西方の人(31)
電話の呼び出し音が鳴っている。
「ハイ、ハイ、ハイ、イマデルヨ」
二階から降りてきたシモーネ・マッツァリーノは、受話器を取った。
「コノウチ、ルスデスヨ、ハナシテルノ、ヘンナガイジンダヨ、トウモロコシ、カワナイヨ、アズキモ、カワナイ」
「シモーネ、久方ぶりに貴公の声が聞けて大変嬉しい」
受話器から聞こえてきたのは流暢なラテン語だった。
「陛下、ご機嫌うるわしゅう、下僕も嬉しく存じます」
「そう畏まるな。貴公と私の仲ではないか」
「めっそうもございません。陛下」
「変わりないか、つつがなく暮らしておられるか」
「すべては主の御心のままに」
「なによりだ。時に、東方のマリア様のご機嫌はいかがかな?」
電話をはさんでの会話だったが、背を伸ばし、マッツァリーノは居ずまいを正した。
「お仲間たちと試練に向かわれている最中にございます」
「試練、とな」
「御使いの御導きにて死者の国へと」
「生きながらお亡くなりになり、また現れて、下僕たちをお喜ばしくださるのだな」
「御意」
「して、貴公のお勤めは?」
「留守居にございます」
「留守居とな、心を砕き神の城を守らせませい」
「この命かけましてお守りいたします」
「我ら、主のもとに至るにはマリア様を通らねばならぬ」
「胆に命じてございます」
「シモーネよ」
心なしか、マッツァリーノには、電話の主が震えているように感じた。
「貴公の父君と私は親友であった」
「はい」
「貴公が奇跡によって再び貴公の父君にまみえ、また、現在の勤めを得たのは暁光とは覚えしも」
「……はい」
「やはり貴公の顔が見られぬのは寂しい」
「……陛下」
「私もまた貴公の父君と同じに、貴公を我が息子と思っておる」
「はい」
「戻れとは言わぬ。だが、たまには顔を見せてくれ」
「畏まりましてございます。いずれ、ハルヒコ、アキハさんと共に」
電話の主は、はじめて躊躇したようだった。しばしの沈黙があって受話器から声が漏れる。
「あの御仁もおいでなされると申されるか」
「是非に」
マッツァリーノは電話の向こうにため息を聞いたような気がした。
「彼の御方は使徒座には荷が重いぞ」
「生長なされました」
「貴公がそう申されるならば、そうであろうが。彼の御方が昔日、使徒座においでなされたときは私がお相手したのだ」
「ご苦労、偲ばれます。それにまた、此度の試練を果たさば、一層の徳積まれます故」
「そうであろう、そうであろうが、シモーネよ」
受話器から聞こえる声は、すでに懇願に近いものだった。
「人も神も、そう簡単には変わらぬものなのだ」