邪馬壹(29)
「これ何ですか?」
スーパーに見慣れない魚があったので、開葉はそばにいた地元のお母さんにたずねてみた。
「オジサン、だよ、おいしいよ。煮ても焼いても刺身でも食べられるよ。おいしいよ」
「オジサン?」
「ほおら、このアゴのとこヒゲが二本ついてるでしょ」
言われてるみと確かにそうだ。面白いので皿一枚分カゴに入れる。
屋久島で民宿に入ったのは良いのだが、家人まで他所に移ってもらい、完全貸切りにしたため、食事も出ない。めんどくさいので外食にしようという意見もあったが、人数も人数なので自炊することになった。
地元のスーパーは新鮮な魚が多い。トビウオもあったので、それもカゴに入れる。
佳海は主に野菜担当だ。大根、小松菜、にんじん、セロリ、カブ、九人分だと材料だけでも結構な量になる。
凪沙はカゴをチョコレートとスナック菓子でいっぱいにしている。かなり好きらしい。
瞬光は……
「こっそりカゴの中にお酒入れるのやめてください」
開葉は振り向きもせずに瞬光に言う。
「大兄が飲むんだよ。ヤツのせいでこっちになかなか回ってこないんだ」
「他人のせいにするんじゃありません」
「あれはいいのかよ」
瞬光が指した先には、カートに焼酎を満載して押す晴比古がいる。
「私のカゴに入れられると重いの。欲しいんならキョージュみたいに自分で持って歩きなさい」
いちいち小分けするのも面倒なので、刺身、煮物、焼物、サラダとそれぞれ大皿に盛り付け、ビュッフェスタイルにした。てんでに取って、皿の底が見えるころには、皆、満腹になった。
そのまま座敷で小休止して茶など飲みながらくつろいでいると、晴比古が切り出した。
「そろそろ邪馬壹に入りますので、行ける人と行けない人を分けなければなりません。我々の方は全員行くとして、後は道鏡さん、これだけは決まっていますが、凡海さんのほうはどうされますか?」
「我々も全員行く」
「それは、ちょっと」
晴比古が困った顔をした。
「今回はいちおう先方の招待ですので、それなりの配慮はしてもらえるんじゃないかと思いますが、不測の事態も考えて用心しないといけませんから」
「不測の事態って、たとえばどんな?」
佳海の問いに答える晴比古はなんとなく歯切れが悪い。
「うーん、なかなか表現しずらいんですが、その、あまり生身じゃないほうが良かろう、と、そういう意味です」
「簡単に言うと、俺みたいなのなら大丈夫ってこと」
三田が天井の近くに、ふわふわ浮きながら言う。
「ミーは玉レディとゴートゥギャザーだから問題ないな」
洋行は言ったが、潮見がよこやりを入れる。
「この間はいいとこ一時間ぐらいしかもたなかったろ」
「オンリーワンで豊玉の中にいたからな。玉レディと一緒なら大丈夫だ」
「いいかげんなこと言うなよ」
「いいかげんではないよ」
洋行は片目をつぶってみせ、それに応じて、るる、と豊玉が燐いた。
「いつのまに」
開葉はあきれたが、豊玉が嫌がっている様子もないので、よしとした。
「あたしは、これ」
凪沙は水のはいった小びんを取り出した。
「水天宮の若水なんだ。割れたら戻らないといけないから、大事にしてね」
そう言って、凪沙は若水を開葉に渡した。
「ずいぶん用意がいいんですね」
「まあね」
晴比古に褒められた凪沙は、少しだけ頬を赤くした。
「じゃあ、俺は居残りだ」
潮見が言う。
「誰かが忌籠しなけりゃ、洋行と凪沙は出られん。俺がやるよ」
「潮見さん一人では辛くありませんか?」
晴比古が言う。
「ウチのほうでも忌籠ができる術師を手配してはいるんですが、間に合うかどうか微妙です」
「私も残ります」
佳海が言った。ちら、と大兄のほうに目を向け、うなずきあうと、付け加えた。
「たぶん、それで大丈夫です」
佳海の決断を聞いた大兄は史郎に向かって問うた。
「道鏡さんはどうする? 一人で行けるのか?」
「拙僧のみでは適わず」
道鏡の答えにうなずいた大兄は、もういちど史郎に向かって問うた。
「史郎、道鏡を憑かせて長いんだろう、それにこの間の権叔父の件だ。そろそろ限界じゃないのか?」
「いつ、そう言ってくれるのか待ってたよ」
史郎は苦笑した。
「正直、もう、いっぱいいっぱいだな」
「申し訳ない、史郎殿、そして大兄殿」
「そういうことだ」
大兄は晴比古に向き直った。
「道鏡さんは俺に憑いてもらう。そして、俺が邪馬壹に行く」
「大丈夫ですか、と聞くのは意味がないんでしょうね」
晴比古が言い、大兄が笑った。
「意味はないだろうな。大丈夫なわけがないしな」
わかりました、と、晴比古は言った。