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玉依(35)

 

 民宿の一室に結界を張って待つ。


 暗闇の中、洋行と凪沙の身体を寝かせて、三人がまわりを囲んでいる。


 結界の中とはいえ、そういうものにはあまり頓着しない相手である。結界は気休め程度だろう。


 忌籠で、潮見が洋行を、佳海が凪沙を支える。外に出ている二人の体は動かせないし、支えているほうもあまり動けない。史郎が残っているものの忌籠の支えがない上、道鏡や権大の件で消耗しているので、あまり当てにはできない。


 見かけは五人いるものの戦力的には限りなくゼロに近いのだ。


 囲んでいる相手がそのことを知らない、という一点だけが頼みの綱だ。


「何で付いていかなかったの?」


 史郎が佳海にたずねた。


「社長が行くと言ったのだから、私が残るしかありません」


「凪ちゃんはボクが支えれば良かったんじゃない?」


「半病人みたいな人に任せられません」


 放魂、憑魂は術を行う者の力もさることながら、忌籠で支える側の力量で能力が大きく変わる。消耗の激しい史郎では凪沙の能力が制限されてしまうだろう。


「でも、行きたかったでしょ」


 佳海は、いいかげんにして、と言わんばかりの顔を史郎に向ける。


「史郎」


 潮見が言った。


「暇なら、囲んでるやつらが何人くらいか見てきてくれないか。それぐらいならできるだろ」


 史郎は微笑むと、潮見に体を預けた。


 史郎が体から抜けたのを確認して、今度は潮見が佳海にたずねた。


「本当に、何で行かなかったんだ? 凪沙は洋行と一緒にいつも俺が忌籠してるだろ。他は下手クソだが、忌籠だけなら凡海の中でも俺より上の奴はいない。史郎は別にしても、俺一人で十分だろう」


 佳海は潮見に顔を向け、なにか言いたげに口を開きかけたが、けっきょく喋るのをやめた。


 潮見は無言で佳海を見守った。


 史郎の身体が、ぴくん、と震える。


「ざっと、二十人、拳銃持ってるのが五、六人いる。後はナイフくらいだな」


「数が多いな。イザとなれば拳銃は洋行を呼び戻して始末してもらうにしても、二十人はキツイ。せめてこちらのカラクリが知られてなければな」


「すまんな、親父がしゃべってる。まあ、向こうも訓練するわけにはいかないから、ぶっつけ本番ではそううまくいかないだろうが、憑いて同士討ちをさせても残りがこちらに突進してくるのは確実だ」


「二人を戻してこっそり逃げる、というのも無理そうね」


「弱味を見せたら一気に来る」


「夜明けまでは、まだずいぶんあるわね」


「夜が明けたら、さすがに目立つからな。その前まで、むこうが何かしてくるだろう」


 銃声が二発、ガラスの割れる音がした。


「様子見かな」


 史郎が言う。


「いや、しびれを切らしたみたいだな」


 潮見は部屋の窓ガラスに映る影を見た。


「来るぞ」


 飛び込んできた男が潮見に銃を向け、引き金を引く。


 銃声はしなかった。


 潮見の右フックが男の顎に炸裂する。


「撃鉄を全部折った」


 寝ていた洋行が起き上がりながら言う。


「銃は使えないはずだ。後は刃物に気を付けろ」


「サンキュー、洋行」


 潮見が言った。


「たまには忌籠もやってみるか?」


「オーケー、潮見ゴー」


 洋行はモノに憑ける代わりに人間には憑けない。凡海の中でも変わり種だ。もう敵方の持ち物で洋行が憑いてどうにかできるものはない。洋行は潮見を支えて外に出した。


 佳海の隣で悲鳴があがる。


 襲撃者の一人が自分の右腿をナイフで深々と差している。


「やっぱり自分でも痛いんだよなあ。だから、あんまりやりたくないんだけど」


 戻った史郎の弁である。一撃で魂を抜けるほどの力はいまの史郎にはない。とり憑いて相手の身体をコントロールするのがやっとである。


 佳海は突き出されたナイフを身を捻ってかわし、開脚して身を沈めると、相手のみぞおちに当て身を放った。


 男の落としたナイフを拾いざま、洋行はガラスの割れ落ちた窓の外に投げ撃つ。


「いてぇ、何すんだ、洋行」


 ナイフが刺さったのは潮見の憑いていた男だった。


「おー、ミステーク、許せ潮見」


 男はうずくまる。洋行が謝ったときには、すでに潮見は別の人間に憑いていた。


 四人の立ち位置、その距離が微妙に開いたときである。


 その合間をぬって、走り込んできた男がいた。


「ナギ!」


 男は、畳の上に寝ている凪沙にナイフを振りかざした。佳海が男と凪沙の間に倒れ込む。


 凪沙を庇った佳海の背にナイフが刺さろうとした瞬間。


 男の身体に何本もの刺が生えた。


 激痛に顔を歪める男の手を洋行が蹴飛ばし、ナイフが宙を舞う。


「わーっはっはっはっ、悪者どもめ。このあたしが来たからには、お前たちの命運は尽きた。かくごおし」


 洋行の蹴飛ばしたナイフを空中ではっしと受け止め、降り立った。


 いままさに沈まんとする最後の月の光を背に浴びつつ、そのシルエットは大きく胸をはってポーズをとった。


 あからさまに大きな胸をことさら張ってポーズをとるので、さらに目立つのである。


 手にしたナイフを投げると、それは正確に襲撃者の一人の右目を射貫いた。


 妙齢の、とはいいかねる御婦人である。美人は美人だが、登場のしかたからして、おそらく大抵の人間はひく。


「よーし、いくわよー」


 じゃっ、と不気味な音がして、女の手に右四本、左四本、あわせて八本の棒状手裏剣が現れた。


 女の手から放たれた棒状手裏剣、霊針は、同時に四人の襲撃者の両眼を射貫いた。


 息つく間もなく、また八本の霊針が女の両手指の間から放たれ、四人が倒れる。


 もう一度繰り返すと、襲撃者はもはや一人も残っていなかった。


「ごめんねー、遅くなっちゃってー、ここに来て忌籠やれって言われたんだけど、なんか迷っちゃって」


 部屋の灯りをつけた女は、にこにこしながら佳海に近づく。


「なんかバタバタしてたみたいだけど、大丈夫?」


「ありがとう」


 ようやく起き上がった佳海は、唖然としつつも礼を言った。


「あの、失礼とは思いますが、お名前は?」


「尊子、って言うのよぉ。多聞尊子。みんな、ソンコって呼んでるわ」


 尊子はそう言ってにっこり笑う。


 壊し屋ソンコ、佳海は頭に浮かんだその名前を口には出さなかった。


 術師会会頭の妻、という名目よりも、この通り名のほうがはるかに有名な女性だった。


 はじめて本人を目の当たりにした佳海は、人の噂など、この人の凄さの十分の一も伝えていないのだと思った。



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