邪馬壹(20)
「はい、2枚引き、それでもってウノ」
「ノーノー、4枚」
「え、ウソ、もしかして?」
「あるわけないでしょ、もう、赤、早く出して」
「よかったあ。ウノ」
「チェンジで黄色」
「あっがり〜」
ああ、と、座にどよめきがひろがる。
「なんでチェンジすんだよぉ、へたくそ」
凪沙が潮見に喰ってかかる。
「他に出すものないんだからしょうがないだろ」
「次であがりだったのにぃ」
やる方ない凪沙のほこ先が、いまあがったばかりの開葉に向いた。
「だいたい、開葉ちゃん、ずっこい、玉ちゃんなんか使ってえ」
「え? だって玉ちゃんもやりたいって言うから、私は代理でカード出してるだけだよ」
開葉の前に置かれた台に乗った豊玉が、くるくると光をまわす。
「だったら、開葉ちゃんじゃなくて、いいじゃん。あたしやる。玉ちゃん貸して」
言うなり凪沙は豊玉を台ごと自分の前に置く。
豊玉は、ぽぽっ、と二度瞬いた。
「玉ちゃ〜ん、一緒にがんばろうね〜」
「はい、あがり」
「がー、ありえないしー、なんでー」
凪沙が絶叫する。身構えた豊玉が光を落とした。
「なんで? 玉ちゃん、どーして、あたしの味方はしてくれないの?」
「豊玉はがんばってたじゃないか、凪沙が豊玉の言う通りにしてたら、たぶん、お前が勝ってた」
あがった潮見が凪沙に言った。豊玉も、ぽ、と控えめに申し立てたが、凪沙は納得しない。
「だって、玉ちゃん、あんな変な札出せとか、おかしいよ。UNOのルールよくわからないんじゃないの?」
豊玉はくるくる光をまわして抗議したが、凪沙はまったく聞く耳を持たない。
「オーケー、オーケー、オーケー、トリプルオーケーだ。ユーの言い分はミーがアンダスタンだ」
「なんだよ、洋行」
噛みつかんばかりの凪沙をいなす洋行である。
「ヘイ、ガール、よくリッスン。ユーは玉レディと勝負したい、リアルファイトだ。これでオーケー」
玉レディ? 洋行以外の全員が、豊玉も含めて、洋行に文句を言いそうになったが、洋行は気にしない。
豊玉を人差指と親指ではさみ、自分の目の前に、洋行は掲げる。
「潮見、アーユーレィディ?」
「好きにしろよ。やれるもんならな、こっちはいつでもオーケーだ」
潮見の承諾を確認し、洋行は豊玉に言った。
「ユーとミーはエクスチェンジだ。ドゥユアベスト」
洋行の手から豊玉がこぼれ落ちた。
あわてて押さえた開葉だったが、洋行の様子がおかしい。
「どうしたんですか、洋行さん?」
「豊玉に憑いたんです」
佳海が開葉に言った。
洋行は座ったまま、にこりと微笑む。右手、左手と交互に指を動かしている。
「我々、凡海衆は他のモノに憑くことができるんです。普通は人、動物に憑ける者もいますが、洋行は変わり種で、無機物、命の無いモノに憑けるんです」
「え? じゃあ、この中に洋行さんが?」
開葉はしげしげと豊玉をのぞきこむ。光が少し弱くなったようにも見える。
「何かに憑いているときは体が空くので、おかしなものが入り込まないように他の者が守ります。忌籠と言うんですけど、潮見が非常に得意で。ただ今回は、豊玉にだけ空けてあるので、洋行の体には豊玉が入りました」
「玉ちゃん、なの?」
洋行−−豊玉は開葉に微笑む。
「手足はなんとかなるそうだが、声を出すのは難しくて無理らしい。俺も集中しなきゃいけないし、俺と洋行は抜けるから、四人でやってくれ」
洋行に入った豊玉は、不器用にカードを混ぜはじめる。
「しゃべれないんだと、ウノはどうすんの?」
凪沙の問いには潮見が答えた。
「俺が代わりに言うよ。憑物と忌籠の関係だから、それぐらいはわかる」
「ちょっと変則だけど、やってみましょうか」
「そ、そうだね」
佳海の言葉に開葉が同意し、豊玉が札を配りはじめる。豊玉がはじめてしまったので、親決めは? などと、ヤボなことを言う者はいなかった。
「ウノ、だそうだ」
豊玉が洋行について五戦目である。ここまで豊玉の三勝、やはり豊玉はかなり筋が良いらしい。
「へーん、今度は絶対阻止するもんね。チェンジで黄色」
自身満々の凪沙に、佳海が眉をしかめる。潮見を見ると、無言でうなづいた。
「ナギ、それはだめ。反則よ」
「ちぇ、ばれたか」
凪沙は手札を放り出した。
「凪沙ちゃん、何したんですか?」
開葉の問いに佳海が答える。
「ずるしたんです。みんなの手札をのぞいたの」
「どうやって?」
「あたし、水に憑けるんだ」
凪沙は自分で白状した。
「ほら、テーブルの上に水の入ったグラスあるじゃん、あそこに意識を移して手札のぞいた」
「私たちを尾行してたときは、それやらなかったよね」
「うん、相手が賀茂さんとと開葉ちゃんだってわかったら、大兄あんちゃんに止められた。すごく危ないんだって、とくに賀茂さんの前でやると死ぬかもしれない、って、ホント?」
「あ、うん、まあ、そうだね。気を付けてね」
三田と同じ理由だろう。晴比古の霊力が強すぎるので、他のモノに憑く瞬間、生霊として剥き出しのところを焼かれてしまうのだ。
「へえ、あの人、おっかないんだね。見た目優しそうだけどなあ」
「あまり、そういうの調節できないらしいんだよ。悪気はないみたいなんだけどね」
「開葉さん」
潮見が声をかけた
「そろそろ、休憩にしてもらえないか。洋行がもたないみたいだ」
「え? ああ。玉ちゃん。交替だって」
洋行−−豊玉は、こくん、と、うなづき、座ったままで脱力した。間を置かずに体を起こし、そのまま後ろに倒れこんだ。
豊玉は極彩色の光を洋行に投げかける。
「サンキュー、玉レディ、礼にはおよばんよ。ふー、それにしても、なかなかにファンタスティックな経験であった」
洋行は言ったが、起き上がるほどの気力はないようだった。
「何が見えた?」
潮見が問うた。
「何も」
洋行は答えた。
「人に見えるようなものは、何も見えなかった。でも、ミーが人でなければ」
「人でなければ?」
潮見の再度の問いに、洋行は答えなかった。彼からは静かな寝息が聞こえてくるのみだった。