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国産み(43)

 

 道鏡は話しつづける。


「大海人の依り主の肉体が滅んだ後は、その子孫に手伝ってもらいながら、仏教の浸透をすすめた。子孫たちは大海人ほどワタシとの相性が良くなかったので、豊玉を使って休むことのほうが多かったがね。少し意外だったのは依りの能力が遺伝したことだ。それは大兄、キミの家系にも伝播した。大海人と凡海麁鎌はワタシが主として憑かせてもらった二人だが、凡海麁鎌がキミの祖だ」


「俺の聞いてる話とは、ずいぶん違っているが、あんたが俺の曾曾曾祖父さんみたいなもんだ、ってのはうれしいよ」


「ワタシもうれしい。最初、史郎に憑けたのは偶然だと思っていたのだが、そうではなかったので驚いた。まさか麁鎌の子孫とはね。いや、いまこのときに、あんな場所に史郎が現れたことのほうを、偶然として貴ぶべきかもしれないが」


「史郎にもこの話はしたか?」


「いや、彼はあまりこういう話には興味がないようだった。ワタシに同情して憑くことは許してくれたし、ワタシを故郷に帰すことには協力してくれたが、それ以上は何も」


 大兄は史郎の飄々とした様を思い浮かべた。あいつはそういうヤツだ。


「史郎は医者になろうとしている」


「それは良いことだ。彼には合っていると思う」


「それにしても長生きなんだな。大海人皇子から道鏡まで百五十年近くあるぞ」


 大兄の問いに、道鏡は意表をつかれたようだ。


「ワタシには年齢は関係ない。それにキミたちのいう意味では何度も死んでいる。もう説明の必要はないと思っていたが」


「わかってるよ。ほんの冗談だ」


 大兄はバツが悪そうに言い、それで? と道鏡を促した。


「大海人の子孫たちはかなりがんばってくれた。その辺の事情はキミも知っている通りだ。高野姫の治世に鑑真が渡来し、いちおうの区切りがついたので、亀に頼んで鏡を送らせた。その鏡で帰ろうと思ったのだ」


「唐津神社の宝鏡か。何故、そのとき帰らなかった」


「帰ろうとしたときに聖武が死んだ。高野姫が哀れでな。あれにはずいぶん無理をさせたから」


「高野姫とは孝謙天皇のことか」


「そうだ。高野姫の父、聖武は極楽往生を願ったが、高野姫はそれをワタシと共にここに来ることだと思った。あれには叶わぬことと説いてはみたが聴き入れてくれるはずもなく、そんな状況でワタシだけが帰るわけにもいくまい」


「孝謙、称徳天皇が死んでも帰らなかったのは?」


 道鏡はすぐにはその問いには答えなかった。歩みを止めることはなかったが、作りモノの表情の裏に、なにかの感情が湧くのが大兄にも見て取れた。


「日本に仏教を広めたことが、良いことだったか悪いことだったか、いまとなってはよくわからない。それでも当時はそこそこの達成感はあった。そして泣きじゃくりながら行ったこともない龍宮への思慕を語る娘子を看取った時、帰郷の念がすっかり抜け落ちてしまったのだよ」


「称徳のことを泣きじゃくる娘子とも言われても想像しづらいな」


「ワタシにとっては娘子だ。大海人の曾孫だからな。それに高野姫に龍宮のことを吹き込んだのは、結局のところワタシということになる。罪なことをしたものだと思う」


「どうしてそんなことを」


「記紀の編纂に手をいれたのだ。旧辞、帝紀に微妙な修正を施して、ここのことを混ぜこんだ。大兄、キミの言うとおり、仏教だけでは心許なかったのだ。記紀を解読するものが現れて、いずれここに来れるようにな。だが、あまりうまくはいかなかった。高野姫には極楽浄土とうつり、他の者にはおとぎ話にしかならなかったということだ。賀茂晴比古に伝わっていた口伝のほうがずっと正確だったのだから、我ながら無駄なことをしたものだと思うよ」


「称徳が死んだ後は?」


「何もしなかった」


 大兄の問いに道鏡が答えた。


「下野薬師寺、都をはさんでここからもっとも遠い場所、東夷のせまる地に赴いて、豊玉と共に眠った」


 大兄は豊玉を取り出した。掌に乗せると周囲に虹色の光をまきながら明滅した。


 大兄は豊玉から視線を外し、道鏡のほうに目をむけて言った。


「もうひとつだけ、聞いていいか?」


「どうぞ」


 道鏡の同意を得て、大兄は道鏡に問うた。それはずっと大兄が疑問に思っていたことだった。


「道鏡さん、あんたたちは、あの亀も含めて、どうして俺たちに善いことをしようとしてくれるんだ? 仏教の件に関しても、こんどの、何だ、その国産みみたいなものの件に関してもさ。ここの人たちが俺たちをかまってくれている、いとおしんでくれているのはわかるが、何故、そんなことをするんだ?」


 道鏡の顔が柔和にほころんだ。


「親が子を愛するのに、何か理由が必要なのかな?」


 大兄は戸惑った。道鏡の答えが大兄の問いにはそぐわない気がしたのだ。


 大兄の表情を楽しむように、道鏡は話し出した。


「魂魄は魂が七割、魄が三割といわれている。比率はこの際どうでもいい。人が死ぬと魂は天に還り、魄は地に潜む。あの黄泉比良坂を降って、この星の中心まで降りるのだ。その魄が途中で寄って集まったのが、ここ龍宮だよ。死者の知が全て統合されるのだ。キミたちの世界よりも、もののことわりが通っても何の不思議もない。亀だ、道鏡だと言ってみたところで、その一部分にしか過ぎないのだ。そしてワレワレ−−ワタシは、キミたちの祖先すべてだ。当然、キミたちを愛している」


「ついたらしいぞ」


 瞬光が言い、立ち止まった。


「思ったより長い道のりだったが、意外と退屈しないですんだな」



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