玉依(33)
「なんかさ、入口でごちゃごちゃしててもさ、どうにもならないし、そろそろ行かない?」
三田が気の抜けた調子で諭す。体は床から五センチほど浮いている。
「俺は、いいとしてもさ、そんな長居できないのも一緒に来てるんだろ?」
洋行と凪沙のことである。三田に言われて、ようやく開葉は晴比古から手を離した。
「帰ったら、一週間、朝ご飯にほうれんそうのおひたし出しますから」
「え〜〜」
床から立ち上がる壁面はそのまま卵型のアーチとなっている。天井は低い。背の高い瞬光などは頭が使えそうだ。
通路は滑らかな曲線で右へと曲がっている。
「じゃ、行きますか」
先導する晴比古の両頬は指の形に赤いアザが出来ていた。
通路の床と壁面はほのかに発光している。曲り角に来ると一方の道が点灯した。
「こっちに曲がれってことか」
大兄は感心するようにつぶやいた。
「どうやって光ってるのかな、これ」
「どうって、ただのLED照明ですよ」
「何?」
言われた大兄は驚いて壁面に顔を近づける。
壁には縦横三十センチ、五十センチのパネルがすき間なくはめ込んであり、右下隅にTOSHIBAとラベルが張ってあった。
「何で? 何で?」
指さして、何で? を連発する大兄に晴比古が言う。
「何で、って言われても。買ってきたからじゃないですかね」
「だから、どうして、こんな海の底にLED照明がついてるんだ?」
「明るいほうが良いからじゃないですか」
晴比古と会話をしていると、時々非常に意志の疎通が難しくなる。
「じゃあ、言い方をかえる。ここにLEDパネルを貼ったのは誰だ?」
「亀ですよ」
何を当たり前のことをと言いたげに、晴比古は答えた。
「ま、そうなんだけど、それじゃ、わかりにくいかもね」
三田が晴比古を引き継いで大兄に説明した。
「外からは石で出来たピラミッドみたいに見えるんだ、ここ。もしダイバーとかに見つかっても、海底遺跡くらいでごまかせちゃうでしょ。だから外は手つかずのままなんだけど。中はさ、持ち主が勝手に変えたって、それは持ち主の権利だよね。ここは亀、っていうか、そういうのの持ち物だから、内装は別に彼らの好きなように何したってかまわないじゃない」
「術かなにかで光らせるとか、そういうのじゃないのか?」
「そりゃ、そういうやり方もできるだろうけど、どう考えたって、こっちのほうが楽だろ」
「電気は?」
「LED照明が灯ってるんだから電気ぐらい通ってるでしょ」
「どこから電気を?」
「それは亀に聞いてよ。そのうち出てくると思うから」
−−驚くのも無理はないが、これはしかたのないことなのだ。
頭の声が大兄に教える。どういう意味だ、と大兄が思うのに声が反応した。
−−むこうの者たちは、あなたたちからどんなものも好きに持ってこられるし、あなたたちのどんなことも知ることができる。しかし、あなたたちは、むこうの者たちが許したものしか受け取れないし、許可された情報しか知ることができない。不均衡が生じるのは当然なのだ。
もう古めかしい言葉は使わないんだな、大兄が思うと、声が響いた。
−−あれは、わたしが、あなたたちの発声器官の使い方でいちばん慣れている方法をとっただけだ。直接想念を交換するのならば、わざわざああいう表現を使う必要はない。
道鏡さん、なんだか、その説明のしかたはあんたが人間じゃないように聞こえるぜ、そう大兄が思ったときに、割り込んでくるものがいた。
−−もちろん道鏡は、普通に我々の言う人間ではないよ。大兄。
洋行、驚いた大兄が心の中で叫ぶ。
−−この間、豊玉に憑いてみたと言っただろう、当然、どちらの豊玉にも憑いてみたのだ。様々なことがわかったよ。
何故、黙ってた。
−−特に聞かれなかったからな。
「おい、足元に気を付けろ」
ふらついた大兄に瞬光が叱咤する。
「それと、内緒話のつもりか知らんが、ここにいる連中にはみんな聞こえているからそのつもりでな。アイツをのぞいて」
瞬光が指した先には晴比古がいた。
まあ、そうだな、と一度は考えたものの、思い直して、ふふ、と大兄が笑う。
「あの男に知られてないんなら、それだけでも内緒話の価値はあるさ」
「お前、本気で言ってるのか?」
あきれ顔で瞬光が聞いてきた。
「アイツがこの程度のこと知らないなんてことがあると思ってんのか? たとえ聞こえていなくても、ヤツにはとうの昔にお見通しだよ」