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第2話 名前をもらった日

押入れに来てから、どれくらい時間が経ったのかは分からない。

静かな押入れの中で、ただ転がっていた。


聞こえるのは、ときどき流れるテレビの音と、家族の笑い声や話し声くらい。

そのたびに、押入れの中の空気がわずかに震えた。


そんなある日だった。

どこからか、小さな声がした。


「ねえ……そこにいるの?」


最初は、夢でも見ているのかと思った。

ぬいぐるみのはずの俺に、声をかける存在なんているはずがない。


それでも、その声は何度も続いた。

日が変わっても、週が過ぎても。

毎日のように、押入れの隙間から、やさしい声が届いた。


「おはよ!」

「お母さんと散歩行ってきたんだ!外、あったかいよ」


俺はただ、聞くだけだった。

言葉の意味を理解していたわけじゃない。

けれど、その音の響きだけは、心地よく胸に残った。


声の主は、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルの「みんと」だった。

押入れに顔をのぞかせるたび、何度も何度も自己紹介をしてくれた。

大人しい子で、ほとんど吠えない。

いつもそばに寄り添うように、静かに話しかけてくる。


ある日、みんとは押入れの前でテレビを見ながら、ふと俺のほうを見て言った。


「ねえ、君に名前があったほうがいいと思うの。

 “ドゥ”ってどう?」


突然の言葉に、胸の奥が小さく動いた気がした。


「テレビでね、料理のCMに“なんとかドゥ”って商品があったの。

 君、コック帽かぶってるでしょ? それで、なんか料理つながりでいいなって思って」


みんとは、ふわりと尻尾を揺らして笑った。


「それに、“do”って、“動く”とか“はじめる”って意味もあるんだって。

 君も、なんだか動き出しそうな気がするの。

 動いて、私と友達になってほしいな」


その言葉が、静かな押入れの中でやけに鮮明に響いた。


何かが、少しだけ確かに動いた。


俺はそのとき、初めて――「考える」という感覚を、ほんのわずかに手に入れた。

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