玉依(37)
映照は限界だった。
晴比古がアーチから頭を出したところで、霊圧に負けて壁に吹きとばされる。あおりを喰らって晴比古は顔から床に突っ込んだ。
「痛っ、カゲさん。ひどいですよ。もう少し踏ん張ってくれてもいいじゃないですか」
「ふざけたこと言うな。無理矢理こんなことにつき合わせたクセに」
「文句言ってもキョージュには聞こえないよ」
三田は天井のあたりで浮きながら言った。映照は三田にあたり散らす。
「そんなことはわかってる。けど、言わずにすませられるもんか」
晴比古は霊的感能力がゼロである。膨大な霊力を持つ代償とも言えるが、映照のような霊体は見ることができないし、声も聞こえない。三田は晴比古自身が蘇生させた関係で、かろうじてコミュニュケーションが取れるが、三田以外の霊体では無理だ。
「あ、コブできてる」
開葉が晴比古の頭を撫でて確認している。
「ね、ひどいと思いませんか」
「これくらい我慢しなさいよ。キョージュ」
ちぇ、と不満気に晴比古がつぶやく。コブはすぐに引っ込んだ。
「で、どうなったんだ?」
大兄の問いに晴比古が答える。
「田上容堂氏の件は片付きました」
「そいつは何よりだ」
鈴懸の袖をまくって、瞬光が印を結ぶ。
「じゃあ、封印し直すぞ」
えー、と晴比古が抗議の声をあげるが、瞬光は取り合わない。
「お前が霊力じゃじゃ漏れ状態じゃ、亀も出てこれないだろうが、おとなしく封印されてろ」
「そっちがすんだら、こっちも頼む」
映照は瞬光に言った。
「あんたの防呪が邪魔で帰れん。もう朱雀大路もすんだんだからはがしてくれ」
あーん? と瞬光は封印の手も休めずに眉根を上げた。
「ほっときゃ、そのうち勝手にはがれるよ。手間かけさすな」
「俺はいますぐ帰りたいんだ」
「少しつき合えよ。どうせ暇なんだろ。海底探険もオツなもんだ」
「こっちの人のははがして欲しいな。でないと道鏡を回収できない」
表が緑、裏が赤の一条のリボンが、DNAをほどくように螺旋をとって人型をつくる。中身のない派手なミイラに見える、口の部分がパクパクと動いた。
「やあ、みなさん、ようこそ邪馬壹へ」
通路内に声が響いた。声はミイラの口からでなく、壁全体から聞こえた。
「もしかして、亀さんですか?」
開葉が問うた。
「そーそー」
緑赤ミイラの亀が答える。
「こっちの人、霊体は見えないらしいから用意したんだけど、見える? ホログラフィック映像なんだけど」
「見えてますよ。気をつかっていただいてありがとう」
「どういたしまして、面倒も片付いたみたいだから、案内するね」
先に立って不格好に歩きだすミイラのあとに、全員がついていく。
開葉が亀に聞いた。
「西宮神社のときとは雰囲気違いますね」
「ああ、あれ」
亀が答える。
「インターフェースが古いんだよね。取り替えればいいんだろうけど、たまにしか使わないし、そちらが合わせてくれてるから、サボってそのままにしてたんだ。これは一から作り直したので、わざわざ古くさくする必要はないんだ。こんなこともできるよ」
ミイラを巻くリボンのすき間が埋まり、顔が現れて、3Dアニメの登場人物のようになった。
「そっちのほうがいいかな」
「ほんと? じゃあ、こんな感じはどう?」
つるつるだった皮膚の質感が人間ぽく変わり、同時に身体の方もセーターを着、Gパンを履いた。
術師会本部の楢崎にちょっと似ているかな、と開葉は思った。
「あ、それそれ、それいいな。それにしてください」
「そう? じゃ、みんながココにいる間はこれにしておくよ」
「ココ、って結局、ドコなんだ?」
我慢しきれず大兄がたずねた。
「邪馬壹、って言っても、よく考えたら、これはそちらの呼び方だったね。こちらではあまり名前はつけないんだよ。あそこ、ここ、ですんでしまうから」
亀も困っているようだ。
「しいていうなら、ユーラシアプレートの先端、火山フロントの真上、ってことになるけど」
「やっぱり、そっちがらみなんですね」
亀の話を聞いて、晴比古が、がっくりと肩を落とす。
「うん、そうなんだ。そうでなければ、あなたを呼んだりしないよ。気の毒だとは思うんだけど」
「いいんです。仕事だし。いつものことですから。かなりヤバいんですか?」
「そりゃあ、もう」
亀の声が通路内にこだました。
「こっちも大変だけどね。どちらかというと放っておいたら被害が大きいのは、そちらのほうじゃないかな」