壱 死という出来事
地を焼く熱い炎と、ともなう轟音が、彼の目覚まし代わりであった。
寝起きの意識がはっきりしない頭で、少年は考える。
――今日こそ、俺は死ぬのか?
なに馬鹿げたこと考えてるんだ、と言わんばかりに、
少年は自らの頬を軽くつねって目を覚まそうとした。
世界は22世紀ごろから大きく変わり始めた。
現在に至るまでのおよそ三百年の間に、人類は二度の核戦争を経て、まさに今が三度目の最中である。
地上はそのほぼすべてが核により汚染され、人々はそれを避けることを諦め、
日々、銃弾と身体の二つの敵と戦い、暮らしている。
少年は元の姿形を失った窓枠に腰掛け、あったはずの街を見つめる。
もっとも、少年が生まれたときにはすでに跡形もなく消えていたのだが。
この少年の名は、生田目蕾。
生まれは東京の府中であるが、友人らとともに徴兵され、盛岡へやってきたのだった。
北部からの攻撃で北海道を失った日本は、大幅な増員で応戦し、
今現在、津軽海峡をはさんで両軍ともに膠着状態である。
蕾もまた、増員された兵のうちの一人であった。
太陽が思っていたよりも昇っていることに気づいた頃、
隣で寝ていたはずの菊池衆が目を覚まし、蕾を不思議そうな顔で見つめていた。
「珍しいね、早起きなんて」
衆は眠そうな目をこすりながら、かわいらしく整った顔を手で拭った。
「うるさくってさ。まあ起きないとまた怒られちゃうし」
「だね」
二人は談笑しながら軍服に腕を通し、
生ぬるく心地の悪い風を肩で感じながら、戦場へと赴いた。
***
蕾が覚えていたのはここまでだった。
十五年という短い人生の多くを共にした友人を、死体として目の当たりにしては、
もう頭が真っ白どころの話ではなかった。
感じる鼓動や聞こえる銃声や鼻をつく匂い、そのすべてに現実味を感じなかった。
「諸君、衆のことは残念に思う。しかし、だからこそ我々は立ち向かうのだ。理不尽に命を絶たれた味方の敵を討つ。すばらしい物語ではないか。奮い立て、お前たち。今こそ復讐の時だ」
興奮し、額に汗をたぎらせて、上官の男は言った。
蕾は心底軽蔑した眼差しで男をにらんでいる。
――何を言っているんだ。引くに引けない戦争を正当化するために、衆の死を利用するな。衆の死を汚すな。
蕾が思うに、もう世の人々は死という出来事に恐怖を抱かない。
二度の大きすぎる戦争で、
周りの人間のあまりにも膨大な数の死を見届けたせいである。
あるいは、そんな環境で生き残っている自分自身の運や軍事的な技量に皆、
過剰な自信を持ってしまっているのかもしれない。
また、国の上層部も、停滞しすぎた戦前の経済よりも、
戦争による一時的な利益を享受することを選んでいるようにみえる。
蕾の心は一つに定まっていた。
――全部、ぶっ壊してやる。この国も、世界も、全部。