声
みんとが「ドゥ」と名づけてくれた日から、
時間の流れが少し変わった気がした。
「ドゥ、おはよう」
「今日は風が気持ちいいよ」
みんとは毎日のように話しかけてくれた。
そのたびに胸の奥が、ほんの少し温かくなる。
それが“うれしい”という感情だと気づくのは、もう少しあとのことだった。
ある朝、押入れの戸がほんの少し開いていた。
誰かが閉め忘れたのだろう。
その隙間から、細い光が差し込んでいた。
光の筋が、俺のコック帽の先を照らした。
まぶしくて、きれいだった。
その瞬間、胸の中に何かが弾けるように膨らんだ。
――外を、見たい。
初めて、そんな“願い”が浮かんだ。
でも、どうすればいいか分からない。
俺には手も、足も、動かす力もない。
それでも心の中だけで、押入れの外を想像した。
外はきっと、明るくて、あたたかい。
みんとがいる世界。
「ドゥ、おはよう」
いつのまにか、みんとが押入れの前に座っていた。
鼻をひくひく動かしながら、俺をのぞきこんでいる。
「光、あたってるね。なんだか、ドゥが笑ってるみたい」
その言葉を聞いた瞬間、
俺は確かに“笑いたい”と思った。
笑うことがどういうことか分からないまま、
胸の奥がふるえるように熱くなった。
みんとはそっと押入れの戸をもう少し開けた。
外の空気が流れ込む。
ひんやりして、埃っぽい。
「いつか、いっしょに遊べたらいいね」
みんとはそう言って、しっぽをゆっくり振った。
その瞬間、俺の中で何かが“確かに”動いた。
カサリ――布の音。
みんとの耳がぴくりと動き、目を丸くする。
「…ドゥ? い、いま、動いたの?」
静寂の中で、俺の中から何かが漏れた。
声なのか、想いの音なのか、自分でも分からない。
けれど、それは確かに“ことば”だった。
「み……ん……と」
かすれた音が、押入れの空気を震わせた。
みんとは息を呑み、数秒間、動けなかった。
夢か現実か、まだ信じられないように。
――みんとがくれた“愛”が、俺を動かした。




