邪馬壹(27)
晴比古と開葉が宿に着いたのは九時を少しまわったころだった。
晴比古に聞くと夕食はふぐだったらしい。ふぐくらいですんでなによりでした、と語る晴比古に、あの開葉って娘は思ったより金のかかる女なんだな、と大兄は思った。
「いまシュンコウさんに次の宿の手配をしてもらってます。彼女のつてで民宿を一軒まるごと借りようと思っていますが、急なことでむこうも少し時間がかかるようです。もう一泊この辺で過ごすことになります」
「高木の神の居座はわかったってことかな?」
そう問うたのは史郎である。いろいろ都合がよかろうと、晴比古と大兄の部屋に割り込んできたのだ。
「ええ、屋久島です」
晴比古はあっさり答えた。
「縄文杉が高木の神、ってこと?」
「そうです」
「なんか安直だなあ」
史郎の言葉に、晴比古はまるで自分が批難されたかのように抗議する。
「そんなこと言ったって、別にあなたを満足させるためにこんなことやってる訳じゃないんですから、安直だとか言われても困ります」
「あ、ごめん、ごめん、そういう意味じゃないんですよ。でもほら、邪馬壹の謎、とか言われたら普通に期待するじゃないですか。いろいろとね」
笑いながら言う史郎に、晴比古は憮然としている。ずいぶん機嫌が悪いようだな、と大兄は思った。まあ、無理もないが。
「こっちにしたら、謎でも何でもないですよ。大昔から口伝で伝わってるし、嫌というほど暗誦させられましたから」
「それはお気の毒さまです」
史郎、っていうのはこんな感じだったかなあ、と大兄は昔の記憶を堀返しながら考える。もう少し、おとなしいヤツだったような気がするが、道鏡が入っているのが影響しているのかもしれない。
「それにしても」
大兄は会話に割って入ってみた。とくに意図があったわけではないが、二人で話されて黙っているのはなんだか寂しかったのだ。
「水行二十日の投馬国が屋久島じゃ、 五万余戸ってのは難しいんじゃないかな」
「現在の屋久島の人口が一万五千人弱ですから、あの時代だと難しいでしょうね」
晴比古はそう言いながらも涼しい顔だ。
「でも、投馬国が五万余戸、邪馬壹国が七万余戸なのに、他の国は最大の奴国でも二万余戸、その他は数千戸ですから、あまりまともに出してる数字とは思えませんね。投馬、邪馬壹は伝聞推定だという説も有力ですし、まあ、話半分でしょうね」
「屋久島から水行十日はともかく、陸行一月はないんじゃないか?」
大兄も、魏志倭人伝が絶対と思っているわけではないが、いま、晴比古と話せるのはこの話題しか思いつかない。
「口伝では、その部分、違ってますからねぇ。前にもお話ししたと思いますが、十日月の夜に尋ねるべし、なんですよ。十日月の意味がわからなかったので、水行十日陸行一月になってしまったんじゃないですかね」
「十日月って、どういう意味だよ」
「十日月は小潮になるんです。月と太陽の向きが九十度に近くなるので、打ち消し合って、新月や満月のときより潮がおだやかになる。豊玉の力にも限界がありますから、なるべく潮が落ち着く時のほうがいいんです」
「なんだかよくわからんが」
「口で説明してもわかりにくいんです。見ればすぐわかりますよ」
いままでくつろいでいた史郎の背が、ぴっ、と伸びた。
「どうした?」
大兄の問いに、史郎が苦笑いしながら答えた。
「すみません、ちょっと、ヤボ用ができたみたいだ」
史郎は正座して目をつぶる。
「少しの間、抜けます。大兄さん、あとはよろしくお願いします」
「もしかして、田上容堂氏の関係ですか?」
晴比古が静かにたずねると、史郎はうなずいた。
「そうです。ボクの父が危ないらしい」
「権叔父が?」
「そう、自業自得とはいえ、放っておくわけにもいかないし……、おや?」
史郎が目を開けて晴比古を見つめる。
「あなたのお父さんもおられるようですね」
史郎の言葉に驚き、大兄は史郎と晴比古の双方を見くらべる。
「ああ、頼んだ分くらいは仕事しているみたいですね。何かの役には立つと思います。父には、枝葉ばかり刈らないで幹のほうをなんとしろ、と伝えてください」
「わかりました」
「一人で大丈夫か?」
問うた大兄に、史郎は微笑みながら答えた。
「道鏡さんもいるし、まあ、大丈夫でしょう」
そう言った史郎から生気が抜け、正座の姿勢から前のめりにくずおれた。