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玉依(34)

 

 ほの白く照る通路を歩きつづけた。


 時間にして十ニ、三分ほどである。


 晴比古が首を傾げる。


「おかしいな」


「おかしいね」


 三田も応じた。


 晴比古は足を止める。


「何がおかしいんだ?}


 大兄が問うたが誰も返事をしない。


 一同は沈黙している。


 一分、二分、大兄は我慢したが、とうとう爆発した。


「何だよ。いったい、何がおかしいんだ?」


「あ、ああ、すみません、ちょっと考えごとをしていたので」


 晴比古は弁解したが、大兄に悪いとは、毛ほども思っているようにはみえない。


「ぜんぜん、先に進めそうにないんですよね」


「亀も来ないしね」


「いいかげん飽きるよな」


「だから、お弁当持って来ましょうって言ったのに」


 大兄が文句を言う筋合はないのかもしれないが、術師会の人間と一緒にいると、事態に対するモチベーションというか、もっと単純に言えば使命感とか、そういうものが削がれまくるのは何故だろう。


「凪沙さん、何か言ってませんか?」


 晴比古に問われた開葉は首に下げた若水の入った小びんを握りしめる。


「入口を爆破して入ってきたのがいるみたい。ウエットスーツに潜水具つけて、八人いるって」


 それかあ、なんだあ、めんどくせぇ、非常識な人たち、などと、皆、口々にぼやきだしたが、深刻さがまるきり感じられない会話に、大兄の心の奥底にはふつふつと怒りがわいてくる。


「放っておくつもりか?」


「あ、え? そういうわけにはいきませんよ」


 晴比古が答える。


「その人たちは、どう考えてもこちらの関係者ですからね。亀さんとしても、手を出すかどうか迷うところでしょうし、こちらで何とかしないといけません」


「で、どうするんだ?」


 大兄はいいかげん焦れて、晴比古に問うた。


「どんな感じなんですか、その無理矢理入ってきた人たちは」


 晴比古は開葉を通して、もう一度、凪沙にたずねた。


「背中に背負った酸素ボンベ降ろさないでウエットスーツもそのまま、足ひれだけ外して、こっちに向かってるみたい」


 へええ、と晴比古が感心したように言う。


「水中じゃないんだから、そんなもの背負ってたら思いだろうに」


「重くても我慢しなきゃいけない理由があるんだろ」


「辛いねえ、サラリーマンは」


「サラリーマンなんですか? あの人たち」


「ただ働きってことはないんじゃないのか?」


「だから、どうするんだ?」


 叫んだ大兄に全員の顔が向く。


「じゃあ、手を貸してもらえますか、大兄さんと洋行さんで」


 晴比古はいま来た道のりを引き返しはじめた。


「あ、シュンコウさんとアキハさんはここにいてください。すぐ、すみますので」


 晴比古を追おうとした大兄に、三田が声をかける。


「体は置いていったほうがいいと思うよ」


「え?」


「むこうも近づいて来てるし、この程度の距離ならなんとかなるだろ。アレも封じらてるから焼かれやしないよ」


 大兄は自分の体から抜けだした。大兄の体は道鏡が支えている。大兄は三田に従って後を追う。洋行も隣についた。


 晴比古は無造作に進んで行く。霊体の三人はその後ろにぴたりとつけた。


 左の壁のむこうから、重く、規則正しい金属音が響く。凪沙が言うとおり、かなりの重装備らしい。


 晴比古が止まった。


 前方の角を曲がった一群が、晴比古を認めて身構えた。


 ウエットスーツのまま、アクアラングも背にしているが、酸素ボンベが異様に大きい。口にはレギュレータを咥えたまま、というよりは酸素供給マスクが潜水用ではなく、ガスマスクのように頭部全体を覆っていた。


「やあ」


 右手を挙げて挨拶する晴比古に、襲撃者の一群は腰溜めにしたホースの先端を開放した。


 密封された高圧ガスが圧力を解き放たれて、音をたてながら通路内に充満する。


 大兄は何をすべきか瞬時に理解した。


 いちばん奥の男に憑いて、おもむろにガスマスクを脱がす。そして隣に。そのまた隣の男に。マスクを剥がれた男たちは、何が起こったのかわからずに唖然としていたが、すぐに自分たちの放ったガスにやられて昏倒した。


 洋行はもっと手際が良かった。レギュレーター、圧力調整弁そのものに憑き、敵の酸素供給を止めてしまった。必死で調整弁をいじるも酸素は彼らの肺には入らない。ある者はそのまま酸素欠乏で倒れ、息苦しさに自らマスクを取った者は、ガスを吸って意識不明になった。


「アイデアは良かったんだけどね」


 三田が床に倒れこんだ八人を見下ろしながら言う。


「海底だから、どんな場所だろうと密閉空間になってガスを使うのに有利だ、っていう考えは悪くない。けど、相手に呼吸しなくてすむヤツがこれだけいるってのは、ちょっと運が悪かったな」


 晴比古は踵を返し、開葉と瞬光のほうへ戻っていく。大兄は晴比古を追い越し、先に自分の体に戻った。


 帰ってきた晴比古に大兄が問う。


「大丈夫そうだが、どういうことなんだ?」


「ああ、これですか」


 晴比古が微笑む。


「一時的に体を仮死状態にするんです。それで、そのあと自分の体に自分で憑いて動かすみたいな感じです。大兄さんなら練習すれば出来るんじゃないですか?」


「それで呼吸しないから大丈夫だと?」


「皮膚吸収型のガスも大丈夫ですよ。生体機能が停止しているので」


「こんど練習してみるよ」


 大兄は言ったが、とてもやってみる気にはなれないだろう。


−−悪いが、これでグッバイするよ。ミスター晴比古にもよろしく言ってくれ。


 洋行が皆に呼びかけた。


−−どうした、洋行。もう、もたないのか?


 洋行の答えは、大兄の推測とは違っていた。


−−攻撃は二ヶ所同時だったようだな。潮見は痩せ我慢を言ってるが、このままではデンジャラスだ。



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