邪馬壹(25)
「また天叢雲剣を借り出したのか」
会頭室に入るなり、萬山は文句たらたらだ。
「あなたの息子さんが必要だと言ってきたものですから、水天流しで送りました」
「お前のところの村正でいいんじゃないのか」
「あれはボクのじゃなくて尊子の家のものですし、この間、刃こぼれしたときは、ものすごく嫌味を言われましてね」
「天叢雲剣は一振しかないのだぞ」
「あるということもあまり知られていないので、別になくなっても、それほど騒ぎにはならんでしょう」
ふん、と不満気な顔を隠そうともせず、萬山はソファに腰を降ろした。
あらら、座っちゃった、また長居する気かな、多聞は思ったが、口には出さなかった。
「他に何か言ってきてないのか」
「凡海衆と一緒に行動しているらしいですよ。それで忌籠が使える人間を、至急、応援に送ってほしい、と」
「忌籠を? また、何で?」
「バランスが悪いんだそうですよ」
「しかし、ウチで凡海衆に匹敵するほど忌籠を使いこなせるのは、三田の面倒を見ているあの娘ぐらいしかおらんだろう」
「あの子はダメですよ。いま離したら、三田がもちません。それについては心当たりがあるので、手配済みです」
「何かものすごく嫌な予感がするぞ、その手配済みには」
「気のせいですよ。年を取ると誰でも心配性になるものです」
「何でも年のせいにするな」
「そうですね。じゃあ、師匠が特別心配性だ、ということにしておきます」
ちくちく嫌味を言っているのに、萬山はなかなか腰を上げようとしない。困ったものだ、と多聞は思う。
「後は?」
「田上容堂を何とかしろ、と言ってきてます」
「田上を? そりゃ、何とかしたいのは、やまやまだが」
「じゃあ、何とかします」
「待て待て、お前だとやりすぎる。他の者を当てろ」
「あいにく他の者は出払っています」
「出払ってる、ってことはないだろう」
「出払っています」
多聞は言い切った。
「田上氏とまともにやりあえるのは、ボクでなければ、晴比古かあなたぐらいです。術師の力量とか、そういう問題ではない。他の人間だと田上氏に丸め込まれてしまいますからね。晴比古はいないし、あなたはやる気がないので、ボクしかいません」
「やる気がないわけじゃない」
「しかし決断はできない、と?」
「田上をつついて八色が出てきたらどうする?」
「霊峰友愛はとうの昔に田上氏と縁を切ってますよ。いま彼のまわりにいるのは小者ばかりです」
「わかった、田上はこっちでやる」
萬山は言ったが、多聞はそれで納得した風ではなかった。
「やるなら早くしたほうがいいですよ。三田の話では晴比古がかなり怒っているようですから」
「晴比古が怒ったところでどうにもなるまい。それに怒っているのはお前のほうだろう」
「そうですか? あの男はやると言ったらやりますよ。九州と東京、ちょっと離れているくらい、晴比古には何でもないでしょう。それと、ボクも確かに怒っています。娘を拐われて怒らない親はいません」
「気持ちはわかるが、抑えろ」
「抑えましたよ。一度はね、あなたが頼むから。でも一度だけです」
「わかった、よく、わかったから、そっちはまかせろ」
萬山は立ち上がった。多聞はドアを開けて見送ったが、その背中はさびしげに見えた。
無理もない、とは多聞も思う。萬山の生い立ちを考えれば、気乗りしないのも理解はできる。
さてどうするかな、多聞は思ったが、あまり良い考えは浮かばなかった。成り行きにまかせてみる、即断即決が信条の多聞にしては、めずらしい結論だった。