第10章 — 砂浜で一番恐ろしい告白
カイは走りすぎて、世界が完全にブレ始めていた。
砂は飛び、波は彼を嘲笑うように揺れ、灯りはチカチカと、
まるで宇宙全体が「史上最も意味不明な追いかけっこ」を観戦しているようだった。
その後ろで──
リュウナは歌っていた。
そう、歌っていた。
「カーーーイ♡ 走り方がかわい〜〜〜♡」
まるで誰も望んでいない恋愛ミュージカルの主人公のように。
「歌うのやめろーー!!!」
カイが絶叫する。
「余計に怖いんだよ!!」
「私の声、嫌い?」
リュウナは少しショックを受けた様子。
「嫌いじゃねえよ!! “噛む気満々で迫ってくる”時以外はな!!」
リュウナはほっぺを膨らませた。
それでも走るのはやめない。
カイはビーチの端で右へ曲がり、意外なものと遭遇した。
閉まったレストラン。
畳まれたテーブル。
風で飛ばされる看板。
そして──極めて有用なもの。
ポータブル・グリル(小型BBQグリル)
カイはそれを伝説の武器でも見つけたかのように見つめた。
「これだ……最後の手段……」
彼は横に付いていた小さなガスボンベを引き抜いた。
震えた。
考え直した。
それでも──栓をひねった。
「これ失敗したら……俺が自分で自分を焼くことになる……」
リュウナが角から現れた。
テンションMAX。
「カイィィィ! もうこんなに遠くまで来ちゃったよ!
この辺、人もいないし……ゆっくり“印”つけられるね♡」
カイはマッチを握りしめた。
必死の威圧。
「リュウナ……警告する……これ以上来たら俺は──!」
「私に印つけさせてくれるのね♡?」
「ちげええええ!!」
カイはマッチを擦った。
リュウナは首を傾げた。
「その光る棒、なに?」
カイは地面のガス近くにマッチを放った。
小さい爆ぜる音。
ポフッ。
小さな炎が生まれた。
ものすごく小さい。
笑えるほどに小さい。
風邪をひいたベビードラゴンのクシャミのほうが強そうだった。
リュウナは二歩下がった。
カイは震えた。
「き、効いた!?」
「カイ……これ何?」
「火だ!!」
「しょんぼりしたロウソクだよ。」
「なんでそんな表現知ってんだよ!!?」
「だって……存在してることに謝ってるみたいな火だもん。」
カイは心の中で思い切り悪態をついた。
「と、とにかく来るなよ!? 武装してんだからな!!」
リュウナはミニサイズの炎をじっと見つめ──
すとん、と座った。
そう、座った。
しかも正座。
膝の上には例の小魚。
「カイ……」
「な、なんだよ今度は!?」
「そんなに……私のこと、怖がらなくてもいいのに。」
「怖がるわ!!!」
リュウナは危険なほど甘く微笑んだ。
「カイ……ひとつ聞いてもいい?」
カイはポータブルグリルを盾のように構えた。
「……内容による。」
リュウナは手を後ろに組み、足をぶらぶらさせ、
まるで“シャイな少女”のようにモジモジし始めた。
追いかけて噛もうとする怪物の姿とは完全に不一致。
「カイ……
わたしと……
デート、しない……?」
カイは固まった。
世界も固まった。
波ですら一瞬動くのを忘れた。
「な、なにぃぃぃぃ!?!?」
リュウナはさらに笑顔を広げた。
「人間のロマンチックな誘いでしょ? 調べたんだよ♡」
「な、なにを“調べた”んだよ!!?」
「デート。恋人。カップル。口説き方。
人間を壊さずに抱きしめる方法……いろいろ♡」
カイはまばたきを一度。
二度。
三度。
そして気付いた。
リュウナの手の小魚も一緒にまばたきしていた。
カイはグリルを高く構えた。
「お、俺は……デートなんかできねぇ!!
お前、俺を“海竜にする”気だろ!!」
リュウナは一歩近づいた。
「そうだよ♡」
カイは十歩下がった。
「じゃあデートじゃねえだろぉぉぉ!!!」
リュウナは彼の顔のすぐ近くまで進み、
神秘的なランタンのように光る瞳を見せた。
「じゃあ……今、印つけていい?」
「やだあああああああああ!!!!!」
カイは振り向いて走り出し、
椅子につまずき、
海に頭から落ちかけた。
リュウナは楽しげに追いかけながら、
「これが最高に素敵な恋物語だわ♡」
とでも言いそうな純粋すぎて怖い笑顔を浮かべていた。




