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File3:事故と、共鳴?



 アーサーがコントロールパネルを動かすと前面に術式が走り、ゴゥンと重たい音が響いた。中央の機関部に薄らと明かりが灯っており、思いの外駆動音が響く。



「結構大きいな!?」

「と、思うでしょ。どうぞ」

「……ああもう」



 目を奪われそうになるほど優雅な仕草のアーサーに促され、観念したレッカは大股で上部へと登った。


 

 魔力制御を担う上部座席は概ねブラックポーンのそれと同じようで、細身の座席に跨りやや前傾で搭乗するものらしい。コントロールパネルの代わりに、術式と思しきエングレーブが彫られた横向きのパイプハンドルのようなものが、左右の手の位置に取り付けられている。



 

「これ、操縦用じゃないんすよね」

「炉心との接続部です、握って詠唱すると起動します」

「詠唱?」

「まずは|接続<コネクト>と」

「......【接続(コネクト)】」



 

レッカは怪訝な顔でハンドルを握り、言われた通りに詠唱する。すると、キィンと高い音と共に振動が急に止んだ。目の前の機関部カバーの透明部分に、徐々に赤い光が満ち始めている。機関部は完全に動き出したらしい。


「......!」


 それだけではなく、レバーを通して術式の光がレッ力の左右の手に走り出した。思わず反射で離そうとしたが……どういう訳か外れない。

 それどころか、腕を通って身体全体にまで光が走っていく。

 

「ちょちょちょっ、これなにッ!?」

「どうしました?」

「くッ!?」


 

 次の瞬間、ぱちん、とレッカの目の前に赤い光が走る。それは膨れ上がるように徐々に大きくなっていき、断続的に跳ねるように、不規則に弾けはじめた。

 

 何が起きているのか、レッカにはわからない。離れようとして手足をばたつかせて抵抗するも、まるで流れ込んできた魔力が自分を座席に縛り付けようとしているかのようだ。そして今度は、指先からじわじわと炙られているかのような感覚が襲いかかってくる。


 


「あ、ちょ、おお、おア!?あ!?」

「何だ!?どうしましたレッカさ、んんッ!?」



 そしてその光は、コントロールパネルを通してアーサーにも向かって弾け出す。


「ぐぅッッッ!?《これはッ……まずい、魔力が……!!》」

「あがっガっがッ……が、ァ!?」

 









「ファフニールエンジン、マギア数値が急速に基準値突破しました!」

「搭乗者への負荷確認急いで!」

「魔力オーバーフローしてんのかこれ!?」

「あの女憲兵いきなり繋ぎやがったのか!?何してやがる!」

「ああ!?誰だウチの隊員にケチ付けたの!?」

「無駄口叩いてないで出力調整急いで!」

「これ調節弁触れんのか?」

「誰かハンガー内部確認してこい!」



 オペレータールームは騒然となっていた。

 通信機越しにレッカとアーサーの悲鳴が聞こえ始めると、機動警務課のオペレーターとメカニックに加え、マイルズセキュリティの関係者が詰めていた一角は大慌てしだした。

 怒号が飛び交いながらも両サイドのエンジニア達が数々の計器を食い入るように見つめ、外部からのコントロールを試みている中、課長のアルベールはじっと二人のバイタル数値のモニターを見ていた。

 


「か、課長……呼び掛けるべきですかね、コレ……」



 先刻の任務でオペレーターを務めていたアンスライの若い女性が、おずおずと進み出てきた。先程までは通信越しにレッカと軽口を叩き合っていたようだが、今は尻尾を丸めて不安げな顔で通信機の方を目で示す。

 場合によっては呼びかけようと思っていた所の申し出。レッカ当人が思うより周りに慕われていることに、アルベールは少し安心していた。



「そうだね、呼び掛けで意識取り戻すかも」






*






「ぐぅっぅぅぅゔ………!!」




 コックピット内部に二人の悲痛な呻きが響いている。

 内側から焼かれるような強烈な痛みは、身体の強いドラゴニルでも思いダメージだ。それでもアーサーが意識を保てているのは、おそらく直接エンジンと接続していないからだろう。

 なら決して身体の強い種族ではない上に、直接エンジンに繋がれた彼女は。そう思った途端、これまで感じたことのなかった焦りが、アーサーの中で生まれた。



《まずいまずいまずい!!どうしたらいい、こんなの最初のテスト段階では……言ってる場合か俺!》



 レッカを助けようと立ちあがろうにも、空間内に満ちた魔力が枷のように重くのしかかり、アーサーの体内ではダメージを与え続け目の前に赤い火花を散らせている。この状態が進行すれば、レッカもアーサーも魔力に焼き尽くされるのは必至。それどころか、ファフニールが魔力暴発(オーバーマギア)で軍警察の施設を吹き飛ばす可能性さえある。

 このままでは共倒れだ。




「レッカ・コウガさんッ……レッカ、ざんッッ!!起ぎてッッ!!」

「ぁ……ぐぇっ……ぅ゛っ……」


 アーサーが呼びかけても、返ってくるのは呻き声。ソレも徐々に弱まっているのは明らかだ。心なしか焼けるような臭いが立ち込めてきており、益々アーサーは動転する。このままでは直接エンジンと繋がる彼女から焼き尽くされてしまう。




『コウガ君、聞こえるかい』




 そう思った時、通信機構からゆったりと落ち着いた声が流れ出した。アルベール・マレー課長だ。



「な、にっ……?」

「っぁ゛……ぐ……!」

『嫌なタイミングだが、出動要請だ。|()()()()()()?』



 最悪な事態。

 と同時に、アーサーはこの男は何を言っているのかと愕然とした。



「なにを゛、言ってッ……!!」

『すまないMr.マイルズ、私はレッカ君に聞いている』

「…………ふぅ゛ゥゥ…………」



 荒らげた声に返される、冷徹な返答。先程の物腰柔らかな紳士とは思えない声に、アーサーは言葉を失う。

 しかし、次の瞬間アーサーは、後ろから先ほどよりもしっかりとした呼吸を感じ始める。まるで盛大な溜息のような、魔獣のブレスのようなその呼吸の後で、徐々に生命力が巡るような息吹を感じた。



《ああ、ちくしょう、このままあっちに逃げてっていう気だったのに》

「……え!?」



 急にはっきりとした声が、アーサーの耳に届いた。それは確かにレッカ・コウガのものだったが、先程まで虫の息だったとは思えないほど鮮明な声だ。

 事実、今現在アーサーの後ろから聞こえる呼吸音は荒いままで、声を出せているとは思えない。



《ドラゴニルのお兄ちゃんは兎も角、憲兵の私が情けなく焼け死んでんじゃねぇと仰るのね、上官殿はよぅ……》

「ぃっ!?」



 ズンッ……と大きく脈動するような音が響いた。

 ひとりでに動いた、訳ではない。あれほど喉まで焼き焦がされそうな熱量に支配されていたコックピットが、まるで生き物が脈動するかのような魔力の息吹が満ちて、エンジンが稼働しているのだ。




「【ここに名を示す 私はレッカ、焔の子 風に乗って舞い上がり、自由と秩序の力を示すもの】」

《! 契約の詠唱!教える前に唱えてる……!?》


 一瞬どこかで、大きな龍の咆哮が轟いた気がした。



「フーッ……いーからさっさと従いなさいな!」



 次の瞬間、先程と違う柔らかな魔力光がコックピットに走り、そして再び静かになった。

 息苦しさは、もう感じない。

 


 「ハァ……ッ。マイルズさん、ご無事ですか」

 「ぶ、じ、ですけどっ!貴女こそ、大丈夫なんですかッ!?」

「あー、わからないけど若干焦げたかもコレ」

「焦げ!?いやいやそんなもんじゃ、」



 思わずアーサーは立ち上がって振り返ると、そこにはケロっとした顔をしたレッカが着席していた。若干顔に疲れは浮かんでいるのと、ショートヘアの髪が若干焦げたような痕跡がある以外は、見た目は全くの無事である。魔力制御桿からは手を離していたが、その顔にはファフニールとの接続を意味する術式が、柔らかく光を放って浮かんでいた。



「成功、したんですね」

「そうみ、たい?……というか、続けて呪文必要なら教えて下さい」

「いや、まさか接続してすぐああなるとは思わなくて……というかそうだ出動!」

「……ウーン」



 安堵したのも束の間、先程の通信を思い出して焦り出すアーサーを前にレッカは渋い顔をした。そして少し考えると、不意に声を出す。



「マレー課長、もしかして“また”嘘ぶちかましました?」

『ワハハ!正解』


 すぐさま気の抜けた声が返ってきた。後ろの方で「よかった」「通報も受けてないのに何言い出すのかと思ったら……」とオペレーターたちの声が聞こえ、ようやくアーサーも意図を理解した。

 


「……緊急事態に対応する為に……?」

『というより、居眠りしがちなコウガ君を起こす時の常套句なんだよ。貴方も覚えておくといいですよ、フフフ』

「は、はぁ……」


 そういえば報告では素行がいい隊員ではないとされていたんだったか。憲兵らしさからなのか、それとも元来真面目な性質なのか。


 

「へーへー悪うございました 《あンの狸親父余計な事を!》」

「ははは、狸ですか」

「……え?」

「え?」

『うん?どうかした?』


 和やかだったコックピットに、今度は氷河が到来した。凍りついた顔のレッカと、違和感に気付いたアーサー。通信機越しのアルベールの問いかけに答えられずにいる中、向こう側からはメカニック達の騒がしい声が大きくなり始めていた。



《…………マイルズ、さん。もしかしてこれ、聞こえて》

《……これ、もしかして……ファフニールの契約者(パイロット)になったから…………?》



「「〜〜〜〜ッッッ!!!!!」」

『あの〜、二人とも大丈夫?バイタルチェックあるから一旦降りてきてもらいたいんですけど?おーい』



 声なき悲鳴が響き渡る中、上司の心配の声だけがコックピットに流されていった。

 




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