豊玉(7)
「わーい、アキハだ。アキハだー。元気してた〜、アキハ〜」
多聞初美は開葉のつむじをぐりぐりと押す。最近、初美は背が伸びたらしいので、私服のときは好んでヒールの高い靴を履いてくる。
ちょっと図に乗ってるんじゃないかと、開葉は初美をねめあげる。
「あー、また、そんな顔して〜、ほんと、アキハってば可愛いいんだからあ」
中学生の小娘に、可愛い、とか言われるのもどうかと思うが、開葉はなんとなく許してしまう。
初美は、術師会の会頭、多聞聖徳と尊子の娘である。見た目は親の良いところ、性格は親の悪いところを引き継いでいる。
「あんまり、それすると、お好み焼きおごるのやめようかな〜」
「え、何それ、ひどい、ただの愛情表現なのにぃ」
開葉に言われて、初美はあわてて手をはずず、まあ、こういうところは憎めないかな、と開葉は思う。
豚福のお好み焼きは、ボリュームの点では文句なしだ。使っている三元豚の量が半端ではないので、焼肉を食べているのかお好み焼きなのか、ときどきわからなくなるくらいだ。具が豚肉オンリーと偏った店なので、知名度は低いが、胃もたれ何それ、の強者女子の間では、隠れた名店になっている。
開葉と初美の前の鉄板は、ほどよいぬくもり加減である。温かいが熱くはない。豚福の鉄板は保温用で、厨房で絶妙の焼きあがりになったお好み焼きが、盛られるだけの鉄板である。
「来た、来た、きたぁぁ」
ピカピカに輝く小ぶりの鉄へら二本、両手に握った初美が、声をあげる。
力を入れずとも、へらが鉄板までさくっと通る。ケーキにスプーンを入れる感触である。
自家製ソースに自家製マヨネーズ、たっぷりかけて、口に運ぶ。
二人は、しばし無言で、目の前の豚お好み焼きと格闘していた。
豚福のお好み焼きは、ボリューム感では満点である。さしもの二人も半分食べたところで箸を休め、どちらからともなく、切り出した。
「それでさあ」
「うーん」
「おごってくれるのはうれしいんだけどさあ」
「うーん」
「……」
「最近ねー、ちょっと、気になることがあってー」
「ふーん」
「たいしたことじゃ、ないとは思うんだけどさあ」
「ふーん」
「……」
「思うんだけどさあ、あたしが言うのもなんだけど、アキハって、ちょっと受身すぎるじゃない」
「うーん」
「もっと、こう、びしっ、と、やったほうがいいんじゃない? びしっ、と」
「うーん」
「……」
「それはそう思うんだけどさあ、何か慣れっこみたいになっちゃって、こっちから切り出しにくいんだけどぉ」
「だめだめ、そこで、引くから舐められるんだよ。びしっ、とやんななきゃ」
「でもねえ、往来でいきなりとかは、さすがに」
「え? 往来で、って、それ何かのプレイ?」
「プレイ、って何よ? むこうが、こそこそやってくるから」
「こそこそ、って、キスとかハグとかじゃないの? 外で、そんないろいろやれるの?」
何か根本的に話が食い違ってる。開葉は、誤解を解くために、バッグからちりめんの巾着を取り出した。
巾着の口を開いて中身を初美に見せる。
「わあ、きれい」
豊玉は淡い色の光を何色も重ねて回しながら輝いた。
今日は一段と派手だな、と開葉は思った。最近、受けを狙ってか、いろいろやるようになったのだが、初美は初対面なのでサービスのつもりかもしれない。
「どうしたの、これ?」
「うーん、貰ったらしいんだけどさ。この子が家に来てから、変なやつらに尾行されてるみたいで」
「へええ」
「いろいろ、ちょっとね」
「わかったよ、アキハ。その変なやつらを叩きのめせばいいんだね」
瞳をきらきらさせながら言う初美に、開葉は少し引き気味に答える。
「いや、それは自分でやるからいいよ」
「なんだ、つまんない」
欲求不満気味なのかな初美、思春期だし、いろいろあるのかも、などと、開葉は余計なことを考えてしまう。
「だからね、ショミちゃんに頼みたいのは、この子の持ち主が誰なのか調べて欲しいんだよ」
「え? だって、持ち主はアキハでしょ?」
初美はきょとん、とした顔で答える。
初美の能力は、失物探し、である。詳細はよくわからないが、どんなものでも大抵は、初美に頼むと捜し出してしまう。開葉は、豊玉をくれたのが誰かを初美に探してもらおうと考えたのだが、どうもうまく話が通じない。
開葉はいままでわかっていることを事細かに初美に話した。
老人が三田の店に現れたこと。
老人の口上のこと。
書付のこと。
豊玉のこと。
ひとつひとつ、うなずきながら聞いていた初美は、最後に問うた。
「わかった。その、亀、を探せばいいんだね」
「そう、そう、そうなの」
開葉の返事も聞かばこそ、目を閉じた初美は瞑想にはいる。
数秒後、ぱちっ、と目を見開いた初美は言った。
「亀じゃない」
「え?」
「鯛だ」
「鯛?」
「鯛持ったおじさん。釣竿も持ってる」
「鯛? 釣竿?」
呆気にとられる開葉に向かい、初美は付け足した。
「あと、西宮。いまわかるのはこれくらいだけど、キョージュに聞いてみて、たぶん、それで大丈夫だと思う」