浦島(52)
「それは何だ」
開口一番、術師会会頭室の壁を指さして、萬山が言った。
「天沼矛ですよ」
多聞はすました顔で答える。
「晴比古が貰ってきたんですよ。家に置くと邪魔だから預ってくれと言われましてね」
「そんなところに晒しておくやつがあるか」
「見たってわかる人間などほとんどいませんよ。ああ、そうそう、天叢雲剣は瞬光が送ってきました。本人は凡海の里に逗留してますが」
「何故だ」
「気に入ったんじゃないですか。あそこはいい所ですよ」
「そうではない。天叢雲剣を何故、瞬光が?」
「瞬光が使ったからですよ」
「瞬光が? どうやって?」
「尊子が瞬光に憑いてです」
憮然とした顔で、萬山はソファに腰を降ろす。なんだ、まだ帰らないのか、と多聞は思う。
「もうアレは持ち出させん」
「かまいませんよ。新しく貰ってきたほうが丈夫そうですし、借り出す面倒もありませんしね」
「こんなもの術師会が持っていたら、あちこちから、ごちゃごちゃ言われる」
「術師会のじゃありませんよ。あなたの息子さんのです」
「ここに置いてたら、術師会が言われるだろう」
「まあ、そうだとしても、世間では術師会イコール賀茂萬山ですから、ごちゃごちゃ言われるとしたら、あなたがです」
「引退したんだぞ」
「それは、あなたがそう言い張ってるだけで」
萬山は言い争うのをやめた。術はともかく、口ではこの弟子に勝てたためしがない。萬山は話題を変えることにした。
「それで? 終わったのか?」
多聞は答えない。萬山がじれて口を開きかけたその時に、やっと言った。
「さあ、どうでしょうね?」
「終わっていないと?」
「さて、そもそも終わりを言うなら、はじまりはどこからですか?」
「国産みの駄賃が、豊玉と、この天沼矛なのか? と聞いている」
「こんなものはオモチャですよ」
多聞は言った。
「豊玉は、オモチャとは言いかねますがね。あれは陶開葉が持っている限りは大丈夫でしょう。駄賃といえば、二人が手に入ったのはありがたかった。本当は三人来てくれれば良かったが、あまり欲をかくと足元をすくわれますから」
「何の話だ?」
「術師会の話です。あなたには関係ありません」
「術師会の話なら関係あるだろう」
「引退したんでしょ?」