国産み(41)
「おや、道鏡、もう来てたんだ」
亀が現れ、道鏡に声をかける。
「調子は戻ったようだね」
「まあね。いろいろ変わっていたので少しとまどったが」
「そりゃあ、千年あれば変わるさ」
亀は笑って皆のほうを向く。
「道鏡から聞いたかもしれないけど、ちょっと手伝って欲しいんだ」
「国産みをやるとしか聞いてない」
大兄が言った。
「それでわかるヤツにはわかるかもしれないが、俺にはわからん」
それもそうだね、亀は道鏡と目配せした。
床の掘りごたつやテーブル、ミニバーまで消えて、部屋は白い壁面を剥き出しにした。立方体の部屋だ。
壁面と天井が青に塗られ、床には日本列島が描かれた。屋久島の南東百キロメートル地点が部屋の中心に移動し、ズームする。
「これで縮尺五万分の一ね。衛星写真だと思って。最近はそちらでいろんなデータが公開されてるから楽だよ。こちらで調べなくても良いし」
海岸線が白で縁どりされると、海の部分の青が消え、代わりに深い海溝が現れる。
「この東にあるのが南海トラフ、昔は黄泉比良坂って言ってたみたいだけど」
「黄泉比良坂? これが黄泉比良坂だっていうのか?」
大兄の叫びにも亀はまったく動じない。
「いや、どちらもそちらの呼びかただろ。こっちはずっと坂としか呼んでないし」
床は一転、オレンジ色の濃淡に変わり、ゆっくりと筋がうねっていく。
「これ、地下五十キロメートルのマントルの流れ。さすがにこのデータはそちらにはないよね」
返事をしていいものか悪いものなのかすらわからない、大兄の動揺にはおかまいなく、亀は説明を続ける。
「ここと、ここ、白く輝いてるのわかるかな。あとこっち、ここが他より暗いよね。直接見られる人いる? 豊玉使っていいよ」
亀は宙に浮く二つの豊玉を指して言った。
「私、大丈夫」
開葉が豊玉のひとつを取って言う。おそらく新しいほうの豊玉だろう。瞬光が残りの豊玉を手にする。しばらく掌の上で転がしていたが、首を振って大兄に渡した。
大兄は豊玉を受け取った。柔らかな光を感じたが、ビジョンとして捕えられるほどには明確ではなかった。
道鏡さんは? と大兄は手の中の豊玉を差し出したが、道鏡は首を横に振った。
「もう実体がないので無理だ。大兄、キミに憑こうにも私の力が戻った状態では、キミのほうがもたないだろう」
−−私がやってみて良いですか?
大兄の心に声が響いた。
−−佳海?
大兄の問いかけに、声はもう一度繰り返した。
−−やってみても良いですか?
ああ、いいよ、大兄は声に出して言った。佳海が大兄に入り、その途端、右手の豊玉を通して、灼熱した岩の流れるイメージが大兄を襲う。
「何とかなりそうだ」
思わず悲鳴をあげそうになったのを辛うじて堪えて、大兄が言った。
「二人で一緒ならなんとかなる。俺たちは半人前ってことかな」
「それはうれしいな」
亀が言って、晴比古から金紗の袋を取り上げた。
「天叢雲剣、持ってきてくれてありがとう。問題は輝点が二つあることなんだよな。剣はもう一本こちらで用意できるから良いとして、あなた以外に使える人はいるかな?」
全員がいっせいに瞬光を見る。
「よせやい、こんなもん使えるわけないだろう」
それもそうだな、一同落胆し、さてどうするか、と思案をはじめたとき。
瞬光の右手が上がった。
信じられない、といった顔つきで上げた自分の手を見つめる瞬光。
左手も上がって頭上で大きく輪を作る。
瞬光は、手を降り、身体をゆすりながら、足をでたらめに蹴りだして、不思議な踊りを踊りはじめた。
−−あはははは、おもしろーい。
「てめえ、誰だ。このやろう」
踊る瞬光が悪態をつく。憑きモノはますます調子にのって手足を振り回す。
「やめろ、こら、やめろ、ソンコ」
−−あら、バレた。
佳海の憑魂を尊子が木霊で真似て、瞬光に憑いたのだ。
「出てけ、ソンコ。気持ち悪い」
−−あらあ、そんなこと言っていいの? 瞬光?
「何だと? どういう意味だ」
−−さっきの話だと、天叢雲剣を使う人間が必要なんじゃないの?
「それとこれと、何の関係があるっていうんだ」
−−あたしがあんたに憑いて、木霊でキョージュ真似るの。どう?
「なにい?」
叫んだ瞬光に全員の目が集まる。しまった、と瞬光は思ったが後の祭りだ。
「それ、いいね」
亀が言った。
「二手に分かれて作業ができる。これでどうにかなりそうだ」
「おい、待てよ。やるとは一言も言ってないぞ」
瞬光は激昂している。映照がすっと寄って、ニヤニヤしながら言った。
「俺にいやがらせしたりするからだよ。どう? 懲りた?」
瞬光は左手で映照の防呪を引きちぎる、こりゃどうも、深々と一礼して映照は消えた。
「もうだいたいわかったと思うけど」
亀が言った。誰も瞬光の話など聞いていない。尊子と瞬光の件はもう決定事項といった雰囲気だ。
「この二つの輝点のエネルギーをこちらの暗点に注ぎこんでバランスをとる。慎重にやらないといけないから注意してね」
「バランスが取れなかったらどうなる?」
言わずもがな、とは思ったが、大兄は亀に問うてみた。
「よくわからないな」
亀は答えた。
「日本列島が真っ二つに折れるか、あるいはそのまま海溝に引きずりこまれるか、どちらかだとは思うんだけど、現時点でははっきりしない」