邪馬壹(26)
「おばさん、元気?」
初美の訪問に苦虫を噛みつぶした顔でむかえた久遠寺である。
「子供は立入禁止よ。学校で習わなかった?」
「最近はゆとり教育だからね。肝心なことは何も教えないことになってる」
「あ、そう」
久遠寺は答え、そして続けた。
「じゃあ、アタクシが教えて・あ・げ・る。ガキは家帰ってママのおっぱいでも吸ってなさい」
「あれ、見かけ倒しなんだよね。吸っても出ないんだ」
「あら、それは、お気の毒」
眉ひとつ動かさず、久遠寺が問うた。
「それで、何の用なの?」
「恋愛相談」
「本日の営業は終了しました」
「わーい、じゃあ、タダでやってもらえるんだ」
日本の教育システムを嘆いてもはじまらない、と久遠寺は思った。それにこの場合は遺伝要素のほうが大きい。
「まあ、いいわ。依頼は具体的で簡潔に言いなさい」
「賀茂晴比古をおとすにはどうすればいい?」
「あなたの主星が白羊宮に入っていて天中殺で丙午な上に天画と地画の組み合わせが最悪で塔のカードがリバースで出ているので、見込みはまったくないわ」
「ちぇ、亀の甲より年の功だと思って聞いてみたのに、無駄に年喰ってるだけか」
「いいかげんにしないと、いくら温厚なアタクシでも怒るわよ」
初美は向かい合わせに並んだソファの片方に腰かけた。対面には映照が寝そべっているが、顔に張りついた笑みには、そろそろ余裕がなくなっている。
「少し真剣に相手して欲しいよね。多感な年頃の少女が悩んでるのに。自殺でもしたら後味悪いでしょ」
「あなたの母親を殺そうと思ったことがあるのだけど、あれは何やっても死ぬような輩じゃないことがわかってあきらめたわ。だから、あなたも並大抵のことでは死んだりしないから、安心なさい」
「で、ぶっちゃけ、どうすればいいと思う?」
「好きにすれば、アタクシは関係ないわ」
「キョージュとアキハが地の果てまで仲良く出かけてるのに、余裕だね」
「添乗員付のツアー旅行でしょ。オマケもたくさん。シュンコウまでいるそうじゃない。気にするほうがどうかしてるわ」
「地の果て、海の底、そのまた地の底にございます」
驚いたことに、初美は件の老人の言葉を一言一句違えずに復唱した。
「地の果てまでなら、オマケも着くだろうけど、海の底、そのまた地の底、と言ったら人の行ける場所じゃない」
久遠寺はため息をついた。
「あなた、あの二人の邪魔したいってわけ?」
「そんな単純な話じゃないよ」
初美は髪の毛の先を指に絡ませ、二度三度と癖を伸ばした。
「同じ悩みを持つ者同士、苦難を分かちあえないかと思っただけ」
久遠寺は笑んだ。映照もうすら笑いを浮かべているが、できればこの場から消え去りたい、と願った。残念ながら今日の映照は実体である。
「あなたとひとくくりにされても困るんだけど」
久遠寺は言った。
「あなたの言い分だと次にダーリンがどこに行くか知っているみたいに聞こえるわね」
「知らないの?」
いたずらっぽく初美が笑う。
「カゲに調べさせたのだけど、見つかって逃げ帰ってきたわ」
「ちょっと、レイカ様、ひどいなあ」
映照は抗議するも、事実でしょ、と久遠寺にたしなめられる。
「高木の神おわす所にてあいまみえましょう」
初美が言い、挑むように久遠寺の顔を見つめる。
「あなた、アタクシにそんなこと教えてよろしいの?」
「むこうも人手不足らしくてさ」
初美は言いながら、あごで映照を指した。
「そこのおじさん、暇なら手伝いに行ってくれるとありがたいんだけど」
ふーん、という表情で久遠寺は初美をねめあげ、それから映照に視線を移した。
「考えておくわ。ありがとう」
「じゃ、そういうことで」
初美は立ち上がりドアまで歩いたが、ふと思い立って振り向いた。
「おばさん、ってさあ、恋占い苦手なの?」
「くだらないこと言わないの」
久遠寺は言った。
「たとえきちんと占ったとして、いったい誰が占いの通りに恋愛したりするのよ。叶わぬ恋です、なんて言ったところで、誰も占いの結果なんか聞きゃしないわ」