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邪馬壹(22)

 

 その晩、部屋割りの関係で晴比古と大兄が同室になった。


「あの、大兄さん……」


「何だい? 晴比古さん」


 大兄の目はすわっている。二日酔いを迎え酒で抑えるとのことだ。昨日はちょっと脅かしすぎたかな、と、晴比古には珍しく、少しだけ後悔した。


「何で、久留米なんだ?」


 焼酎を手酌しながら、大兄のほうから聞いてきた。


「魏志倭人伝の旅程をそのままたどって水行の前、不弥国まで来ると久留米になりますから」


「久留米が不弥国だと?」


「いや、それについてはどうでもいいんですよ」


「どうでもいいってことはない」


 晴比古はときどき、とんでもないことを言い出す。邪馬壹、邪馬臺の話は置いておいても、そもそも邪馬台国論争においては魏志倭人伝に書かれた各国の比定、最終的には女王国がどこにあったかが、常に論争の中心であった。それを、どうでもよい、とは、あまりにもいいかげんである。アルコール漬の大兄の頭だが、その根っ子の部分が晴比古の言動を拒絶する。


 ところが晴比古の弁は、ますます論旨が飛躍するのである。


「何で、ああいうことになっちゃったのか、僕も不思議なんですけど、そもそも魏志倭人伝にあの旅程が入っちゃったのは、何かの手違いなんじゃないかと思うんですよね。まあ、大国と言ってもよその国なんで、そこまで手がまわらなかったというのが本当のところかもしれませんが」


「そりゃ、どういう意味だ?」


「もともと、あの旅程はですね。秘中の秘、常世への道を示したものなんです。日本では口伝のみでごく一部の術師しか知りません。魏志倭人伝では、適当にその当時あった国をはめこんであるので、だから位置も微妙にずれて、かえってわけがわからなくなってます。その後の文献では、邪馬壹が、邪馬臺に書き換わっていたりね。中国の人には、その辺、どうでもよかったんですよ」


 飲みかけた焼酎を吹き出す。鼻に焼酎がもどった大兄は、ひとしきりむせる。


「ちょ、っと待て、じゃあ、学者連中が、距離が方角が、いや行き方がとか、いろいろ言ってるあれは」


「何で、あんなことになっちゃたんでしょうねえ。やっぱり徐福のせいですかね」


「徐福というと、秦の始皇帝の徐福?」


「中国では不老不死の霊薬となっていますが、実際に伝わったのが死者の国への行き方ですから、まあ、合ってると言えば合ってますが」


 晴比古は浪々と詠いだした。


「天比登都柱より出、海を跨いで接岸し、東南五百里、更に百里。東に百里。水天、南して二十日。十日月の夜、尋ねるべし」


 天比登都柱は壱岐の別名である。大兄はそぞろに落ち着かなくなった。


「あの、俺がそれが聞いちゃって、ヤバイこととか、ない?」


 一気に酔いが醒めたように、自信なげに問う大兄。晴比古は一笑した。


「大丈夫ですよ。もう、この道は使えないんです。水天、南して二十日、の水天地下水脈が桜島の噴火で閉ざされ、使えなくなったので」


「すまん、よくわからないんで、もう一度説明してくれ」


「全国の水天宮は地下水脈でつながっていたんです。昔は凪沙さんみたいに、水に憑く、というか水に沿える人が多かったので、よく使われていたんです。水天流し、って言うんですけどね。いまは水脈も切れていることが多いし、めったに使いませんけど。久留米から南に向かう地下水脈はかなり太かったんですが、桜島の噴火でダメになってしまいました」


「確かに、久留米は水天宮の総本社だが、主祭神は安徳天皇のはずだ。古いことは古いが邪馬壹には無理じゃないか?」


「どっこい、天御中主神も祭られている。天地開闢の際に高天原に最初に出現した神ですよ。もともと水天というのは仏教以前のインドのヴァルナ神ですからね。神仏混淆のせいでごちゃごちゃしてわかりにくいんですが。安徳天皇が祭ってあるのは、壇ノ浦で没した従者の中に水天流しを使えるものがいて、その人が水脈に沿って生きのびて、立てた祠がいまの水天宮社のもとになっているからです。まあ、そのおかげで天叢雲剣が失われずにすんだんですけど。それ以前から地下水脈はずっと使われていたんです。公然の秘密、ってやつですね」


「そうすると、久留米の先は?」


「それは、わかりません。いまは水脈が切れているので、いくつか候補はあるんですが、なにしろ行けないものですから」


 がっくりと肩を落とす大兄に、晴比古は焼酎をすすめる。


「そう、がっかりするものでもないですよ。我々には亀がいますから、亀は邪馬壹から来ています。明日は逃げたりしないでしょう」


「だといいが」


「ところで、大兄さん、今日、亀と一緒にいた人ですが、お知合いですか?」


「あ、ああ」


 長々と晴比古の講釈を聞いていたので、今度は自分が問いかけられると、頭を切り替えるのに時間がかかる。


「凡海衆の一人だ。史郎っていうんだが、自治医大の学生で、今時分、こんなところにいるはずはないんだが、里に問い合わせてみたが、どうもよくわからん」


 どうせ権叔父が横車を押しているのだから、まともに大兄に情報がはいるわけはない。そう考えて佳海に連絡をとってもらったが、それでも、よくわからなかったらしい。ここ一週間ほど行方不明、という噂もあるらしいが。一ヶ月、二ヶ月、姿が見えないのであればそういう話もわからなくはないが、一週間程度行方がわからないなど、大学生なら普通だろう。


「自治医大ですか」


「それが何か?」


「いや、たいしたことじゃないですが、自治医大といえば下野薬師寺のそばか」


 大兄には晴比古の意図がつかめない。


「下野薬師寺?」


「道鏡終焉の地ですよ。造下野薬師寺別当が彼の最後の官職です」


 大兄は震える手でコップの焼酎をあおった。二日酔いにならずに精神を麻痺させられる適量のアルコール濃度というものがあればいいのに、大兄は心の底からそう思った。



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