表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/58

西方の人(31)

 

 電話の呼び出し音が鳴っている。


「ハイ、ハイ、ハイ、イマデルヨ」


 二階から降りてきたシモーネ・マッツァリーノは、受話器を取った。


「コノウチ、ルスデスヨ、ハナシテルノ、ヘンナガイジンダヨ、トウモロコシ、カワナイヨ、アズキモ、カワナイ」


「シモーネ、久方ぶりに貴公の声が聞けて大変嬉しい」


 受話器から聞こえてきたのは流暢なラテン語だった。


「陛下、ご機嫌うるわしゅう、下僕も嬉しく存じます」


「そう畏まるな。貴公と私の仲ではないか」


「めっそうもございません。陛下」


「変わりないか、つつがなく暮らしておられるか」


「すべては主の御心のままに」


「なによりだ。時に、東方のマリア様のご機嫌はいかがかな?」


 電話をはさんでの会話だったが、背を伸ばし、マッツァリーノは居ずまいを正した。


「お仲間たちと試練に向かわれている最中にございます」


「試練、とな」


「御使いの御導きにて死者の国へと」


「生きながらお亡くなりになり、また現れて、下僕たちをお喜ばしくださるのだな」


「御意」


「して、貴公のお勤めは?」


「留守居にございます」


「留守居とな、心を砕き神の城を守らせませい」


「この命かけましてお守りいたします」


「我ら、主のもとに至るにはマリア様を通らねばならぬ」


「胆に命じてございます」


「シモーネよ」


 心なしか、マッツァリーノには、電話の主が震えているように感じた。


「貴公の父君と私は親友であった」


「はい」


「貴公が奇跡によって再び貴公の父君にまみえ、また、現在の勤めを得たのは暁光とは覚えしも」


「……はい」


「やはり貴公の顔が見られぬのは寂しい」


「……陛下」


「私もまた貴公の父君と同じに、貴公を我が息子と思っておる」


「はい」


「戻れとは言わぬ。だが、たまには顔を見せてくれ」


「畏まりましてございます。いずれ、ハルヒコ、アキハさんと共に」


 電話の主は、はじめて躊躇したようだった。しばしの沈黙があって受話器から声が漏れる。


「あの御仁もおいでなされると申されるか」


「是非に」


 マッツァリーノは電話の向こうにため息を聞いたような気がした。


「彼の御方は使徒座には荷が重いぞ」


「生長なされました」


「貴公がそう申されるならば、そうであろうが。彼の御方が昔日、使徒座においでなされたときは私がお相手したのだ」


「ご苦労、偲ばれます。それにまた、此度の試練を果たさば、一層の徳積まれます故」


「そうであろう、そうであろうが、シモーネよ」


 受話器から聞こえる声は、すでに懇願に近いものだった。


「人も神も、そう簡単には変わらぬものなのだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ