ウッキー
ある日突然、犬がニャアと鳴いた。
続いて今度は猫がワンと鳴いた。
その現象は世界の各地で観測された。
人々は初め大いに驚き、次に腹を抱えて笑ったあと、真剣に原因を考え始めた。
けれども日を追うごとに、カラスはコケコッコー、鶏はカーと鳴き、豚はモー、牛はブー、羊はヒヒーン、馬はメエと鳴いた。
「──新種の伝染病だ」と動物学者は言った。
「──DNAの突然変異です」科学者は言った。
「──神の御業じゃ」宗教家は言った。
「──宇宙人の仕業よ!」超常現象研究家は言った。
それぞれの答えは、それぞれ根拠や証拠の面で説得力に乏しかったが、それでも各分野の専門家と彼らの言説を信用する人々の間に広まった。
人々は未だ楽観的であった。どれが本当であるにせよ、いずれ誰かが証明、解決してくれる。そう思っていたのだ。
事件の発端からちょうど一カ月後。
「また、あいつ来てるよ?」
密林の奥地で、チンパンジーの親子を撮影していたカメラマンはその声を聞いた。
「こっち見てんじゃねえよ」
動物園のゴリラの檻で、入園者はその声を聞いた。
「あー、めんどくせえなあ」
日本猿を使った曲芸の最中、観客はその声を聞いた。
混乱と恐慌が世界を駆け巡った。
人間に飼われ、人間と共に暮らす無数の猿が殺処分された。類人猿とヒトの垣根が言葉によって取り払われたとき、人々は猿にも人権を与えなければならないことを心配したのだ。
もっとも、それはどちらかというと一時的な不安であって、本当に人々を駆り立てた理由はこれだった。
つまり、この次はどうなるのだ?
予断を許さぬ状況に各国政府は国連の臨時総会を招集、早急なる解決を目指して対策チームを発足させる。しかし、研究は遅々として進まない。
その間にも、巷には「バナナを食べると早まる」というデマが流れ、それを信じた人々がインターネットへ悪意ある書き込みを始め、不買運動は展開され、バナナは店頭から消え、東南アジアのバナナ農家は先進国の活動家から焼討ちとリンチに遭い、「猿の惑星」は配信を禁止され、西遊記からは巧妙に主人公が削除され、「見ざる・聞かざる・言わざる」のある文化財が破壊され、豊臣秀吉は国辱として再評価され、猿顔の人は差別される──等々。
人々の恐怖と不安は、いまや最高潮に達していた。
誰もが疲れていた。
連日のデモと、繰り返される首脳陣の交代劇と、対策チームの無能振りに。
諦めムードが世界を覆い、皆が希望を失い始めていた。
そんなときだった。
謎を解いたという人物が現れたのは──
その中年男性は今まで一度も高等教育を受けたことがなく、科学とは無縁の一介のサラリーマンであった。人々が男の話に耳を傾けたのは、初め藁にも縋る思いからであったが、彼の言説は実に筋が通っており、万人を納得させるに足るだけの根拠もあったので瞬く間に支持されるようになった。
ついに男は、国連の臨時総会に招かれた。その模様は全世界に放送され、テレビのない地域にはラジオ、またはネット中継が行われた。
人々が固唾を飲んで見守る中、男は突然身に降って湧いた大役に困惑するかのごとく、しばし恥ずかしそうにモジモジとしていたが、やがて勇気を奮い起こすと、マイクに向って凛とした声で、
「ウッキーウッキー、ウッキッキー」
と言った。
それを聞いた人々は、称賛と尊敬を込め「ウッホホ、ウッホホ!」と喜んだ。