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人を不幸にする者、殺されて他人を幸せにする

「や、やめてくれ、命だけは」

「悪人を助けるわけないだろ」


 八代やしろは銀のナイフを男の首筋にそっとあてた。


「ひっ!」


 多くの警察官と野次馬がいるなか、恐ろしい殺人が実行されようとしていた。男はすでに腕の皮膚を切られ、わずかに出血していた。


「俺はお前なんて知らない…だから助けてくれ!」


 八代は無表情でたずねた。


「お前が過去に犯した罪を今すぐ言え。ちょうどテレビ局のカメラがきたところだ」

「だから! 俺は罪なんて犯してない!」


 八代は軽くため息をつき、諦めたようにつぶやいた。


「お前に殴られた人間は少なくとも七人いる。その一人はお前の暴力で耳が聞こえなくなった」

「……!」


 男の瞳孔が開いた瞬間、八代はナイフをもつ手をすばやく動かし、脇腹に刺した。


「ぐっ!」


 周囲から悲鳴が上がった。警察官が「手を挙げろ!」と叫ぶ。野次馬の一人が茶化したように声を上げた。


「正義ヅラした殺人鬼!」


 威勢のいい警察官が続く。


「発砲許可が出た! 今すぐ手を挙げろ!」


 八代は「フン」と笑い、刺された男のネクタイをひっぱって言った。


「俺を殺せるとでも? この男を見て?」


 八代を撃とうと銃を構えた警察官たちも、渋谷のスクランブル交差点で群がる大衆も、それが不可能であるとわかっていた。


 なぜなら……。


 神聖とも表現されうる光の十字架とツタによって、男は羽交い締めにされているからだ。


 十分ほど前、交差点をわたっていた八代は突然この十字架を『降臨』させ、突然男を縛りつけたのだった。


「渋谷で遊んでいるゴミクズども! 今から起きる愉快な現象を見ておくがいい!」


 そう言うや、八代は手のひらを南西方向の上空にかかげ、なにかをつかんだ。


 それは一発の銃弾だった。


「この地球上で俺を抹消できる人間は存在しない」


 八代は銃弾を哀れな男の目に近づけ、そして、ゆっくり入れていった。


「うがあああ!」


 銃弾はまぶたの裏にねじこまれ、八代の爪は眼球を容赦なく傷つけた。


「きゃああああ!」


 多くの衆人が叫び、一人の警察官が不意に発砲した……が、八代の胸元からスッと出た黄金の波が超高速の銃弾をつかみとる。


「生中継を見ている蛆虫ども。今から本物のエンターテインメントを楽しむがいい」


 八代はナイフをもつ手を勢いよくふりまわし、男の首につきたて、すぐに抜いた。


 ぷしゅううう……。


 おびただしい血が噴き、周囲を赤く汚した。八代はすでに男のもとを離れ、数十メートル離れたところでカメラを構えていたスタッフに近づいた。


「赤城さん! なにしてるんすか!」


 番組のスタッフが赤城というカメラマンの肩をつかむが、赤城はとりつかれたように動かない。八代は一歩、また一歩とカメラに近づき、他の番組スタッフと野次馬は叫びながらその場を離れた。


 八代はカメラの前に立った。


「なるほど、どうりでテレビ局は腐りきっているわけだ」


 八代は腕を組んで言った。


「視聴率のためなら殺人までも放送するか。どこまでも腐りきった連中め」


 赤城は黙っていた。そして頬を醜悪に歪めて笑った。


「なにがおかしい」

「……」

「なにがおかしい!」


 八代が声を荒げると、赤城はぼそっと言った。


「やっぱりいたんだ、文明人……」


 その声はカメラに拾われ、新宿の巨大スクリーンの前で殺人を見届けた大勢の凡人に届いた。彼ら彼女らのなかに、ひそひそと話をする者たちがいた。


 渋谷の交差点に立つ八代はしばらく沈黙した後、片手を腰にあてて言った。


「俺は文明人じゃない。『文明の代理人』だ」


 赤城は震えて言った。


「ヤクザも警察も国も、誰も文明人を殺せない。文明人は地球人より優れている……! 人類はクズ……人類はクズなんだ」

「ああそうだ。クズだから殺すんだ。クズを殺してなにが悪い?」


 八代はテレビに顔を近づけた。


「これを見ているクズども。そうだ、お前だお前。人の不幸を笑っているお前だよ。貴様らが他の哺乳類を見下し、チンパンジーの社会を文明とみなさないように、宇宙に存在する『文明』は地球を文明とみなしていない」


 八代は赤城からカメラを奪い、カメラを地面に叩きつけた。


 八代は怯える赤城の前に立ち、冷酷につぶやいた。


「俺は悪人を公開処刑し、地球の文明を浄化する」


 奇跡的にカメラは破壊されておらず、八代と赤城を絶妙な構図で録画していた。


「悪行をなしたゴミクズを一人ひとり、生きたまま解剖して殺していく。どうだ? 寝転がって悪口を書くよりよっぽど楽しいエンターテインメントと思わないか?」


 八代は胸ポケットから折りたたみのカッターをとりだし、ゆっくり開いた。

 赤城はニタアと笑いながら、八代の一挙手を見ていた。


「貴様のログがとれたぞ、赤城……」


 恐怖で腰を地につけている赤城に、八代は不気味な笑みを投げかけた。


「貴様は大衆のために何十年も写真をとり、記事を捏造してきたそうだな」

「大衆はクズなんで」

「ふむ……」

「クズはゴミを食べると言いますし」

「そんな言葉、俺は聞いたことがない」

「クズは殺人も楽しむと言いますし」

「なるほど。じゃ、死ね」


 一秒もかからず、赤城の首は深く切られた。

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