第13章 — 見えないロープの罠(ただし“黒いだけで”暗闇に溶けていただけ)
カイは、もう何分、何時間、何日、
あるいは宇宙誕生からずっと走り続けているのか分からなくなっていた。
分かっていたのは3つだけ。
1. 自分は疲れている。
2. リュウナは全然疲れていない。
3. 彼女の魚は今や完全な天ぷらである。
砂浜には足跡、小麦粉、壊れた小屋の残骸、
そして心の傷が散乱していた。
強い風が吹き、白い粉を空に舞い上げ、
同時にカイの正気も吹き飛ばしていく。
そんなとき──彼はそれを見つけた。
倒れた屋台のそばに落ちていた一本のロープ。
黒いロープ。
とても黒い。
そして深夜の暗闇では……
ほぼ見えない。
カイは笑った。
完全に壊れた人間の笑み。
「これだ……今しかない……!」
「カーーーイ……」
背後から声がする。
「待ってぇ、まだ目の小麦粉ふき取ってるの〜!」
カイはロープを掴み、
片方を倒れたヤシの木に結び、
もう片方を別のヤシの木に結んで、
思いっきり引っ張った。
ロープは絶妙な高さ。
“誰か”が完璧に引っかかる位置。
致命的な障害物。
優秀な罠。
天才的発想──
──もしくは完全なアホの産物。
カイはヤシの木の陰に隠れた。
「よし……あとは彼女が──」
ドォォン。
リュウナが走ってきた。
まだ小麦粉が体についており、
部分的に白く、
そして完全にテンションが高い。
「カイィィィィィ!!!」
彼女は空気を噛みそうなほど大きな笑顔。
カイは息を止めた。
彼女は走る。
走る。
走る。
ロープへ向かって──
カイは心の中で叫ぶ。
“今だ……今だ……今だァァァ!!!”
そしてリュウナはロープを──
通り抜けた。
ロープは彼女の身体をすり抜け、
煙のように無意味に揺れただけだった。
カイの目が飛び出しそうになった。
「はあああああ!?!?」
リュウナは振り返り、
不思議そうにロープを見た。
「カイ……こんなところにヒモ置いたの? 飾り?」
「違う!! 罠だ!!!」
「ああ〜〜〜!」
彼女はパン粉まみれの髪をふわっと揺らした。
「でもなんでこんな低い位置に縛ったの?
人間がつまづいちゃうよ?」
「そこが目的だよ!!」
「カイ、つまづきたいの?」
「違う!!」
「じゃあなんでそんなことしたの?」
カイは膝から崩れ落ちた。
「お前につまづいてほしかったんだよ、リュウナ!!!」
リュウナは3秒ほど考えた。
そして言った。
「そっか!」
「“そっか”ってそれだけ!?」
「だって私、小さい障害物にはつまづかないよ?
つまづくのは……ビルとか、船とか、山とか……
もっと“理にかなった”大きいものだけ。」
カイは自分の顔に砂を投げつけた。
「もう無理だ……」
リュウナが近づいてきた。
ふわりと浮かぶように。
白い粉が雪のように舞い落ち、
天ぷら小魚がカオスのマスコットのように揺れる。
「カイ……大事なこと聞いてもいい?」
「ひっかくのも噛むのもダメだぞ。」
「違うよ。」
「じゃあ何だよ……」
リュウナは少し頬を赤らめ、
致死レベルの可愛さと恐怖を混ぜた笑顔で言った。
「カイが逃げるのって……
私の“パートナー”になるのが怖いから?」
カイは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ迷った。
その一秒で、リュウナは“致命的にかわいい笑顔”を浮かべた。
「もしそれならね……
待ってあげるよ♡
数秒くらい。
もしかしたら……二分くらい。
そしたらすぐ印つけるね♡」
「いやあああああああああ!!!!!」
カイは再び走り出した。
リュウナはまた全力で追いかける。
そして黒いロープは──
誰にも引っかからず、
ひっそり、虚しく、孤独に揺れていた。
完全に、Kai の計画そのものを象徴する存在として。
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