邪馬壹(24)
鳥居には豊比咩神社とある。
こじんまりとした境内である。土手に隠れるように立っているため、遠くからでは見えにくい。あるとわかって探していなければ、たどりつくのは難しい。
「オマケはどうしてる」
「ついてきてるねぇ、でも三分の一、三人しかいない」
凪沙の能力が制限無しで使える状況なので、まず間違いはない。にしても、三人とは舐められたもんだ、と大兄は思う。
そうは言っても、立場が逆なら大兄でもむこうに人数を割く、いっそのこと、こちらを無視するというのも手かもしれない、指示しているのが誰かはしらないが、まあ、妥当な判断だろう、大兄はそんなことを考えながら境内を散策する。
どうするのか、とは誰も大兄には聞かない。晴比古が来るまで、誰もここを動こうとはしないだろう。この旅に入ってからは、こういうことに慣れてきた。楽だな、というのが意外にも大兄の本音だった。連日、翌日に支障がでるほどに飲みつづけられるのも、裏を返せば、晴比古がどうにかしてくれるだろう、という安心感からかもしれなかった。
堕落するのは早い、しかし、堕落するのもそれほど悪いものではないかもしれない。
ぽん、と大兄の肩を叩く者がある。
「史郎か?」
大兄は振り向きもせずに言った。
「もう一人いるみたいだが、道鏡さんか?」
「いかにも」
「で、俺に用があるのはどっちだ?」
「どっちもだよ、大兄さん、こっちを向いてくれないか。別に取って喰おうって訳じゃない」
「どうだか」
振り向いた大兄に微笑む史郎。
「この間は何で逃げた」
「おっかない人がいたからね」
ふふん、と大兄は鼻で笑った。
「俺は優しいからなあ」
「それに今日はもう逃げられそうにないし」
「そうだな」
佳海、洋行、凪沙が囲んでいる。それに目の前に大兄がいる。人の足で逃げきれるものではない。
「で、用向きは何だ」
「邪馬壹に同行させていただきたい」
「それは賀茂晴比古に頼んでくれ。俺たちもオマケなんだ」
「御意」
「田上容堂、って人をどうにかして欲しい」
「それは、つけているやつらを潰してもどうにもならないんだな」
「ならない。申し訳ないが、親父がらみだ。親父には釘をさしておいたが、どう転ぶかはわからない」
「そうなると、ほっとくしかないがなあ。ふりかかる火の粉は払わないといかん」
「その通りだ。長の判断としては、至極まっとうだと思うよ」
「おいおい、こんなところで、長とか出すなよ。卑怯だぞ」
「卑怯でもなんでも、あんなものでも親は親だ、できれば助けたい。使えるものなら、なんでも使う」
「里に残っている連中じゃ、権叔父相手では荷が重い。かといって、俺たちはもう抜けられないらしい」
大兄は言葉を切った。史郎の表情を探るように、その目を見つめる。
「お前もそうなんだろう」
「拙僧、未熟者にして、己に頼りて邪馬壹に至ることあたはず。史郎殿のお力を借りるよりなし」
「まあ、そう、かしこまりなさんな。事情は後でゆっくり聞くよ」
「そっちのほうは、術師会のほうであたってみるよ」
不意に現れた三田が話に割り込んだ。
「あんたか、大丈夫なのか、安請け合いして」
「うーん、いろいろ、厄介な御仁でね。素人だから加減がわからないんだ。年も年だから焦ってるらしくて、いろいろこっちも迷惑被ってる。そろそろ潮時だとは思うんだが」
「物騒な話だな」
「まあね」
「私も少しお聞きしたいことがあります」
開葉が前に出た。差し出した掌に豊玉が乗っている。
「玉ちゃんの御親戚の方ですね」
史郎はポケットから黒い玉を取り出した。
豊玉が、るるる、と光をまわす。史郎の黒い玉がほんのりと光を戻す。
「こりゃ驚いた。新旧豊玉のご対面か」
社屋の上からのぞいていたのは八色映照である。映照もまた離魂放魂術の達人であった。
「ヘイ、マン、何してる、ドゥーイング?」
映照は驚いた、自分が驚いたということに驚いた。これほど完璧に気配を消されて近寄られたことはない。
「や、やあ、良い天気だね」
「東京シティじゃ、屋根クライムがムーブメントなのかい?」
「そんなとこだ。これから久留米でも流行ると思うぜ」
映照はそれだけ言うと消えた。
洋行は豊比咩神社の社屋に腰かけたまま、ひとりごちた。
「彼はカウントかアンカウントか。プロフェッショナルだからアンカウントだな。他のヤツより面白い。ファニーマンだ」
洋行は下界に目を移す。
レンタカーのトランクを開けてごそごそやっている者がいる。
「ミスター、それはバッドアイディアだ。たぶんレディはお見通しだぞ」
「あ、どうも〜、遅くなりました〜。すいませ〜ん」
晴比古が駆けてくる。社殿前には皆が集合している。
「史郎さんですね。はじめまして」
「史郎です。はじめまして」
「道鏡と申す」
「あ、どうも、道鏡さんもはじめまして。亀さんから何か言付けありませんか?」
「高木の神おわす所にてあいまみえましょう、とのことですよ」
「なるほど、わかりました。ありがとう。じゃあ、いきましょうか」
車まで来たとき、開葉が晴比古の目の前に手を出して言った。
「鍵」
「え?」
「鍵ください」
「やだなあ、運転は僕がしますよ。アキハさんは後ろの席に」
晴比古は頬をひきつらせながら断ったが、開葉は譲らない。
「いいから、鍵よこせ」
「……はい」
開葉は運転席には向かわず車の後ろにまわってトランクを開けた。
「これは何だ?」
開葉は五尺余りの細長い錦紗の袋を晴比古の眼前に突き出す。
「こ れ は 何 だ ?」
もう一度問われて、晴比古はしぶしぶ小声で返す。
「天叢雲剣」
はあ、とため息をついた開葉は、トランクに天叢雲剣をもどした。
「どうして、私に内緒でこういうことするの」
「だって、アキハさん怒るから」
「そうじゃないでしょ、あらかじめ相談して、ってあれほど言ってるのに」
「天叢雲剣、使っていいですか?」
「だめに決まってるでしょ」
「ほらあ」
「何が、ほらあ、だ」
開葉は晴比古にとびかかり渾身の力で首を絞めあげる。
「わ、まて、タイム、くび、なし、やめて」
「うるさい、うるさい、うるさいぃぃ、いっつも、いっつも、いっつもぉぉぉ、私のこと騙して、まだするかあぁぁ」
「な、なんで、わかったの、う、ぅぐ、やめて」
「わかるだろぉ、こんな物騒なものぉ、いつもはお前が霊力で隠してるから気づかないんだあ、それなければ、五百メートル先からでもわかるわぁっ」
「……ぅぐ、ぅわぁぁ」
晴比古は一瞬、瞬光のほうに怨みがましい視線を投げたが、瞬光はプイとそっぽを向いて無視した。
「さあ、もう旅館帰って飯にしようぜ。そこの兄ちゃんも一緒に来い。一人分くらいならどうにでもなるだろう」
「あれ、あのままにしといていいのか?」
大兄がおそるおそる瞬光にたずねた。
「ああ、いつものことだから、車一台残しておけばいいよ。疲れたら帰ってくるだろ。後のみんなは狭くなるけど、宿まですぐだから、ちょっとの間我慢な」
二台のレンタカーは神社を後にした。
車の中、なぜか、目の前を漂っている三田に、大兄は聞いてみた。
「大丈夫なのか? あの二人」
「ん? ああ」
面倒臭そうに三田はつぶやいた。
「大丈夫だろ。周りはどうだか知らないけど、二人っきりなら何しても大丈夫だよ、あの二人は」