
景色は美しかった。
海が光り、
月が優しく照らす。
カイは深呼吸した。
「お、OK……ここなら……さすがに……来れ……」
ギ……ッ。
階段が震えた。
カイは石像のように停止。
ギギ……ギギギ……
「カーーーイ……♡」
声が、異常に近い。
カイは階段の穴をのぞき込んだ。
そして見た。
リュウナが……
登ってきていた。
しかも──
浮いて。
そう。
階段に足をつけずに浮かびながら上昇中。
巨大な青い風船のように
ゆっくり、ほほえみながら。
カイは絶叫した。
「灯台の中で飛ぶなぁぁぁぁ!!!?」
「うん♡ 階段って遅いから。」
「じゃあなんで俺は必死に走って登ったんだよ!!」
「人間の求愛行動だと思ってた♡」
「ちげぇぇぇぇ!!! 求愛じゃねぇ!! 絶望だ!!!」
リュウナは頂上に到達。
カイは後退しすぎて壁に背中をぶつけた。
逃げ場ゼロ。
窓はあるが、死が見える高さ。
出口なし。
人生の逃げ道もなし。
ただ彼女だけ。
そして魚。
リュウナは数センチの距離まで来て、
暴力的な優しさを放つ瞳で見つめてくる。
「カイ……息が荒いよ……♡」
「恐怖だよリュウナ!!!」
「恋のドキドキだと思った……」
「違ぇぇぇ!!」
リュウナは胸に手を当てた。
「私ね、初めてあなたを見たとき……
ここが熱くなったの。」
胸を指差す。
「ここも。」
頭を指差す。
「ここも。」
お腹も指差す。
「でね、思ったの。
“あ、この人間ほしい”って♡」
カイは震えた。
一瞬だけ、言葉を失った。
そのあと彼女はさらっと言った。
「あと、あなたの“しょんぼりした雰囲気”が可愛かったの♡」
「やめろぉぉぉ!!
そんな可愛い顔ですごいこと言いながら噛もうとするなぁぁ!!」
リュウナは腕を広げた。
「カイ……灯台のてっぺんで二人きり……
今がベストタイミングだと思うの……♡」
カイは震えた。
「な、何する気だよ……?」
彼女は微笑んだ。
それは新たなカオス世界の扉が開く微笑み。
「……やっと逃げるのやめて、
私に“印”をつけさせて♡」
カイは窓に走った。
「死んだほうがマシだぁぁぁ!!」
「大丈夫だよカイ、水あるし♡ 下に落ちても死なないよ♡」
「そういう問題じゃねぇぇぇ!!」
カイは窓枠にぶら下がり、
風に揺れる人間フラッグ状態。
リュウナはゆっくり近づく。
「降りるの手伝おっか?♡」
「いらねぇぇ!!」
「抱っこする?」
「もっといらねぇ!!」
「じゃあ、ここで印つけ──」
「だめええええええ!!!」
そしてまた。
カイは飛び降りた。
逃げた。
走った。
そして彼女は──
また追ってきた。




