File1:憲兵の女、スーツの男?
機械魔法都市「メカノドラギア」の夜は、どこか濁っている印象を持たれやすい。
空から落ちて散らばった星のようなピンクと青と黄色のネオンが街に瞬き、空まで届きそうなビルからの白は、その灯りとも違う待機中に漂う魔力の、小さく青白い瞬きに照らされていた。
『ヴェルム4、聞こえますか』
魔力通信機からの音声が、狭いコックピットに響く。半天球型モニターから見える夜空から目を逸らし、ヴェルムアーマーのパイロットの女、レッカ・コウガは緩く口を開いた。
「ふぁい、こちらヴェルム4」
『……あからさまな欠伸は抑えてください、レッカ先輩』
「眠いのに明かりが目に痛いもんだから、寝落ちできなくて欠伸出るんだよぅ」
『勤務中ですよ!』
通信相手は新人オペレーター、確か猫型のアンスライ族だったろうか。加入して少し経ったはずだが、先輩相手にも呆れを隠さないその様子に、レッカは内心苦笑いした。
『レッカ先輩、本当にヴェルムアーマー部隊のエースなんですか?』
「そんなわけありません。誰がそんな事言ってたんですか」
『そりゃ、マレー課長ですよ』
「……何言ってんだあの人」
レッカの脳内に、上司である耳長なスピリット族の呑気な笑顔が浮かんで、思わず眉間に皺が寄る。面倒臭がりのレッカにとっていい迷惑だが、気遣いのつもりなのだろうか?
ヴェルムアーマー、魔力武装としては大掛かりな装備である。今レッカの乗っている“ブラックポーン”もその一つだ。4,5m程の黒い鎧の歩兵は、夜の明かりに照らされて軍警のエンブレムと共に鈍く輝いている。
「どう考えたって木端のヒューマリアがそんな評価受ける訳ないでしょ」
『ですよね〜……って、アレ!?ちょっと、なんかそっち被疑者来てません!?』
「おん?……片方スキンヘッドの二人組のネクロマンサー、だよね?なぁんか、むちゃでっかいゴースト連れてるんですけど」
言いながらレッカは対象に向かってブラックポーンを進めながら、腰部に取り付けられたスタンバトンを抜いた。
揃いの黒いフード付きトレーナーを被った二人組の仮面には、びっしりと描かれた禍々しい術式が蠢いている。二人組の側にいた、4m程はありそうなドクロ面のゴーストを従わせる為のものなのは、間違いなさそうだ。
『照合取れました。二丁目の銀行強盗ネクロマンサーで間違いありません!確保をお願いします!』
「了解〜。……あーあー、こちら軍警です。そこの二人組、止まりなさい。魔力武装違法所持の現行犯です」
気怠気な声で警告を発し、ライトに照らされた強盗達が立ち止まる。くそっ、どうすると目を合わせる二人組に対して、ゴーストだけが何も動じる様子を見せていない。
「チッ……」
「女のお巡りか……そんなもんに乗っておいて、偉そうな口聞くな!!」
言うが早いが巨大に見合わない程の速さで、ぬるりと尾を引くようにゴーストが飛びかかってくる。
レッカは迎え撃つ構えを取ると、コントロール盤を手早く動かす。スタンバトンを起動すると即座に操縦桿に切り替え、間髪入れずにドクロの額目掛けて叩き込んだ。
雷属性、ではなく太陽属性の術式加工をされた専用装備の一撃は、ゴーストがドクロの口を大きく開けて悶絶するほどの痛みを有する。
【〜〜〜ッッ!!!】
「抵抗はやめなさ〜い。ほら、お兄さん達にもダメージいってんじゃない」
「ギッ!?」
「く、クソッ……」
見れば、二人組のつけている面がモニター越しでも目に見えて震え出しており、彼らも徐々に身体を重たげに踏ん張りはじめている。
「死霊術は跳ね返りがキツいんだよ。ほら、さっさとソレ取ってお金も返そうね」
「〜〜〜ッくそぉ……!!」
レッカの諭す言葉に悔しげな顔をする強盗二人組は、観念して苦しみながら仮面を外そうとする。が、男達が手を掛けた仮面はギチッ、ギチッと音を立てるばかりで、外れる気配を見せない。
「な、なんだコレ!?外れな、」
「う、嘘だろッ なんだこれぇ」
「……何!?」
『えっ!?』
不意に、弱っていたはずのゴーストがズズッと不気味な音を立てる。次の瞬間、黒い鎧越しにも届く程の殺気を感じ、思わずレッカは強盗達を庇うような立ち位置に機体を下げた。
「仮面から手を離して!暴れるな!」
“生命力を吸われている”
そう予測した上でのこの声掛けだが、そうであるならば本来は、目の前のゴーストを問答無用で排除にかかるべきだろう。
しかし目の前のゴーストから漏れ出す異質な殺気が、レッカの手を思わず止めた。軍警の一員、そして魔法師の端くれとしての勘が、これまで感じた事のない異常事態を感じ取っている。下手を打てば、強盗達を無碍に死なせる可能性さえよぎったのだ。
「オペレーター!数値どうなってる!?」
『対象ゴーストのマギア量上昇しています!!加えて、術者の生命力低下状態!』
「術式のリンク状況読める!?下手に手出しすると術者が死、」
『随分悠長ですね』
その通信が聞こえた刹那、発砲音と共にゴーストの横面へ何かが突き刺さった。
「ぁあ゛!?」
『ちょ、“聖光弾”ッ!?』
何発かのまばゆい光の塊が着弾した先から、ドクロの顔がみるみるうちにしぼみ倒れて、消失していく。強烈だったドス黒いオーラもするすると消えていき、代わりに後ろから聞こえていた強盗達のうめき声は、落ち着きを取り戻していった。
『術者のバイタル、安定しました!ヴェルム4、被疑者確保を』
「……それはいいんだけどさ、オペレーター。あのブラックポーン…………誰の?」
レッカは少し離れた場所を睨む。街灯の下には、レッカとおなじくブラックポーンが一機、真っ直ぐに支給装備のハンドガンを構えている。銃口の先には、レッカの後ろでぐったり座り込んでいる強盗達が居た。
『こ、こちらでは一応、軍警の所属機体となっています。でも、こちらで待機していたのはレッカさんお一人のはず!』
『あー、予備機体借りちゃいましたからね。すみません、マレー課長の承認は下りてます』
ジジッ、と割り込み通信の音が鳴ったかと思うと、名乗りもせずに聞こえてきたのは男の声。レッカは怪訝な顔をしながら、自分も慎重に支給装備のハンドガンに手をかける。
『それより、そこの方』
「あん?私?」
『どうして被疑者を庇ってるんです?一々犯罪者に気遣う必要性、あるんですか』
通信機越しに、冷たい水を浴びせかけられたような感覚だった。レッカはほんの一瞬、かっと頭に血が上りかけーーー
「……強盗でも死なれちゃ、別の面倒が増えるでしょ」
『……ふぅん』
レッカは、まるで自分にも言い聞かせるように言う。その様子を謎の男が悟ったのかはわからなかったが、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりとハンドガンを下ろした。
※
「うぅ……すみませんでしたぁ……」
「ありがとうございます、お巡りさん……」
強盗二人を駆けつけた救急車両に乗せながら、レッカは彼等には答えず溜め息をつく。身も心も細った二人については別の憲兵に引き継ぎを頼み、車両から降りた。
また夜空を見上げ、大きな欠伸をかく。
「お見事でした。……これが貴女なんですね、レッカ・コウガ隊員」
背中にかかる、落ち着いた男の声。間違いなく、先ほどのブラックポーンのパイロットだろう。
思わずレッカは顔を引きつらせたが、近付いてくる影に対して振り返らないまま、思い直して口を開く。
「憲兵なら誰だってああします。それに、たまたま上手くいっただけなの、わかってて言ってますか」
「もちろん。だとしても、貴女は最善の行動を最短距離で取っていた。俺に対してもです」
「そう。で?お宅はどちらのしょぞ、く……」
先ほどの冷たさと打って変わって軽やかな声だ。思いの外背の高い影に思わず眉をひそめると、レッカは振り返って目を見張った。
美しい白と金の鱗で覆われた肌が、仕立ての良いダブルのスーツを纏っている。しなやかなラインの背中からは金の翼が伸びており、すらりと長い首から短い金髪をゆらして、大きな顔がこちらを見下ろしている。その下の丸メガネ越しにもわかる美しい翠の瞳が、楽しげにこちらを見ていた。
「ドラゴニル!?」
すべてが龍を起源とするこの世界で、最も尊ばれる種族だ。街角でも滅多に見かける事のないその姿に、眠たげだったレッカも完全に覚醒してしまう。
その様子に、ドラゴニルの男はまた楽しげに笑った。
「ええ。……申し遅れました。私、マイルズ・セキュリティホールディングスから出向して参りました、アーサー・マイルズと申します。マレー課長からの指令で、明日より貴女のバディになります」
「……はい!?」
目に見えて楽しげに笑うドラゴニル・アーサーは目の前のヒューマリア・レッカを満足気に見据えて、名刺を差し出す。濁った灯りに、名刺とそれを差し出す両手の鋭い爪が、照らされていた。