コンビニの前での出会い。
人というものは自分の思い通りには動いてくれないと25にもなった俺ならとっくに知っていたはずだった。なのに迂闊だった、どうして彼女が浮気なんてするはずないなんて思ってしまったのだろう。
彼女はとても可愛く、愛想が良く、一緒にいてお互い安心できるような、俺にとってそんな存在だった。
しかし、今日彼女に面と向かって言われた「あなたといても刺激が足りない」という言葉によって、彼女は恋愛に安心を求めていなかったことを初めて知った。
浮気したのは彼女なのに、水をかけられたのは俺で、泣いたのも俺だ。
そんな惨めな俺はコンビニの前でたばこを吸っている。何も考えないように、全て忘れてしまうために。
「こんな夜なのに、男が一人でこんなところにいたら危ないっすよ?お兄さん。」
すると、突然誰かに話しかけられた。
「なんだ?申し訳ないが今虫の居所が悪くてね、君みたいなガキの相手してる暇はないんだ。」
「私のことがガキに見えるっすか?でもさっきから全然目を合わせてくれないっすけど、なんで私のことをガキだと思ったんすか?」
「喋り方だよ、いい大人はそんな言葉遣いをしない。」
「おう、それはそうっすね。一本取られました。」
「もういいか?俺は今知らない誰かと漫才じみたやり取りをするほど心の余裕がないんだよ。」
「そうでしょう、そうでしょうとも!明らかに機嫌が悪そうだったから話しかけたんっすよ!」
「は?どういうことだ?」
「私の服装を見て、何か思いませんか?」
そのタイミングで初めて、俺は話しかけてきたガキの姿を見た。
シルバーの髪を二つに結び、カチューシャを頭に乗せ、ひらひらのフリルだらけの白黒の服をきているどこからどう見てもメイド喫茶の店員にしか見えない。
「なんだ、ただのキャッチか。」
「いや違います。私はもう退勤して帰る途中なのでキャッチではありません。」
「それでも、それに準ずることをしようとしているのではないのか?」
「はへ?どういういみっすか?」
「明日来てみてくださいとか。そういう言い方をして、キャッチじゃなくて誘ってみただけだと言い張るつもりだろう?」
「まぁ。そうっすね。実際それはキャッチではありませんから。」
「生憎だが俺はメイド喫茶なんてものに興味はないんだ。」
「ええ、そうでしょうとも。あなたはメイド喫茶大好き人間には全く見えないっすから。」
「じゃあなんで話しかけてきたんだ?」
「さっき言ったじゃないっすか、あなたが明らかに機嫌が悪そうだったからっすよ。」
彼女はそう言ってニヤッとした。
「意味がわからん、どういうことだ。」
「おや、お優しいんっすね!コンビニの前でタバコを吸わないとやってられないほど不機嫌だったのにこんな私めの話を聞いてくださるなんて!!」
「帰るぞ。」
「あーごめんなさいごめんなさい調子乗りました。」
「で、なんなんだ?」
彼女はニヤニヤしながらこう言った。
「言ってしまうと、うちのお店は全席喫煙席なんすよ。」
「は?」
「うちのお店の名前は、メイド喫茶、全席喫煙席っす!!!」
「ふざけてるのか?」
「真面目です。」
いきなり真面目な顔になった。よくわからない奴だ。
「コンセプトは、普段一人で一服しているさみしいご主人様にかわいいヤニカス友達を!!っす。」
「ご主人なのか友達なのかはっきりしろ。」
「まあ細かいところは置いといて、ぶっちゃけると女の子と一対一で座って一緒にたばこ吸いながらお話ししましょうって店っす。ターゲットはズバリあなたみたいな哀愁漂わせながらたばこ吸ってるような人たちっすね。」
「別に俺は哀愁漂わせてないし、そもそも好きで一人でたばこ吸ってんだからそんなサービス受ける必要なんてない。残念だったな、お前はどうやらセールスする相手を間違えたようだ。もっと人を見る目を養ってから出直すんだな。」
「そうっすかね?私には、あなたは誰かに聞いてほしいけれどそんな誰かが知り合いにいないから仕方なくたばこ吸って、何も考えないように、すべて忘れてしまおうとしているようにしか見えませんでしたが?」
図星過ぎてぐうの音も出なかった。
「ま、無理に店に来させようとは思っていないっすから、別にいいっすけどね。ただ、なんだかたばこ吸ってるお兄さんを見ていたら私も一服したくなってきました。」
彼女はそういうと、ポケットの中からおもむろにハイライトを取り出し、ニヤッとしながらこう言った。
「ご一緒してもいいっすか?お兄さん。」