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豊玉(5)

 

 開葉は夕飯の買いものに行こうと晴比古の家を出た。


 晴比古の養父、賀茂萬山にたのまれて、開葉は晴比古の身の回りの世話と食事を請け負っている。マッツァリーノが居候するようになってからは、その分も加わったので手当ても増え、いまでは術師会からの給与より多くなった。


 いつのまにか、こちらが主たる仕事になってしまったので、手を抜くわけにはいかないのだ。


 だいたい、晴比古は偏食がはげしく、野菜にはめったに手をつけない。餃子とかピラフとかハンバーグとか、こまかくきざんで入れてはいるが限度がある。そもそも食事もあまりとらない。開葉が作ったときは食べているのだが、外食時などはアルコール以外はほとんど口をつけない。困ったものだ、と開葉は思う。


 家を出てすぐ、後をつける気配に気づいた。


 最近、ずっと、こうである。


 監視されているだけで、何もしてこないので、開葉のほうも慣れっこになってしまい、もうどうでもいいや、と思うようになってきた。


 玉を預ってからなので、その筋だろうと思うが、うっとうしい。


 少し脅かしてやろうかな、などと思いつつ、開葉は四辻を右に曲がった。


「わぁっ」


「な、な、なな……」


 腰を抜かさんばかりに驚いた開葉が、しりもちをつきそうになるのを、手を伸ばして支えた者がいた。


「やあ、ごめん、ごめん、そんなに驚くと思わなかったので」


 齢六十くらいだろうか、ぱりっと三つ揃えを着込んだ老紳士であった。ロマンスグレーに輝く頭髪をかきあげて、笑いながら謝ってくる。


「誰ですか? あなた?」


 開葉は問うた。当然である。


 老紳士は悪びれもせずに自己紹介をした。


「八色透通と言います。息子の映照がいつもお世話になっています」


「息子さんって?」


 開葉はわけがわからない。困惑する開葉の顔を見て、透通が言う。


「あ、そうか、これじゃわからないのか。まったく、ボクや萬山が現役のころは、術師だってあざななんか使わなかったのに、先祖帰りか、最近はめんどくさいことこの上ない。うーん、どうしよう、そうだ、霊峰友愛の会長をやってます、八色です。これならわかる?」


 えええええー? 開葉の目がまんまるになった。


 霊峰友愛は術師の組織のひとつで、開葉の在籍する術師会とはなにかと対立している。そもそも術師会で賀茂萬山に比肩するとその術力を讃えられた八色透通が、萬山と袂を分かち設立したのが霊峰友愛なのである。


「ではボクが何者かもわかってもらえたようだし、驚かしたおわびに、お茶でもどうかな、陶開葉さん」


「あ、はあ」


 あまりの強引さに思わず返事をしてしまった開葉であった。




「じゃあ、透通さんはカゲさんのお父さんなんですか」


「そうそう、そうなんだけどね。そうかあ、映照はカゲなんて名乗ってるのか、恥ずかしいヤツだな、あんな年齢になって忍者ごっこのつもりかな」


 開葉はローズヒップを口に含みながら、目の前の巨大パフェが、すこすこと透通の口に消えていくのを見つめていた。その光景のすごさに、自分の分のブルーベリータルトに手をつけるのも忘れていた。


「甘いもの、お好きなんですね」


「うん、そうなんだけど、最近、家内やら、息子やらが、血糖値がどうとか言っていじわるしてくるんだよね」


「あの、それって、透通さんの健康を気づかっているのでは?」


「そんな殊勝な息子じゃないよ。まだ晴比古クンのほうがマシだろう」


「え? あれは、あれで、どうかと思いますが」


「そんな謙遜するものじゃないよ。晴比古クンは立派な男だよ。開葉さんは奥ゆかしいから、自分の婚約者のことをあまり褒めないんだろうけど」


「は?」


 開葉の眉間に縦皺がはしる。


 開葉のあまりに急激な表情の変化に、透通のスプーンの動きが止まる。


「婚約、したんじゃないの?」


 開葉のあまり大きくない体が、急にふくれあがったかのように見え、その肩が、わなわな、と震え出す。


「そんなことありません。ぜったいに」


「あ、ああ、そう」


 テーブルの上の雰囲気が氷点以下にまで下がった、ちょうどその時、間の抜けた声が店内にこだました。


「あ、いたいた、アキハさ〜ん」


 晴比古はちりめん巾着のお守り袋をぶら下げて、開葉に呼びかけた。


「あ、アキハさん、すみません、この子がですね。アキハさんいなくなってからぐずりだして、いろいろやるものだから、シモンがすっかりおびえちゃって、で、アキハさんになだめてもらったら落ち着くかな、と思って」


「貸して、キョージュ」


 開葉は巾着を、そっ、と開けると中をのぞいた。


 黒い玉は紫の光を明滅させ興奮気味だったが、開葉が掌にのせて転がすと、光を失い、おとなしくなった。


「あ、八色さん、おひさしぶり、お元気そうでなによりです」


 ここでやっと透通に気づいた晴比古が挨拶する。透通は少し気まずそうに返事した。


「いや、こちらこそ、キミも元気そうでなによりだ」


「今日はまた、どうしてアキハさんと?」


「い、いや、そこで偶然に会ったものだから、噂はかねがね聞いてたし、そのお、この年になるとね。若いお嬢さんとデートとか、そういうことがめっきり少なくてね。つい、声をかけてお茶など」


「あ、そうでしたか、じゃあ、僕はこれで」


「あ、まって」


 玉だけ置いて帰ろうとする晴比古を開葉が引き止める。たちあがった開葉は透通に一礼する。


「あの、私も、買いものに行く途中だったので、ごめんなさい。ケーキごちそうさまでした」


「や、とんでもない、こちらこそ、無理に誘ってすまなかった。またね」


 晴比古と開葉が立ち去ると、店の奥から黒ずくめにサングラスの男女が立ち上がって、透通の隣の席についた。


「かつてのプレイボーイもヤキがまわったようですね。だらしない」


 サングラスをはずしながら映照が言う。


「何を言う。ちゃんと必要なことは聞きだしたぞ。晴比古クンが突然現れたから驚いただけだ」


「アレはああいう男ですから」


 映照はすでに二人の立ち去った玄関のほうに眼差しを向けた。


「見えないとか言ってるけど、本当かどうか怪しいもんだ。肝心要のときは必ずと言っていいほど現れますからね。でも、そのおかげで豊玉の実物が見れたわけだし、結果オーライということにしておきましょう」


「うん、あれは、見事なものだな、なんとかして手に入れたいものだ」


「どうぞ、止めたりしませんよ。お好きなように」


「バカを言うな。あれだけあの娘に馴染んでいるのに、下手に取り上げたら命がないぞ」


「そんな危ないことを実の息子にやらせようってほうがどうかと思いますが?」


「それだけお前のことを信じているのだ。しかし、歴史から豊玉が消えて千数百年たつ、ひょっこりあらわれるとは驚きだな。どこに隠れていたものやら」


「まあ、あの二人のことですから、何が起こっても驚きはしませんけど」


「お言葉ですけど」


 それまでおし黙ったままだった女が口を開いた。


「お二人とも勘違いなさっているようですけど、アレ、新物ですわよ」


「新物、ってレイカ様?」


「本当か? 久遠寺クン」


 レイカと呼ばれた女、久遠寺文枝は、二人の言葉にうなずいた。


「そもそも龍神が婚礼のお祝いにお古をあげるなんて、そんなしみったれたことをするはずがありませんでしょうに。あの豊玉はあの娘にあげるために龍神が作ったものです。まあ、むこうもいろいろ誤解はしているみたいですけど、あなたがたみたいに」


「新物かあ」


「まいったな」


 八色親子はしばし頭を抱えていたが、やがてどちらからともなく口を開いた。


「新物では、チャンスは限りなくゼロに近いけれど、それであっても欲しいものは欲しい」


「幸い、と言ってはなんだが、おかしな連中が嗅ぎ回っている。ハマグリとシギの争いに漁夫が利を得ることもあるかもしれん」


 この二人、似た者親子だわ、と久遠寺は思った。久遠寺自身は豊玉にはさして興味はなかったが、皆が皆、あの二人、晴比古と開葉のことを既定の事実として語ることを苦々しく思っていた。


 未来はまだ決まっていない、そのことを久遠寺は知っている。しかし、それでもなお、久遠寺は、数奇屋稀介の娘のことを悪く思うことはできなかった。



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