浦島(49)
「あの子のおかげで、どうにか繋ぎはとれたよ」
現れた亀は、あわてているのか首からしたの造作が甘い。それでも顔をきちんと作っているのは、それだけ気をつかっている証拠だろう。
「で? 放りあげられて、いまは落ちてる最中か?」
瞬光の言葉に、亀は真横に首を降る。
「違う、違う、落ちてない」
「落ちてない?」
「まあ、なんだ、いちばん近い言葉をはめると、その、飛んでる」
「飛んでる?」
他に言いようもないしなあ、と言った亀のほうも呆れ顔ではある。
「そんな顔するなよ」
瞬光の渋顔をのぞきこんで三田が言う。
「あの二人なら、別に飛んでてもおかしくはないだろう? あんただって、飛んだことあるじゃん」
「それとこれとは、話が別だ」
瞬光は三田のにやけ顔を振り払おうと手をあげる。その手を亀をつかんだ。
「ちょっと待った。彼には聞きたいことがあるんだ。散らさないでくれ」
そして瞬光の手を押さえたまま、亀が三田に問うた。
「さっき、やってたヤツ。あの賀茂晴比古を東京まで送ったの、あれ、もう一回できるか?」
「できるか? って言われても、やってるのは俺じゃなくてキョージュ、賀茂晴比古のほうだからなあ、むこうに聞いてもらわないと」
「わかった、質問を代えよう。いったいキミは何を手伝ってたんだ?」
「俺は朱雀大路の左京を持ったんだよ。カゲに右京を持たせた。あ、カゲってのは八色映照のことね」
「なぜ左右をはさむ必要がある?」
「だって、キョージュは方向がわからないからね。出口に誘導したんだよ、俺とカゲで。ホントは呼ぶ方が簡単だけど、呼んでくれる人がいればね。そこらへんは、あなたのほうが詳しいと思うけど」
「呼んでも、彼には聞こえないということかい?」
「いや、それはアキ姉さんが一緒だから、聞こえることは聞こえるだろう」
わかった、亀は言って、瞬光の手を解いた。
「じゃあ、帰って呼んでくれないか。それで、彼らは帰れるだろう」
「だめだめ」
とんでもない、と三田は手を振った。
「俺じゃダメだってば、いまキョージュ金色に光ってるだろ。島がひとつできちゃう噴火の中心から吹きとばされて無傷でいるんだから、かなり封を解いてる状態なんだよ。そんな強力な霊力の壁の中にいるアキ姉さんを呼ぶなんて、よほどでかい声じゃなきゃ無理だ。たとえば……」
「たとえば?」
「菊理姫とか」
「それだ」
亀は像を解いてかき消えた。
三田は苦笑いしながら道鏡に問うた。
「あの人、昔っからああなの? ウチの店に来てた時はもう少しマシに見えたんだけど」
「どうかと言われても、会ったのは千年ぶりだしな。本質からして、そういう点にあまり差違は出ないはずなのだが」
「亀のクセに、ああ、せっかちじゃ、手間ばかり喰ってしょうがないと思うんだけど」
「単にお前と話してるとイライラしてくるってだけだろう?」
横から瞬光が口をはさむ。
「はーん、そういうことかもね。さすが、婆さん、亀の甲より年の功だね」
へらへらと笑う三田に、余計なこと言うんじゃなかった、と瞬光は歯噛みした。
「非常にまずい」
声が先で、亀の顔があとから出てきた。
「彼女は賀茂晴比古の家にいる。こちらからアクセス不能だ」
「そう言おうと思ったのに消えちゃうんだもの」
三田は言う。
「でも、むこうに声は届くはずだよ」
「そんなハズはない。あそこの場はとても特殊だから、こちら側から直接入れないむこう側の数少ない場所のひとつだよ。だからわざわざ迂回して、キミに豊玉を運ばせたんだぞ」
「いや、だからさ、本来なら、伊耶那岐、伊耶那美が留守なのに、勝手に菊理姫が入れたりするわけないだろ。場が変化してるんだよ」
「どういうことだい?」
「いや、そっちで、この件についていろいろ骨折ってもらってるのはわかるんだけど、こっちでも、まあ、指くわえて見てるだけではないわけで、ちょっとは、先の見えるヤツもいるし、少しはいろいろやってるんだよね」
「なるほど……、ありがとう」
亀は口では礼を言ったが、あまり感心してはいないようだ。それが表情で見て取れるのだから、けっこう頑張ってるな、と三田は思う。
「じゃあ、キミのほうで菊理姫に頼んでくれないか? 彼らを呼ぶように」
「まあ、俺がやってもいいけど」
なぜか三田は及び腰だ。
「いまなら、普通はめったに入れない場所に入れるんだから、行ってみたら?」
「なるほど……」
亀は非常に奇妙な表情をした。おそらく適当な表現型を選択できなかったのだろう。
「それは面白い考えだ。確かに、できることをやらずにすますという手はないよな」