邪馬壹(30)
十日月の深夜である。
水平線ぎりぎりに浮かぶ月が、波間を照らす。
ウミガメの産卵期には賑わう永田浜も、いまはひっそりと夜の帳の中にある。
浜に立って、二組の男女が海を眺めていた。
「ヤツらどうする気かな」
岩影に潜み、じっと晴比古たちをうかがう者のことを大兄は言っているのだ。
「さあ、どうする気でしょうね」
金紗で捲いた長尺の剣を持つ晴比古は、風に吹かれつつ、眼前の荒波を見つめていた。
「なんなら片付けるか?」
大兄の問いに、晴比古は静かに首を振った。
「しきたりに従ってやれ、と言われてますからね。むこうが手出しする前に、こちらから仕掛ける気はありません」
「居残り組も心配だが」
「彼らのほうには田上氏が欲しがるようなものはありませんが、こちらには豊玉二つと天叢雲剣ですから、襲うとすればこちらだと思います」
「むこうを人質に取るとか」
「田上氏もそこまでバカとは思いたくはないんですが。そもそも凡海衆を人質とか、まったく意味がないじゃないですか。虎の檻に入って、この虎を殺されたくなかったら言うことを聞け、とか。バカの見本みたいなものです」
「そこまでおっかなくはないぞ、凡海衆は。賀茂晴比古じゃあるまいし」
「田上氏がそう思ってくれるのなら、その汚名、甘んじて受けるんですけどね」
晴比古は岩影を見やる。張りついた影は動く気配がない。
「彼ら以外には見物人もいないようですし、そろそろ始めますか」
晴比古の呼び掛けに、開葉は、はい、と返事した。
二つの豊玉を両手に、開葉は大きく腕を伸ばし、月の光を宝珠に受けた。
波の音が途切れる。
「よし、みんな、走れ」
晴比古が叫び、走り出す。開葉、瞬光が後に続く。
眼前の信じられぬ光景に大兄の思考は完全に停止している。
海は、なかった。
潮乾珠は遂にその本来の力を解き放ち、一瞬にして、大兄の眼前の海を干上がらせたのだ。
前方を行く三人のはるか先には、海底から隆起した、石のピラミッドが見える。
「大兄殿」
己の口から出た言葉によって、我に返った大兄は、あわてて、地の底、海の底にむかって駆け出した。