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豊玉(4)

 

 三田がいなくなってしまったので、もうすることがない。


 書付と例の玉の入った箱を持って、開葉は店を出た。


 玉は箱の中で小さく鳴っている。歌っているようにすら開葉には聞こえる。


 こっそりふたを開けると、ピタリと鳴りやむ。


 閉めると鳴りだす。


 だるまさんがころんだ、で遊ぶように、数回、開葉は繰り返した。


 玉の音はますます軽やかに鳴るようだった。


 なついている、と言われれば、そうなのかも、と、開葉は思った。


 玉のほうは、かわいらしくてよいのだが、もうひとつの気配のほうは気に入らない。


 詰所を出てからずっとだが、開葉をつけているものがいる。


 三田の店に入るまで、ついてきた気配は、店を出ると再びつきまといはじめた。


 最低でも二人いるな、開葉は思った。あるいは交替しながらつけているのなら、もっと多いのかもしれない。


 用があるんなら、直接言ってくれないかなあ、と開葉は思うのだが、相手によろうとすると距離をおくので、放っておくことにした。


 尾行者については後で晴比古に相談すればいいだろう、と開葉は考えた。


 玉と遊びながら歩いていると、開葉はほどなく晴比古の家に着いた。


「ただいまぁ」


 玄関を開けると二人の男が出迎える。


「お疲れさまです。どうでした?」


「アキハさん、ゴハン、ゴハン」


 晴比古は玉の入った箱を受け取り、リビングのテーブルに置く。


「あ、ごめんね、シモン、すぐ作るから」


「チガウ、チガウノ、シモン、ツクルヨ、ピッツァ、オイシイヨ」


 シモーネ・マッツァリーノは晴比古の家に居候している、インド生まれのイタリア人である。


「え? シモン、作ってくれるの? じゃあ、おねがいしようかな」


「オネガイ、ダイジョブデス。ピッツァ、オイシイヨ」


 マッツァリーノはキッチンに行ってしまった。それを見届けて、開葉は晴比古に報告する。


「いちおう、サンタに聞いてみたけど、なんだかわからなかったです」


「はあ、それは、どうも、ご苦労様です」


 晴比古もそんなに期待していたわけではなさそうだった。失望した、というほどでもなさそうである。


「これ、贈り主の書付らしいです。贈り主は、サンタが言うには、亀だって」


 言いながら、開葉は晴比古に持ってきた書付を見せる。


「亀ですかあ、まあ、豊玉ですし、当然といえば当然ですが」


 ぶつぶつひとりごちながら書付を眺めていた晴比古は、顔をあげると開葉に言った。


「その亀は、書付以外に何か言ってなかったでしょうか?」


「口上の口移ししてきました。受けます?」


「それは、ありがたい、では、早速」


 晴比古は立ち上がって開葉に正対した、開葉も立って従う。


「よいおてんきですなあ」


「よいおてんきですなあ」


 晴比古の復唱に答えるように、開葉の胸元から、はい、と返答があった。


 護符がしゃべったのである。開葉の護符は三田にもらったものだ。晴比古に移せばわかる、と三田は言っていたが、こういうことだったようだ。


 はい、と晴比古は護符にたいしても復唱した。


「いざなぎのみこと、いざなみのみこと、ともにおんはしらをおめぐりなされまして、めでたきことこのうえなく、およろこびもうしたてまつります。くにうみのぎ、とどこおりなくおえられたおんにちゅうに、ごしんもつけんじょうたてまつりまする」


「いざなぎのみこと、いざなみのみこと、ともにおんはしらをおめぐりなされまして、めでたきことこのうえなく、およろこびもうしたてまつります。くにうみのぎ、とどこおりなくおえられたおんにちゅうに、ごしんもつけんじょうたてまつりまする」


「おんにちゅう、おんはしらをおめぐりなさらず、くにうみのぎ、いまだなされておりませぬ」


「おんにちゅう、おんはしらをおめぐりなさらず、くにうみのぎ、いまだなされておりませぬ」


「かんろ、かんろ。おとこがみさま、おんながみさま、どうきんなされて、なおそのようにもうされましても、このじいめ、おめおめもどるわけにもいきませぬ。なにとぞおおさめを」


「かんろ、かんろ。おとこがみさま、おんながみさま、どうきんなされて、なおそのようにもうされましても、このじいめ、おめおめもどるわけにもいきませぬ。なにとぞおおさめを」


「おんながみさまにしかられますゆえ、うけとれませぬ」


「おんながみさまにしかられますゆえ、うけとれませぬ」


「こうろ、こうろ。なればこそ、なればこそ、おんながみさまにこそ、このごしんもつおうけいただきますよう。おとりなしを」


「こうろ、こうろ。なればこそ、なればこそ、おんながみさまにこそ、このごしんもつおうけいただきますよう。おとりなしを」


「なれば、おあずかりいたしますゆえ、いっぴついただきとうぞんじます」


「なれば、おあずかりいたしますゆえ、いっぴついただきとうぞんじます」


 口移しを終えた晴比古は、書付に目を落とした。


「それで、この書付ですかあ、まいったなあ」


「そんなにマズいんですか?」


 開葉の問いに、晴比古は小さく首を降る。


「いや、マズいことはないです。でも、サンタ君がきちんと受けてしまっているので、返すといっても、これではなかなか難しい。ただまあ、サンタ君は中継なので、返す返さないは別にしても、直接会ってお礼は言わないといけませんねぇ」


「はあ、そんなもんなんですか」


 晴比古が木箱のふたを開けると、玉が、ぽっ、と輝いた。


「この子もずいぶんアキハさんを気に入ってるみたいですしね」


「それはうれしいんですけどね」


 開葉は玉を両手で取り出し、顔の前で支えながら覗き込む。


「もうすこし小さかったら、持ち運び楽でいいんだけどなあ」


 玉はほんのすこしためらうように瞬いた。そして、すすす、と縮んで2センチほどの大きさになり、開葉の右手にころり、と、ころげた。


「あら、素敵」


 開葉は言った。


「あなた、小さくも大きくもなれるんだ」


「ちょっと待った」


 ぽう、と輝きを増した玉に向かって、晴比古が制した。


「それはあとで見せてもらうよ。君はそのほうが、とっても素敵だし」


 それから晴比古は、小声で開葉に頼んだ。


「不用意にお願いしないほうがいいみたいですね。この子は、まだ赤ちゃんみたいです」


「なるほど」


 開葉は、ちりめんの端切を裂いて、小さな巾着を縫った。巾着に入れてあげると、玉はまた歌いだした。


「ピッツァ、デキタヨー」


 マッツァリーノが大皿にいっぱいの焼きたてピザを運んできた。


 何かもうひとつ、晴比古に伝えることがあったハズ、ピザをほおばりながら開葉は考えたが、思い出せない。


 まあ、いいか、開葉は思った。忘れてしまったぐらいだから、どうせたいしたことではなかったのだろう。きっとそうだ。



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